115 喫茶室「123」①

「ようこそ喫茶室『123』へ!」


 エンジュはそう言って旧友達を招き入れた。

 すると白いぱりっとした襟のついた紺の制服の店員が一斉に彼女達に「いらっしゃいませ」とお辞儀をした。

 彼女達の制服はメイドの様でもあるし、女学生のそれにも似ていた。

 丸テーブルに着いたかつての同窓生達は、口々にそれを見て。


「まああのスカート丈は制服に近いな」


 セレはふむ、と首を傾けて頷いた。


「だから靴下も貴女の伝手で特注にしたんでしょ」


 テンダーも肩をすくめる。

 ちなみにこの制服はメンガス財団がエンジュの伝手でウッドマンズ工房に発注されたものだった。

 ただ用途が用途であったため、結果としてテンダーに一任されたものだった。

 工房主と姉弟子は通常の発注に対応するのに忙しい。

 こういう新たな分野まで手が回らないということもあった。

 無論テンダーは張り切って考えて仕立てた。

 茄子紺のぱりっとした服地に白い襟、腰から下だけの白いエプロン、そして足首より拳一つ分くらい上のスカート丈。

 ハウスメイドのそれよりかなり短いものだった。

 それだけに従業員として雇われた女性達にも抵抗があることは予想していた。

 そこでテンダーは長い靴下を特注のものにした。

 従業員の彼女達は急速な価値転換を求められた。


「隠しておかなくてはならない足ではなく、お客様の間を音も無く行き来する妖精の様な足を求められているのです」


 雇い主からのお言葉である。

 後々はともかく、最初の従業員はきちんとしたメイド出身の者が望ましかった。

 だが彼女達からしたらややこのスカートは心許ない。

 何と言ってもコルセットを着けていてはこの服は着られないのだ。


「貴女方は美しく、女性のお客様にとって羨ましく思われるくらいに軽やかに動いていただきます。できないのならば、他の職に移って結構」


 だが彼女達はそうはしないだろう。

 最初のスタッフ達に提示された賃金は、メイドの相場より確かに高かったのだ。

 ビアホール等の、昼から夜にかけて男性の合間をすり抜けるそれよりは安いかもしれない。

 だが朝から夕方、そして男達をかわしながらのそれよりはずっと安心できる。

 女性中心の場所でなら、足を多少出しても、コルセットをしていなくてもいいのかもしれない。

 彼女達はやや無理矢理にだが、価値観をそこで少し変化させることにした。

 そしてこの靴下である。

 長めの黒もしくは白のそれには、縫い目に分かるか分からないか程度に飾りの刺繍がされている。

 彼女達は普段さして気にしていないそれに心配りがされているところが気に入った。

 そしてこの靴下をセレが新素材研究をして実際に糸や布地にしている工場に発注したのだ。


「それにしてもこの大きな天井はいいわね。うちの方では割とあるんだけど、あまりこっちでは見たことなかった気がして」


 キリューテリャもまた、南東からこの場に呼ばれていた。 

 実際、この「123」は百年がところ昔に建てられた元々はホールである建物である。

 一階大フロアの天井は三階まで吹き抜け、所々幾何学的に色ガラスをはめ込んだ窓からは光が充分に入り、席によっては穏やかに明るく、別のところではやや幻想的にも思わせる程。

 日によってそこに配置されている丸テーブルや椅子は数を増やされ減らされ。

 一つのテーブルにおける椅子の数が変わることもあり。

 その中をポットに入っていない飲み物を載せることが多い銀盆を手に音も無く歩くためには、たっぷりとした布、足首まで届くスカートはやや危険。

 彼女達の制服は一見ワンピースだが、実はエプロンに隠れたセパレートだった。

 彼女達が身に付けているものよりずっとスカートのフレアは少ない。


「それでも歩き回るには充分な開き方はするはず」


 そのためにこの開店した時点での従業員一人一人に合うスカートを作ったのだ。

 一人につき上下三枚ずつ支給。

 常に清潔を心がけ、目立つ染みが出来たら店を通して洗濯屋に出すこと。

 特に白い襟やカフスには注意!

 彼女達は厳しく言い渡されていた。

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