96 春が来たので父と約束をしておく
さて新年が明け、また春がやって来た。
リューミンから「子供が生まれた!」「またできた!」だの、ヘリテージュの結婚が決まっただの、エンジュからの「最初の婚約者が逃げた!」だの、色んな手紙が飛んできた。
セレからは合成繊維関係の研究についての新しい報告がやってきた。
ああ春だ、としみじみと私は思いつつ、ひたすら領地での職務に打ち込んでいた。
さあこの年であの子は第四を卒業だ。
クライドさんも上級学校を卒業だ。
もうあまり時間が無い。
少しでも領民が苦労をしない様な道筋をつけておきたい、と始めたこの職務。
最初の年は領地の様子とそれまでの経営をこれでもかとばかりに見直し、問題点をあぶり出した。
翌年は問題点の改善方法をひたすら考えた。
そしてこの年は、処方箋をきっちりまとめて、関係各位にばら撒かなくてはならない。
「……どうやら賭けはお前の勝ちになりそうだな」
庭園をのんびり歩いていたら、父が声を掛けてきた。
「元々お父様に分が悪い賭けでしたが」
「そうだな。しかもあれがあれだけ推してくるとは思わなかった」
あれ、とは母のことだろう。
「お母様はもともとお父様に対してもそうだったじゃないですか。それをアンジーにしないということがある訳ないです」
「そうだろう、お前からしたら、分かりきったことだったのだな。私は駄目だな、どうしてもそこまでしない、とあれに期待してしまった」
「アンジー自身には縁談は」
「無い」
父はきっぱりと言った。
「そしてあれもそれを知っていた。だからこそお前から獲らせようとしていたのだろう」
「家と家との関係はそのままでも大丈夫でしょう。まあそのうち、お母様が何やら何処かで切り出すでしょうからその時には口裏を合わせて下さいな。お母様が勝ち誇った顔になる様な対応で」
「お前はそれでいいのか?」
「元より。お母様を母と呼ばなくてはならないことに比べれば!」
ふっ、と思わず鼻で笑った。
それを見た父は少しばかり辛そうな顔になった。
どうやら私は無関心よりは少しばかり嫌味を言う程度には母を嫌いになってきていたのだろう。
「ですから、それまでの間にできるだけ早く、領地に関する件はまとめておきます。お父様、うちがどうなるにしても、彼等のことは守らなければなりません」
「ああ。そうだな」
「それと、たまにはちゃんとお祖父様お祖母様にお会いになって下さい。お父様は叔母様より手をかけてもらったのですから。領地に関して頼りになるのはあの方々だと思います」
「だが、私は見放された身だ」
「それでも! 領民のことはきちんと考えて下さい。生活が立ち行かなくなった時、逃散されてもいいのですか?」
それはさすがに領地経営に失敗の烙印を押されるだろう。
逃散した領民が噂をばら撒く可能性もある。
「お母様の件だけはどうしても変えられないなら、後のことはどれだけ頭を下げても大したことは無いと思いませんか?」
「そうだな。……私は、それこそあれが浮気してようが、手放すことができない意気地なしだ。だが領民に対してそれは何の言い訳にもならないな」
「お願いいたします」
私も父に頭を下げた。
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