67 父の事情と賭けの持ち出し
この父が、あの母を。
私は心底驚いた。
おそらく確実に顔に出ていたのだろう。
父は続けた。
「私にも若い頃はあった。そしてそんな若い私の前に、あれは春の嵐の様に、蝶が舞い降りる様に現れたのだ」
「はあ」
「社交界で、あれには非常に多くのとりまきが居た。男爵令嬢ではあったのだが、どんな身分の男達も、それこそ公爵令息も近寄っては求愛をしていた。ただ、求愛はしても求婚まではして来なかった。あれの実家は格別大きな家ではない。資産もそこそこだ。おそらくあれの実家は、生活のために玉の輿を狙って社交界にあれを送り込んできた。身分の高い者、金のある者と結婚し、自身の実家の援助もさせるべく」
「そこまで分かっていて何故?」
「昔のあれは本当に美しかった。いや、今でも美しい。自分を魅力的に見せる術を追求し、狙った獲物は逃さない、というのが見てとれた。だが私はその範疇に無かった」
「……無かった、のですか?」
「だから私にできるのは、他の者が求愛はしても求婚はしてこない、という事実につけ込むことだけだった。私は長男で、我が家は代々男子の跡取りの言う通りになる。両親も引退後だったので、止めることはかった」
「叔母様との仲もその辺りで決裂したのですか」
「カメリアと会っていたのか」
「一年の時に第五で講師をなさってましたから。その時に。気が合いましたし、叔母様の仕事はとても素晴らしいと思います」
「お針子ではないのか」
「いいえ、叔母様のなさっていることは、それこそお母様やアンジーが先をこぞって新しいものを、と求めるドレスを作ることです。そもそもお針子がどうして第五の講師になれますか」
「講師になっていたことなど、知らなかった」
「私は叔母様のお仕事に興味があるし、叔母様はいつでも自分のところに来てもいい、と仰いました」
父はぱっと顔を上げた。
「それは……」
「お父様」
私は何か言いかけた父を手で制した。
「一つ賭けを致しましょう」
「賭け?」
「そうです。先ほど言いました、アンジーが私の婚約に横やりを入れるのではないか、という件。向こうが卒業して結婚の時期になるのと、アンジーが第四を卒業するのが殆ど同時期。そうですね、あと四年ですか。私は卒業後、三年間お父様の元で、できるだけこの家を建て直す手伝いを致します。婚約者の方ともそれなりにお付き合い致します」
「あ、ああ」
「ですがその相手の方が、アンジーに惑わされたならば、私は出ていきます」
「いや、それは」
「お父様はお母様との離婚は絶対に嫌。アンジーは欲しいものはお母様の支援を受けて絶対に手に入れる。あとは相手次第ですね。もしあの子の誘惑に負けないひとであったなら、私も結婚してこの家を支えて行くも良いでしょう。ですが、そうでない時には、私はお母様とアンジーの邪魔にもなりますので、この家を出て叔母様のところへ行きます。いえ、叔母様だけではない、北西辺境伯令嬢である友人が、いつでも自分のところへ卒業後は来い、と誘ってもくれているのです。私には行き場所は複数あるのです。ですので、三年間はこの伯爵領でみっちり働きます。ただその後を賭けませんか?」
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