32 妹の見事なピアノの音

 冬の休暇はともかくひたすらフィリアとポーレと庭師と遊ぶことに費やした。


「テンダーお嬢様がお茶会を開くなら、わしゃ喜んで花をどっさり用意するんですがねえ」


 ジョンはそう言ってため息をついた。


「もしも友達を呼ぶようなことがあったら、その時はお願いね」

「お友達がお出来に?」

「一応。楽しいわよ」

「テンダー様が楽しいならよろしうございますよ」

「でも気をつけてねジョン。色々と」


 多少声を低めて。


「はい色々と、ですね」

「そう、色々と」



 西の対のピアノも時々開いて、指慣らしをした。


「向こうでもピアノの授業はありますか?」

「学校では殆どしないわね。でも共同で使えるものがあるから、皆時々忘れない様に色々弾いているわよ。私達は別に音楽を専門にやっている訳じゃないしね」

「確かに。あ、でもお手紙にあった芸術専門の学校の方々との交流があったんですよね。向こうの方々はさぞ素敵な音を奏でるのでしょうね」

「どうかしら」


 くす、と笑った。


 合同祭から後、二度ほどヒドゥンさんから手紙が届いた。

 最初の手紙には、祭りは楽しかったねえ、という話。

 こちらからも楽しかった感想を書き連ねたら、その返しが早かった。


「何と! そこに目をつけたか!」


という風に引用付きで飛び跳ねる様な文字と、時々ちょっとした絵が差し挟まれていた。

 演劇の際のことを描いたペン画なのだが、さらっと描いている様でいて、線に何とも言えない…… これは…… 色気だというのだろうか?

 のぞき込んできたリューミンはまじまじとその絵を見つめ、ため息をついたものだ。


「凄い~これだけの線なのに、あの時のマリナさんの決めポーズだってことが分かるわね」


 同感だった。

 ついでにリューミンには見せなかったが、ヒドゥンさん自身の絵もあった。

 とびっきりの女装したそれに「俺様」と飾り文字と矢印をつけているあたり、楽しいひとだなあ、と私は思った。


「あ、向こうからピアノの音が…… これは奥様ですね」

「分かるの?」


 こちらが弾いているのが聞こえたのだろうか、向こうの対もかき鳴らしだした。

 廊下の、音が聞こえやすい位置までそっと出てみる。

 小曲が一つ終わる。

 と、少し間が空いて同じ曲……? が流れ出した。

 え? え? え?

 この曲は確かに私も知っている。

 今の妹と同じ頃に習ったものだ。

 だが…… 

 何でこう音を外す?

 何でこう不協和音になっていて気付かない?

 うわあ。

 下手に正しい音を知っているだけに、流れは合っているのに調が変わる部分が唐突に入ってくることもある。

 ……頭がくらくらしてくる。


「ね、テンダー様、ある意味見事でしょう?」


 確かに、と私は大きく頷いた。

 とりあえずここに居る間はあの曲を弾くのはやめておこう、と思った。

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