91 その夜の正餐

 クライドさんは二、三日こちらに滞在してから実家に戻るとのことだった。

 婚約者とは言え、お客様ということで彼には本館の客間が用意された。


「こちらです」


 案内した客間は、まあ実にしっかりと客人を待つ体勢になっていた。


「あの、日程が合ったからで特には」


 部屋に入る直前、クライドさんは唐突にそう切り出した。


「どうしました? ご一緒ならアンジーも安心でしょうし。良かったと思いますわ」


 いや実際そうなのだ。

 アンジーを連れて帰る時の使用人達は、道中がなかなか大変らしい。

 何かと停車時間が長い駅になると、外に出たがって買い食いをするとか、時間にぎりぎりになったことがあって怖かったとか。

 一等車両の個室なのに、あれが足りないこれが足りないと言い出すとか。

 第四とはいえ、とても寮生活に慣れたはずの学生には思えない。

 それとも第四の寮則は違っただろうか?

 寮則は厳しかった…… が、守るかどうかは別だった、そうそう、思い出した。

 私達が卒業した時には一割だった厄介な生徒集団は、果たして今はどうなのだろう。

 まあそんな妹が今回は実に素直~に迎えのフットマンとメイドの注意を聞いたのだという。


「そうですか。そう言ってくださるなら僕も嬉しい」

「今夜は帰還の御馳走だということですので、それまでごゆっくり」 

「貴女は? せっかくお会いできたのだから、少しお茶でも」

「残念ながら、本来は今日あたりは領地視察に回っているんです。冬季ですから、領地の住民が寒さに震えない様に、昨年用意した毛布やら上着が無くなっていないか確かめに行きたいと思っていまして、明日から二、三日また出るんです。そうしないと雪がちらつきそうですし」

「ああ…… それは確かに」


 彼は多少残念そうに、だが半分は確実にほっとした表情になった。


 その晩の正餐には客人としてクライドさんが招かれた。

 彼は客人として父の対面、両側の西に向いた側に私、東側に母とアンジーが座った。

 食事一式が終わった後、母が嬉しそうにこう言った。


「まあアンジーはずいぶんと以前よりマナーが上手になって」

「そんなことないですわお母様。学校に居れば誰でもそうなりますもの」


 ですよね、とばかりにアンジーはすぐ右に位置しているクライドさんの方を見た。


「学校で一斉に食事をする際にはマナーの違いが際立ちますからね。僕も中級学校の時にはそうでしたよ」


 中級学校というのは、当時第一から第六までついていた学校の、男子側の呼び方だ。

 女子はそれより上にまず行くことが無いので、女学校という呼び名だったが、男子の場合、上級があるので、その下が中級とされていた。


「寮生活は良いです。今は下宿屋に暮らしているのですが」

「そうだな、確かに君くらいの時代だと、下宿屋住まいとなるだろう」


 父も珍しく話題に乗ってきた。


「寮では寮なりの出会いがあるし、下宿ならそこでまたそれなりの出会いがあるというものだ」

「そうですわね、貴方」


 そこで母が口を挟んだ。

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