108 女優とドレスの件で「帝都女性画報」の記事に参加する①
ランダ・サモンがこのところ夜会で着ているドレスが画期的だ、という噂はあっという間に社交界に広がった。
彼女は庶民の出の女優である。
そして現在、貴族や富裕層のパトロンから活動と生活、そして社交の支援を受けている。
その支援の見返りとして、時には相手の愛人になったりもする。
ただ選ぶのは彼女だった。
社交界においてそんな彼女は「高級娼婦」と呼ばれていた。
「でも、ちょっと普通の高級娼婦とは私は違っているのかもね。彼女達の方がよっぽど知識やら何やらあるものよ」
「そういうものですか」
テンダーはポーレと共に彼女のドレスの仮縫いをしながらそんな話をする。
「まだまだヘリテージュには無理ですか?」
「無理ね」
三種類程披露した段階で、テンダーはランダに聞いてみた。
「新しい…… そうね、ただ新しいだけでなく、奇妙なものは、私の様な立ち位置の女がまずやる方がいいのよ」
その辺りのバランス感覚がテンダーは弱かった。
「ただの女優だと社交界に出入りできないけど、貴族の愛人ならまあぎりぎり、ある程度の夜会には入れるわね。そして私が女優という肩書きを持っているからこういう新奇なドレスでも綺麗ならいい、ということになるわ」
なるほど、とテンダーは頷いた。
「ヘリテージュさんだと、蝉の羽根のリボンがまだいいところだわ」
「リボンですか」
「そう。帽子とか。あ、そうそう、帽子、欲しがっていたわよ。マリナもリューラも」
「嬉しいです」
そう言ったのはポーレの方だった。
彼女は帽子や小物のアイデアを出す力がテンダーよりあった様だ。
「たまたまフェルトが多くなかったので、私のぶんは乗っかる程度にしたんです」
「帽子の役割が日除けだったら、テンダーのあのひさしの大きいのもいいんだけど、飾りとしての帽子だったら、あのくらい小さくて可愛いものは、結構皆欲しがるわよ。そう、普通の街の子達も」
「街の子達も――」
「そちらの工房はドレスだけ?」
「いえ、場合に応じては帽子や小物も承りますが」
「そっちももっと考えるといいわ」
ランダはそう言って二人を駆り立てる。
*
そしてまた、そんな女優達についてとある雑誌が特集を組んだのだ。
とある日、工房で忙しく働く彼女達のもとに、そんな知らせが舞い込んできた。
「ねえ皆、『帝都女性画報』か『帝都女性之友』は読んだことがある?」
工房主であるテンダーの叔母カメリアはある日、届けられた手紙を開いてそうスタッフの皆に問いかけた。
「『帝都女性倶楽部』なら……」
「『友』は読んでます! 連載小説が面白くて」
アルカラが手を挙げた。
「小説!?」
「倶楽部の方は大体五~六本なんだけど、友の方は七本! それだけでも一月ぶんの読み応えとお得感あるじゃない!」
「あー…… そうよね」
テンダーは頷く。
ついでに言えば、彼女はどっちも読んでいる。
と言うか、毎月購読している。作り主から送られてくるのだ。
「私は倶楽部の方が、今度作ってみたいと思う料理が沢山載っていて好きなんですが」
ポーレはそう言う。
「……友にも載ってるでしょ?」
「うーん、ちょっとレシピの内容が各地を対象にしすぎて広がりすぎてしまってるというか、作りづらそうで」
むむむ、とテンダーはうなる。
無論ポーレも、それがテンダーの友人エンジュの出している雑誌ということは知っている。
だが知っているからと言って、今更そこでお世辞は言わないのが彼女である。
「その友の方では裁縫教室のページを作るんですって。監修をして欲しいって私に。これはアルカラとレダにも手伝って欲しいわ。技術面では貴女方の方が上のところも沢山あるし、何というか、学校で習った程度…… よりもう少し最初のレベルが低い人々にも解るように、という依頼なの。私はすっかりその辺りがわからなくなってしまっているから、貴女方や他のお針子の意見も聞いてね。そしてテンダー」
「はい」
「画報の方で、女優特集をするんだけど、その時に新しいドレスの話が出てくるから、貴女とポーレの話も聞きたい、ということよ」
ああこれは。
テンダーは思わず頬がゆるんだ。
*
「はあああ…… これが撮影スタジオですかあ」
ポーレが思わず声を上げていた。
この日、テンダーとポーレは「帝都女性画報」の撮影スタジオに呼ばれていた。
最新のお気に入りのドレスを纏った彼女達の写真を撮り、その合間合間にドレスの製作に関する話を、ということだった。
女優も大勢居たが、他の工房の職人もそこには幾つかの群れをなしていた。
「テンダー様、そう言えば私達、職人同士の交流ってしたこと」
「……無かったわね」
正直、自分達の工房内での動きに精一杯で、他工房のことを考えることがあまりなかったのだ。
「何か皆凄く見えるわ」
「貴女がそう言ってどうするんです!」
「うわ、ちょっと緊張してきたわ」
「だから!」
そう二人がこそこそと言葉を交わしているうちに、その日の依頼主が現れた。
「本日はありがとうございます。『帝都女性画報』編集長のエンジュ・メンガスです」
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