68 父にとって分の悪い賭け

「北西辺境伯令嬢がか?」


 父は目を丸くした。

 辺境伯領は帝国の中でも広大かつ、重要な地域だ。


「来年の冬期休暇は彼女の結婚式に呼ばれておりますので、また戻らないでしょう」

「だが向こうに行くには、冬は」

「辺境伯御自身から、これからの冬の支線列車の整備の話も聞いています」

「辺境伯御自身とも関わりがあるのか……」

「だから私はあの学校に通えるだけの学力を養ってくれた環境には感謝しているのは本心です。それに行き場所はそこだけはありません」

「まだあるというのか」

「共に自治組織の幹部をしている中には政府高官のトリオル侯爵の令嬢、それに現在多方面の産業に影響を及ぼしているメンガス財団の令嬢も居ます。そんな彼女達に、私はごく淡々と家での立ち位置を説明していたら、彼女達はそんな家は捨ててしまえ、自分のところへいらっしゃい、と手を差し伸べてくれます」

「いつの間に……」

「お母様の時代の女学校とは違うのです」


 ぴしゃりと私は言った。


「それこそ昔の時代ならばお母様の生き方も一つのあり方でしょう。実際お母様はお父様を首尾良く釣れた訳ですし。ですがもうそういう時代ではないのです」


 がくん、と父は肩を落とした。


「正直、デルデス家のクライド君に関しては、私も良く知っている訳ではない。誠実だとは聞いている。頭もまずまずだ。背格好も容姿も、悪い方ではないだろう。私は彼がお前と結婚する方に賭けたい」

「では、私は彼がアンジーに籠絡される方に」

「そう思うのか?」

「私は女としての魅力が薄いことは知っていますし、別にそれをどうこうする気は無いですから」

「お前はそれでいいのか?」

「いいも何も」


 何だか可笑しくなった。


「結婚したらどうなるとか、子供を欲しくなるとか可愛く思うとか、そういうモデルを見て育ちませんでしたから、夢を見方も分かりませんが。それこそ、幸せそうな家庭そのものを、私は辺境伯領でようやく知ったくらいですし」


 ぐっ、と父の喉から詰まった様な音が聞こえた。


「恨んでいるのか? 我々を」

「恨むも何も。どっちでもいいです。今更」


 ふっ、と私は笑った。

 父はそんな私を見て、少しの間何か言いたそうに口をぱくぱくさせていた。


「もう遅いのだな」

「遅いも何も、始まりもしてませんでしたから」

「最初から間違えたのか」

「お父様がそう思っているならそうなのでしょう。きっとお母様はそう思わないでしょうが――それでは賭けに了承いただけますか」

「いずれにせよ、お前はいつか出て行くのだろう? 私にとって分の悪い賭けだ」

「さあどうでしょう。それは全て向こうの方次第です。……あ、お母様やアンジーには秘密になさって下さい。きっとそんなことをしていると分かれば、まずお母様は私を追い出すでしょう。私からすれば、それは万々歳ですが、お父様、貴方の方がそれでは宜しくないのでしょう?」

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