94 婚約者にとっての不満
「僕は君が婚約者に決まった時、正直結構落胆した。ウッドマンズ伯爵家の令嬢の悪評は僕の知る範囲ではあるが、社交界に広まっていたから。それでも家同士の結びつきというものがあるだろう。君もそうだったのだろう?」
「そうですね。私も唐突に決められて驚きました」
そもそも私にわざわざ縁談を寄越してくるとは思ってもみなかったのだ。
少なくとも母はそうだろう。
私に縁談を先にもってこられて彼女はきっと腹立たしい思いだったのではないか。
「父から頭を下げられたので」
「こっちも父があまりにウッドマンズ伯爵が懸命に頼んできたので、と説明してくれたよ。だから仕方がないと思った。だからせめて少しは仲良くならなくては、と思ったんだ。だが君はその気配がまるでない」
「私にできる範囲でしておりました。程度の差はありましたが。それにアンジーが身を乗り出してきたとおっしゃいますが、それは無作法では?」
「時には無作法を通り越しても好意を見せてくれれば嬉しいと思うのが普通だろう! 君の潔癖は度が過ぎている。従兄弟程度の親戚にもその様な態度なのか?」
「まさか。いえ、そもそもそんな歳の近い男性に近付いたことが殆どありませんわ」
「では第五の男子校と合同で作業をしたという話は?」
「彼等は」
第五の男子校の彼等のことを説明するのは難しい。
彼等は男女問わず、価値観が更に異なっていたのだ。
だからこそ彼等には安心が持てた。
「彼等は私を女と見てませんでした。だから話ができました。でも決して相手の意思を無視して接触をはかったりはしませんでしたわ」
「ただの友達、と言いたいのか?」
「ええ。本当にただの友達。貴方にはそういう女性は居ないのですか? 女性と見れば、全て異性、恋愛の対象でしかないのですか?」
彼は大きく首を振った。
「君は男と女の間にも友情は成り立つと思う最近の女のそれを信じるのか? それは絵空事だ。結局は結婚するというならば、そこには確実に友情では済まないものがあるだろう。そしてそこにはどうしても接近と接触が必要となるのさ。貴族のマナーは、確かに外ではそうだろうさ。だがテーブルの下、スカートの下で密やかに行われていることに対して、誰が文句を言う?」
「そこですわ。アンジーはテーブルの下で、ということをしない。それがどれだけ彼女自身の価値を下げているか……」
「自身の価値を下げてでも、好意を示されれば嬉しいだろう? 特に君の様な、自分の身を守ることにひたすら頑固な女にとっては」
「それでも現在の婚約者は私なのですが」
「家と家の結びつきだったら、君である必要は無いんじゃないか?」
「つまり、貴方は私との婚約を破棄してアンジーと結び直したいと?」
「君が態度を改めない限り、そういうことになるな!」
そう言い捨てると、彼はその日自分の家へと戻っていった。
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