105 コルセット無しのドレスを着せるべく①

「あらあら」


 テンダーは女性型スーツの上下ができると、やはり似た様な格好をさせたポーレと共にリッテカド伯爵家へと向かった。

 出てきたヘリテージュは、友人とその供を見ると「おや」という顔をした。


「それ、セレがしていた格好のアレンジね。でも帽子は別ね。って言うか、貴女方まるで反対」


 そう言ってくすくすと笑う。

 そう、この時テンダーは全体的にぐるりと非常に大きなひさしの柔らかな帽子を、ポーレは逆に小ぶりでピンで留めたかちっとしたものを着けていた。


「貴女のはちょっと馬車を降りる時につっかかりそうね。ポーレさんのはリボンが可愛らしい」

「率直だわ」

「だって貴女が私のところに来るならば、まずそういうことを言って欲しいからでしょ?」


 確かにそうだ、とテンダーは無言とにっこりと笑う。

 まあどうぞどうぞと通されたサロンにはその日、女優のマリナ・イリギタンとその同輩らしい女性が居た。


「おや久しいね」

「マリナさん、髪……」


 普段の劇団での役柄が反映しているのだろうか、マリナは髪を耳の下で切って男物の服を着ていた。


「何かとかつらを使うことがあるんで、まあ切ってしまえとね」

「ずいぶんと思い切ったでしょうこのひと! でも似合うと思わない?」


 ヘリテージュはそう言って二人にも席と茶を勧める。


「私はこちらで……」


 遠慮しようとするポーレにも、ヘリテージュは首を横に振った。


「貴女も工房の一員なんだから、他の社交界はともかく、このサロンの一員である資格はあると思うわ」

「あ…… ありがとうございます」


 そう言ってポーレは頭を深々と下げた。

 ぽろん、とその拍子に帽子が落ち。


「……やっぱりもう少し留める方法を何とかしなくちゃね」


 テンダーはつぶやくのだった。


「やあねえテンダー、その帽子はそもそもそこまで深々と御辞儀をする人のためのものじゃないでしょう?」


 そう言えばそうだった、と彼女もはたと思い当たった。


「ポーレさんもここでの御辞儀は軽くね」

「は、はい」


 ヘリテージュはさすがに「自分のお嬢さん」とは違う。

 根っからの帝都近郊令嬢として育ち、伯爵夫人として現在も居る女性だ。

 きっと彼女は自分達の工房に居たら浮くだろうな、とポーレは自分のお嬢さんとつい比較してしまう。

 テンダーは気付くとあっさり職人系の世界に溶け込んでいた。

 領地管理をしていた頃はそれなりにその顔をしていたと思ったが。


「で、今日はその服のお目見えなんでしょう? セレは思いつきだったけど、真面目に作ってみた訳ね」

「ええ。それにわかる? ヘリテージュ、皆さん」


 テンダーはそこに居た数人に問いかける。

 何を? という疑問がそこかしこから起こる。


「これ、コルセットしていないんですよ」


 ほう、と演劇系の女性達が声を立てた。


「そうは見えないが」


 マリナはつと立つと、テンダーの前につかつかと歩み寄り、立たせた。

 そして不意に腰のあたりに手を置いた。


「マリナ、ちょっとそれは」


 ヘリテージュは諫めたが、テンダーは予想していたのか、特に嫌がりもしない。

 ややはらはらとしながらヘリテージュは眺めるが、真剣な表情のマリナは大きく目を見開くと。


「え、確かに腰のとこ柔らかいじゃないか。どうしてそれで胸が垂れてないんだい」


 したり、とばかりにテンダーの口元がきゅっと上がった。


「ってことは、そっちの彼女も?」

「ええ、コルセットは無しです」

「君はともかく、ポーレ嬢もそうとは」


 ポーレはそれを聞くと、ややむっとした顔になる。

 確かに自分の方がテンダーより胸は大きいが、それはそれで彼女の悩みであったのだ。


「へえー! 私なぞはもともと胸が小さいところに抑えるべく専用のパッドを巻いているのだが、そういうものに近いのかい?」

「少し違いますが、考え方は似ていますね。まだ試作段階ですが」


 ふっ、とテンダーは笑った。

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