106 コルセット無しのドレスを着せるべく②

「コルセットは腰を締め、胸を支え、体型を作るのが役目ですよね」


 そこに居た皆がうなずいた。


「舞台の衣装はまた違うのだけどね」


 小柄な女優の一人が口を挟む。


「本当は、妖精の役とか、もっと身体の線をあらわにしていいと思うのだけど、まあそこのところは色々と口うるさい方々から横やりが入るのよね」

「妖精、ですか。……と」

「リューラ・メンニルよ。私はこの通りマリナの様な役はしたくたってできないけれど、逆にこのひとには私の様な可憐な役はできなくってよ」


 ふふ、と笑うその表情は確かに妖精に近いものをテンダーやポーレに感じさせた。


「でもそういう役の時でも胸をどうするかは結構気になるのよね」

「胸に目が行くのは帝都文化圏だと思います」


 文化圏? と周囲の目がテンダーに向いた。


「ええ。皆様各地を回られているとは思うのですが、案外視線が胸以外のところに行く場所もありませんか?」


 そうねえ、とリューラは頬に人差し指を当てた。


「確かに私の身体や動きより、顔ばかりじろじろ見る様なところも結構あったわ。こちらは我慢して無い胸を盛っていることもあるのにね」

「ええ。だから皆が皆胸だの腰だのを見ている訳ではないのですよね。だったら、必ずしも今の流行りの、……皆様はこだわらないとは思いますが、あまの砂時計型にする必要は無いと思うのですよ」

「テンダー貴女はそう言うけど」


 ヘリテージュが口をはさむ。


「やっぱりずっとこの形だったから、それこそ周囲のおばさま達の視線はね」

「ええ。だから一つ、提案があって」

「提案」

「コルセットが無くともそれらしい形にできるドレスを考えてみたの」

「ふうん」


 面白そうだ、とばかりにヘリテージュは持っていた茶の器をテーブルに置いた。


「つまりテンダー、私に一つ新しいドレスを作るから着てみて欲しいってことね」


 テンダーは黙って笑みを浮かべ、ぱちぱちと手を叩いた。


「そして二人で来ているということは、もうある程度できていて、それなりに荷物持ってきていたということじゃない? そもそもポーレさんはそもそもあまりここに来たいと思っていなかったのではなくって?」

「いや、その」

「ああごめんなさいごめんなさい。そういう意味ではないのよ。ただ貴女はきっと緊張してしまうと思ったから。単に私に話だけあるのなら、テンダーだけなんでしょうけど、ポーレさんまで来たということは、何かあるのかな、と思っていたのよね」

「ああもう、貴女は大概のことを見通してしまうんだから」

「だって見通される様に貴女物事を運んでくるでしょ」


 女優達は二人の会話にやれやれという顔をし、我関せずという顔のポーレにも視線を巡らせた。


「で、私に着せたいってのは?」



「……そう言って引っ込んでから既に二時間だが、果たして皆、どういうドレスになると思う?」


 マリナは同輩達に問いかける。


「コルセット無し、という話は時折出るらしいんだけどね、大概何処かで立ち消えてしまうって、前に来たお得意様が言っていたわ」


 リューラは華奢な肩を竦めた。


「挑戦はしているってこと?」


 また別の女優が声を挙げる。


「さあて。実際のところ形にして見せてくれないところには何とも言えないさ。でもまあ、テンダー嬢はそれを形にしてくれたということじゃないかい? 試作であるとはいえ」

「試作、ね」


 また別の一人は小首を傾げた。


「試作だろう。少なくとも着付けにこれだけ時間がかかるものは試作でしかない」


 マリナは言い切る。

 するとまた別の女優は口元のほくろに指を当てると。


「あの二人の上下スーツはいい感じよね。同じ形なのに、テンダーさんの方は肩をいからせて、ポーレさんの方は柔らかな肩の曲線のまま。帽子もそうだけど、似たものでもバリエーションがあるって示したいなら、二人連れっていうのはいいわ。そう、テンダーさんの方は、マリナ貴女に似合いそうだし、ポーレさんの方はリューラに、もっと帽子に可愛らしい花でもつけてあげたいわ」


 ふふ、と妖艶な笑みを浮かべた。 

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