113 お茶とコーヒー③
「でもそれだけだと客を選ぶわよ」
「そこなのよねえ」
エンジュは腕を組んで考え込む。
「だったら、喫茶室にあまり匂いの強くないコーヒーやチョコレートを置いたらどうですか?」
二つ目の菓子を味わいつつ、ポーレはそう口を挟んだ。
「匂いの強くない?」
「うーん…… と言うか、喫茶室がお茶だけでしょう? もっと色んなもの置いてもいいと思うんですよね。ソーダ水とか」
現状、帝都の喫茶室ではお茶とそれに合う菓子を出している。
その茶自体の種類は多いし、好む者も居る。
「お茶の種類増やすのもいいんですが、私好きな店の好きな席に座って、色んなもの頼めたら嬉しいなあと思うんですよ」
もう少し続けて、とエンジュは身を乗り出した。
「私買い出しに出る時に、暑い時にはソーダファウンテンにも寄るんですよね。ソーダ水飲んですっきりしたいなあ、って時。でもあれってやっぱり薬局にしかないじゃないですか」
炭酸水自体が薬の役割で使われた時代もある。
またソーダ水に必要な果実から抽出されるクエン酸が薬局で扱われることから「ソーダ水は薬局」ということになっていて――ずっと変わらない。
それはそれで、市井の人々が簡単に呑める気軽なものとしては良い。
皆店のスタンドに置かれたベンチに座って呑むか、容器を持ってふらふらと歩いて近くの公園に行くか……
ただ、それこそポーレの言う通り、落ち着いて呑むものではなかったのだ。
「そう言われればそうね。テンダーはそう思わなかったの?」
「……私は炭酸のあのぴりっとするのが苦手だから。それでリューミンのとこでもビールやエールは呑めなかったのよね」
「私は平気です。あの苦みは結構クセになりますよね」
「あら、ポーレさんの方が大人の舌だわ」
くすくす、とエンジュは笑った。
だがすぐに表情を変え。
「そうね。何でも呑める喫茶室というがあってもいいはずなのに無いのよね。ソーダ水だったらアイスクリームもいいわね…… だったらそう、アイスクリームならミルクも仕入れるし…… そうか!」
ぽん、とエンジュは手を叩き、立ち上がった。
「さっき言っていたミルクを入れる、っての、ちょっと試してみましょ」
そう言うとエンジュはホテルの何処かに連絡をした。
三十分程して、扉をノックする音がした。
開くとそこには常駐メイドがミルクの大瓶を持って立っていた。
「ありがとう」
エンジュはその大瓶を二人の居るテーブルに置くと再びコーヒーを淹れだした。
やがてコーヒーをカップではなくポットに淹れてエンジュは戻ってきた。
その手にはやはり厚手のカップが二つ。
はい、と言って彼女は二人の前にそれを置いた。
「濃く出したお茶にミルクを淹れるんでしょう? 同じことをコーヒーでして美味しいかしら、と思って」
そう言って少しだけエンジュはコーヒーを注いだ。
「これに入れる、と」
「そう」
「いやそれはすぐには無理ですよ」
ちょっと失礼します、とポーレは大瓶を持ってキッチンに向かった。
「どうしたの?」
「そのまま入れたらこぼれます。何か注ぎやすいもの」
「お茶のポットがあるわ」
お茶はお茶で呑んでいるのだな、とそれを見ながらテンダーは思った。
「まずこっちに移さないとですね」
「そうね、さすがそういうことは」
妙に二人して意気投合している辺りがテンダーは少々もどかしかった。
できればこれも、と砂糖壺を発掘すると、一式揃えて大きな盆の上にポーレは乗せてきた。
「待って、カップが増えてるけど!」
「エンジュ様のなさりたいことは要するにミルクをどのくらい入れたらテンダー様でも呑めるかとか香りが多少飛ぶか、ですよね? だったらカップは多い方がいいんですよ」
そう言ってポーレはそれぞれのカップにコーヒーを少しずつ分量を変えて注いだ。
「それで、こっちのミルクを」
静かに注ぎ出す。
「味見は皆ですればいいと思いません?」
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