95 それでもそれだけのことだ
しかし。
私は西の対に戻ると、どっと疲れが出たことに気付いた。
ソファに身体を埋めると、言われたことを反芻した。
そして少しばかり自分の呼吸が乱れていることに気付いた。
――君の潔癖は度が過ぎている
――男と女の間に友情が存在すると思うのか?
――無作法と思える程のことをしてくれるのが嬉しい
私は自分があれ以上の接近がどうしてもできないことを知っている。
少しでも触れられたらぱっとそれをはたき落とすだろう自分を。
彼は口にはしなかったが、例えばテーブルで少しでも手を伸ばそうとしてきたら、私はすっと引っ込めていた。
できるだけさりげなくしようとはしたが、無論気付いていたのだろう。
横を歩く時があったとしても、あえて日傘とバッグで手を埋めておき、腕を組むこともしない。
そこまで度が過ぎている、というのは私自身も彼と「付き合い」出してから気付いたのだ。
彼も指摘していた第五の男子学生にそれは無かった。
後で気付いた。
彼等は私を性的対象には全く見てなかったからだ。
と言うか、彼等は青年一般に満ち満ちているだろう性欲以上に自分の求める表現の方に没頭していた。
私やその他第一の生徒に対しても、その視線がオブジェや石膏像に対するそれとそう変わらなかった。
それはもう人としてどうだ、というくらいに。
だからこそ第五の彼等には、だからこそ私は酷く安心できたのだ。
彼等を一般と一緒にしてはいけない。
だからクライドさんに対して、彼等のことを説明するのは難しかった。
おそらく実際に彼等に会ってみないことには解ってもらえないと思っていた。
他に出会ってきた男性。
リューミンの父上、辺境伯から頭を撫でられるのは平気だった。
ヘリテージュの父上にしても。
彼等はあくまで父親であることが態度からにじみ出ていたからだ。
一方私の父は。
お前は私を他人の様な目で見る、ということを言われたこともある。
それはもう。
他人以外の何だというのだ、と。
その他人でしかない男が、未だに美しい母のことを恋い慕っているということも。
未だに生々しく身近にそういう感情を持つ男、という目でしかどうしても今の私には父を考えることはできない。
「……ああもう! そこか」
ふ、ふ、と思わず苦笑したくなった。
別にクライドさんに思うところは無い。
いつかはアンジーに獲らせる相手だったのだ。
申し訳なさも無くはないが、そこは当初から切り捨てていた。
だが、その過程で彼にこう突きつけられると、さすがにきつい。
こう自分の痛いところをまともに突かれるというのは。
だが他の色々、人生において様々にきついことがある人々に比べれば!
愛とか恋とかがわからない。
私なぞ、ただそれだけでいいのだから。
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