76 卒業式のあとに②

「ミシンを」

「そう。うちの工房では取り入れたのよ。街の人々の普段着やちょっとしたおしゃれ着を作るには、お針子の手縫いより効率もいいし、安上がりにできるわ」

「まあ、それじゃあこれから手縫いの職は減っていくのかしら」


 エンジュが自身の袖口のレースの辺りを見ながらつぶやいた。


「こういうのは無論手縫いが続くわ。あと…… そうね、こういうひとにも」


 たっぷりとした帽子を深く斜めにかぶり、少し変わったラインのドレスを着たひとを叔母は呼び寄せた。


「あ」


 セレが目を丸くした。


「あ、もしかしてテンダーの文通相手の」


 リューミンは楽しげな声を上げた。


「あたり」


 その声は、着ている服にはとても似つかわしくない程に低く。

 だがその声の重力の無さのせいか、ふわふわとした服のせいか、違和感は無かった。


「久しぶり」


 ドレスはドレスでも、皆のそれの様な腰を締めた砂時計ラインではない。

 白から黄色に微妙に変わる色合いのレースを、花びらの形にして重ねた襟に、膨らんだ袖。

 そこまでは皆とも近いところがある。

 だがその下。

 腰に回し、やや下で大きな蝶結びにした帯はきつく締められてはいない。

 そしてその帯が落ちるのと同じ方向にスカート部分は――広がらない。

 真っ直ぐ、とまではいかないが、非常に膨らみが少ない。

 何となく目の前が弾けた様だった。

 確かにこの着方は、神話の時代の女神の飾り帯に近いのだ。


「……そうか、こっちに視線を誘導することで、胴を無理矢理締める必要が無いのね」


 思わず私はつぶやいていた。


「おやおや、いきなりそれ?」


 差し出した手。

 長い絹の手袋に包まれたそれはぐっと握られていたが、私の前でぱっと開いた。「卒業おめでとう」

 彼の手のひらにあったのは、リボンを掛けた小箱。


「中身はペン先。先に言っておくけど」

「ペン先?」


 手の上に乗るくらい、と言っても小箱一杯のペン先とは。


「仕事して、使い倒して」

「あ、ありがとうございます」


 彼は私の両手のひらにそれをそっと乗せた。


「普通は同じペンでも、先よりは軸の方じゃなくって?」


 ヘリテージュはまじまじとそれを見つめた。

 この大きさの箱だったら、何十本入っているだろう。


「使い倒した頃には、帝都にまた戻りますよ」


 私はそれをぐっと握り込んで、彼に断言した。


「そうだね。その時にはキミにとって使い勝手のよさげな画帳を探しておくから」


 それだけ言うと「じゃあね」と言ってくるりと背を向けた。

 おそらく時間が無い中を来てくれたのだろう。


「……あれ絶対衣装だわ。でもいい重ね方だわ」


 叔母は大きく頷いていた。


「あれなら彼、コルセット要らないし、……」


 そして何やら考え込んだ。


「叔母様?」

「ああごめんなさい。ちょっと最近ずっと思っていることがあって。ねえ皆はコルセットは好き?」


 え、と皆叔母の問いに戸惑った。

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