114 お茶とコーヒー④
カップの数はテンダーが思っていたより多かった。
「時々こうやって来客があるからね」
仕事のスタッフがまとめて来る時もあるから、そこは一人住まいとしては少しびっくりする数になっていた。
その数のカップを三人で分け、コーヒーとミルクを別々の割合で注いでいったのだった。
「……うん、このくらいだったら呑めるわ」
テンダーは半々にした辺りでそう言った。
「香りが大半飛んでるじゃない……」
「だってそもそも香りがついても私達困るじゃない」
「コーヒーの意味が」
「だけど味が違いますよ。ミルク入りのお茶とは。それにほら、お子さんでも呑めるじゃないですか。あと砂糖も入れてみましょう」
半分くらい味わったそれに少しずつ彼女達は自分の好みになる程度に砂糖を入れてみた。
「私は無い方がいいわ」
エンジュはばっさりと言った。
「まあ貴女はそもそもそのままが好きなひとだからね…… そのままで砂糖を入れることは?」
「苦みが好きなのにわざわざ入れる?」
「でもこのお菓子が合うってことは、もしかしたら結構甘めにすると思ったより美味しいかもしれませんよ」
そう言ってポーレはミルク無しに少し多めの砂糖を入れる様に勧めた。
む、とやや気が進まない様な表情だったエンジュも、途中から意外そうな顔になる。
「……確かに、多めに入れると、これはこれで別の美味しさがあるわ。何かしら」
「中途半端に甘くすると、どちらの良さも死んでしまうんですよ。このお菓子も、濃いし、それに釣り合うくらいの砂糖が入っていると思います。バランスがあるんだと思いますよ」
なるほど、とカップの中のコーヒーをじっと見てエンジュは頷く。
「私は砂糖を入れた時は、少しさっきよりコーヒーが濃い方がいい感じかしら。ミルク2に対しコーヒー3くらいの」
「あとですね、たぶんテンダー様だとこれが効くと思うんです」
そう言ってポーレは塩の小瓶を取り出した。
「え?」
「ほんのちょっとですが」
ぱらり、と甘みがちょうどいい、と言ったカップに塩を足す。
「え、これ…… 大丈夫?」
「まあどうぞ」
テンダーはおそるおそる口にしてみる。
と、その表情が変わる。
「え、何? 塩足したのに甘みが強くなってるわ」
「やっぱり」
「やっぱりって」
「こういうお菓子にしても、ほんのちょっと塩が入っていることがあるんですよ。さっきの濃いものと濃いものでちょうど良くなる様なもので、同じ甘みでもちょっとの塩辛さで舌が錯覚するんです」
へえ、と料理ができない二人はただただ驚くばかりだった。
「あと、ミルクだけ楽しみたいってひともいると思うし。冷たいものだったら、ミルクシェイクとか」
「え、何それ」
「卵とミルクと砂糖で作る冷たい飲み物です」
「栄養満点ね!」
エンジュが食いついた。
「うーん…… そうね。ミルクを色んなところに使う飲み物……」
「ソーダ水にアイスクリームを乗せるとか」
「どういう感じでしょうね。あ、そうそう、ソーダ水がいつも同じ味だから何か別の味を加えるとか」
「でもあれは砂糖だけでしょ?」
「ジュースを加えると?」
「炭酸が抜けるのはまずいわ」
等々。
その後夜が更けるまで、彼女達の話は続いた。
*
それから少しして、帝都中央区の第一第二第三商業区のちょうど中間にあたる場所にあるホールがメンガス財団に買われ、改装されることになった。
元々は商業区域の集会場として建てられたホールは、既に百年近く経つものである。
入れ替わり立ち替わり所有者は変わったが、常にそこは集会場の設備をそのまま使っていた。
が、今回の改装はなかなか大がかりなものだった。
広さはさほどではない。
まだ商業地域に今程に多くの商業施設がなかった――と言うか、まだ区がわざわざ分かれていなかった時代のものである。
三階建ての街中の屋敷といったところだろうか。
ただ違うのは、一階に大きな一つの広間を中心にしているということだった。
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