121 女流怪奇小説家の息子とポーレの春①

「では行ってきます」

「がんばって! 泊まりでもいいからね!」

「た、ただのお茶会ですよ! だいたい何でテンダー様いらっしゃらないんですか! 私だけでなくともいいと言われているのに!」

「だって呼ばれているのはポーレで、私はあくまでその同僚なのよ」

「……とうとうご自分がまた婚約したからって余裕ですねえ……」

「目が怖い! いいじゃないの、私も久しぶりの浮いた話で浮かれていると思ってよ」

「本当に?」

「あら疑っているの?」

「疑ってますよ! だいたいテンダー様殿方に近寄られるの嫌だから文通相手のあの方がお好きなのでしょう?」

「だってヒドゥンさんはわざわざ近寄ってこないもの。向こうも私にそうされようと思ってもいないし。でもポーレは普通に接近して楽しいのなら、それが一番いいと思うのよ。カナン先生の息子さんは母君とはまるで違うタイプだけどとっても実直そうな方だし」

「……」



 喫茶室「123」のお披露目以来、幾つかの人間関係が更新された。

 まずテンダーが周囲の思惑に乗った様に見せて、ヒドゥン・ウリーと婚約。

 ただしいつ結婚するのか、という件に関しては二人とも良い笑顔で皆に濁した。

 とは言え、二人にすることを仕組んだエンジュや、前々から後押ししたがっていたヘリテージュは「長年の懸案事項が……」とばかりにわざとらしいうれし涙を流してみせたものだった。

 そのヒドゥンは発表した際にカナン女史と直接話をする機会を得、彼が演じたがっている怪奇小説の舞台化への了承を貰った。

 そしてエンジュに対し、舞台化の際にはこの「123」を劇場として使わせて欲しい、という要求も。


「あ、そうですね。元々音楽や演劇のホールだったことだし。……そうだわ、昼はひたすら健全で皆に利用される喫茶室、そして夜は時には音楽や演劇の場にして、この場所自体の価値を……」


 だんだん独り言になっていくエンジュの考えが広がり広がり渦を作り出していきそうだった。

 呑まれる前にするりとその場から抜け出した彼は慧眼だっただろう。

 カナン女史は女装俳優としての彼を知ってはいたが、普段着では初めてだった。


「なるほど確かに、貴方なら彼を演じられるものねえ……」


 歳を聞き、全身を眺め、彼女は大きく頷いた。


「ああごめんなさい。いえ、今までにも他の劇団からの上演の願い出はあったのよ。ただどれも若い女優が演じるという形だったから、私は少し躊躇してしまって。あれはあくまで少年と青年の間で時を止めたもの。声が女性のそれではやっぱり違うと思ったの。貴方の女装男優としての力は素晴らしいわ。だけど一つだけ難を言うなら、声なのよ。貴方の声はやはり男なのよ」


 それに対しヒドゥンは苦笑しただけだった。

 女以上に女を演じることはできる。

 だけどやっぱり男が演じているということが見えてしまう。

 だからこそ、いい加減その立場から脱したいと思っていたのかも――とテンダーは改めて思った。

 そしてその時、ふと見た丸テーブルの席では、乳姉妹が眼鏡を掛けた堅そうな男性と楽しそうに話しているではないか!


「ああポーレさんね、本当にずいぶんと意気投合してくれたみたいで。うちの息子のエイザンよ。逓信省に勤めているの」

「それは凄いですね!」

「何も凄くは無いわよ…… 堅物すぎてねえ」

「そりゃ反面教師が目の前にいらっしゃいますから」


 柔らかく、だがやや毒をはらんだ言葉をこの息子のエイザンは放った。


「まあ嫌だこの子ったら。そういうところ貴方のお父様にそっくりよ」

「そう、いいじゃないですか、ちゃんと忘れ形見なのですから」


 女史は若い頃に夫に先立たれ、それから家庭教師をしつつ息子を育ててきたのだという。

 そして息子が学校の寮に入ってから、昔から好きな古典やら伝説やらを取り入れた怪奇小説をぼつぼつと書きだし、まとまったら出版社に送るということを十年程続けていたという。

 継続は力とはよく言ったものだ。

 女史は突き放されても突き放されても書き続け、出版社に届け続け、とうとうまず1コイン本と言われる庶民の手に取りやすいところから作品を出したのだ。

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