107 コルセット無しのドレスを着せるべく③
「ほぅ」
待たせて待たせて出てきたヘリテーシュの姿に女優達は思わずため息をついた。
「どうですか? おかしくないですか?」
「その顔で問われても何だな」
マリナは身を乗り出してテンダーとポーレによってドレスアップさせられたヘリテージュをじっと見据える。
「ふうん。本当にコルセットをしていない?」
「いませんよ」
「何? 私はそんなに普段からふくらんで見える?」
「いいやそうじゃない。何だろうな、ヘリテ、君の普段ならコルセットで締める実体より細く見える様にそのドレスはできているだろう?」
「とおっしゃいますと?」
「まずその生地」
立ち上がり、マリナはつと手を伸ばした。
「なるほどラインは砂時計型に見える。だがそうではないね。……一体何枚の生地を重ねているんだ?」
そこでようやくテンダーは我が意を得たり、とばかりに笑顔を見せた。
「肝心の胴にはそんなに重ねてはいません。下着が見えない程度に」
「ではその上から二番目三番目の染めが、非常に珍しいものなんだな。そして一番上の絹地は、そう、何って言ったかな、南東の……」
「『蝉の羽根』だわ」
でしょう? と艶やかな彼女はテンダーに訊ねた。
「そのふくらませたスカート部分に一体どれだけの花びらの様な『蝉の羽根』が使われているのかしら? しかもその色がまた微妙に上から次第に淡くなっていく様子…… もの凄い手間よね」
そう、テンダーが考案し、生地を南東のキリューテリャの元に問い合わせ、それをセレの伝手で染色工場にあたり、ポーレと供に仕上げたのは、非常に手間のかかるものだった。
「でもとても軽いのよ。もの凄い枚数の布が使われているというのは着ている私にも判るのに」
「一つ一つがとても軽いから。『蝉の羽根』は元々南東より更に東に行った島国の特産で、透けることを前提にした絹地なのよ」
「透けることを前提に?」
「あの布ってそういうものなのか?」
女優勢はそれぞれ多少ずつは知っていたのだろう。
「東の島国はとても簡単な形の衣服なのですが、ともかくその色目の合わせ方が多種多様なのです。……まあ私も本の受け売りですが。その情報を元に、南東辺境区の友に問い合わせたところ、一巻どん、と送られてきまして」
実家の図書室にあった本の中には、遠い島国に関するものもあった。
その作者はやはりその「透ける布」に注目していたのだ。
「ヘリテージュの胸から腰にかけたラインには、一番奥に深紅の絹、これは透けない方ですね、その上に白絹と青絹の透ける絹を寄せているんです」
「目の錯覚を利用しているんだな」
ええ、とテンダーは笑った。
「一方、広がるスカートに関しては、色味を逆に淡くしつつ重ねて行くんです」
濃い色から淡い色に。
そして次第に枚数を増やしていくことで、軽いのにも関わらず、非常に豪奢な花の様に見えるのだ。
「ふうん」
「どうでしょう?」
「私は軽くて、これだったらどれだけでもダンスを踊れる上に夜会の料理も食べられると思うけど」
「確かに素敵だわ。でも、まず実際の夜会とかでそれを着るのは、伯爵夫人の貴女ではまずいのではなくって?」
「そうですか?」
「テンダーさんは社交界の奥にまでは入ってはいかなかった様ね」
艶やかな彼女はそう言ってヘリテージュを見る。
「では貴女は奥の奥までご存じだと?」
「奥というよりは、裏かしら。とてもこれは新しいけど、伯爵夫人がいきなり着たら大変なことになるわ」
「……そうだったかしら?」
テンダーは不安げに聞いた。
何せ彼女の知っている社交界は所詮現在の中央のものではない。
帝都にやってきてからというもの、工房とその周辺にばかり居て、その辺りの情報が友の様には更新されていなかったのだ。
「こういう時には、私の様な女がまずまとうのが良いと思うのだけど」
「今更ですが、貴女は?」
「私はランダ・サモン。俳優としてより、別の名の方が知られているのではなくて?」
そう、テンダーもその名は知っていた。
ランダ・サモンは確かに有名な女優であるが、その一方では高級娼婦としても名をはせていたのだ。
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