124 怪奇俳優の誕生①
「辞めるんですか?」
「いや違う、やめる」
微妙なニュアンスの違いの言葉にテンダーは首を傾げた。
この時彼女達は「123」で落ち合って差し向かいでお茶をしていた。
喫茶室の評判は上々で、この時も何かと女性達の出入りが激しい。有閑夫人から職業婦人、少し疲れた顔の女性、歳の頃は学校に行っているだろうが働いている少女……
お茶の時間とされている頃になると賑わいは凄まじい。
少女達は少し安くなるから、とばかりに外に置かれたテーブルやべンチでアイスクリームを乗せたソーダ水を楽しんでもいる。
――ただ今は時間をややずらしていたので、彼等の周りにはあまり客は居ない。
「ま、よぉするに、今度の舞台で俺本当に女装役は最後にしようと思うわけ」
「そうなんですか……」
そんな会話をしている彼等の前には、シンプルなお茶と、バターを効かせた器型の生地の上に季節の果物がところ狭し、みっしり盛っている菓子――タルトと言えば早いだろうか――が、どん、と鎮座している。
この菓子は実のところメニューには無い。
何かとここで落ち合うことが多い彼等だのポーレと作家の息子だのはその都度試作品の菓子を出されるのだ。
美味しそう、でもちょっと盛りすぎ、等会話の糸口にもなっていた。
そんな糸口から様々な最近の様子だの何だのに会話は移っていき、冒頭の会話となる。
「何その元気ない顔」
「だって私、ヒドゥンさんの舞台での姿、昔見たきりなんですよ」
そうだったっけ? と彼は視線を泳がせた。
「そうですよ。そちらの劇団は何かと帝国全土をあちこち渡り歩いて。それこそ辺境伯領の私の友人達が観ているというのに」
「いや、俺帝都でもやったことあるし?」
「タイミングが悪かったんですよ」
「そんじゃ最後の公演観に来てよ」
そう言って彼は胸ポケットからテンダーにチケットを渡した。
「……まあ確かにキミ律儀だから、もし観に来てたら俺に挨拶の一つもしてきただろうしなあ」
「いや、いやいやいや、しませんよ、だって今だってほら」
軽く顔をしかめ、手をひらひらと振りつつ、テンダーはこっそり視線を周囲に巡らせた。
そう、彼の姿に気付いてちらちらと見ている女性がそれなりに居るのだ。
「貴方のファンでしょう?」
「どぉかな。単に物珍しいんだと思うけど。でも、ま、やっとこさ俺の様な役できる奴もそれなりに仕込んだし」
「女優は居るのに、また?」
まぁな、と彼は頬杖をつきながら目を軽く伏せた。
「小柄でも俳優になりたいって奴の夢は消せないしな。役がそれでも演じたいって奴なら鍛えがいがあるし」
「でも当人は怪奇俳優に転身、と」
「そらそうだ。前も言ったかもしらんけど、俺も寄る年波には勝てないしな」
「歳歳と言いますけど、上限どのくらいです?」
「んー、三十?」
「三十」
「そ。今だいたい皆死ぬのってまあ五十ちょいだろ? 余裕があって医者にかかれる奴が六十行くかどうか。人生の半分まで行けば、ホントにやっておきたいことやらなきゃなあ、と思うし」
「怪奇俳優をやってみたかったんですか?」
「んー、間口を広げるって感じかなあ」
「間口」
「小さいのはもう天を殴っても仕方ないし。だったら俺じゃないとできない役とかどんなのあるかな、と思ってな。例外は『普通の男主人公』。だとしたら間口は幾らでもあるし」
「『普通の男主人公』はしたいと思ったことないんですか?」
「そらあるに決まってる」
彼は即答した。
「けどそれは無理だし。まあぁ世間一般の客は特別な理由が無い限りは上背があって広い胸幅を持つ紳士がお好き――あ、そうそう、前に言ったこと覚えてるよな?」
「前には色々書きましたけどね」
「それじゃない。キミもうさすがに一人前の服飾師なんだし、俺の上下作ってよ」
「あ、そう言えば紳士物は初めてですけど」
「散々計り倒せばいいさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます