第9話 自由人と少女の誓い。そして闇は蠢く

「君の涙のせいで胸元がびしょびしょじゃないか」


「……ごめん」


 彼女が泣き止むまで、体感的に十分ほどが経過したと思う。

 赤子のように泣いていた彼女は、泣き止んだ後、すぐさまボクから距離を取った。

 顔を真っ赤にし、膝に顔を埋める姿は不覚にも可愛いと思ってしまった。


「……あなたの話。理解はできたけど、納得はしてない」


「別に納得はしなくてもいいよ。ボクはただ、選択肢を提示しただけ。と言っても、軍を作るのは最低限必要なことだけど」


 ボク一人でならこの世界を滅ぼすことはできる。が、それだけだ。

 フィリアに至っては、まだその域にすら至っていない。

 だが、軍や同じ志を持つ仲間がいれば、やれることは広がる。


「……仮に、私が一人で復讐をした場合、どうなると思う?」


「考えるまでもない。多少の痛手も与えることなく、この世界に敗れるだろうね」


 一人で何でも出来るっていうのは、埒外の天才、規格外、真の怪物。

そう呼ばれる傑物達だけ。

 そして、そんな天才ですら想定外のことで負けることがある。


 フィリアは天才だ。だが、規格外の天才ではない。

 純粋な戦闘力ではいずれボクを超えるかもしれない。が、それはまだ先の話。

 現時点で、何の準備も無しに事に運べば……待っているのは敗北の二文字。

 だから、仲間を作るのが最善手って訳だが……。


「……」


 めちゃくちゃ不満そうな顔をしている。

 仲間の必要性は理解しているだろうけど、感情が拒否している。

 気持ちはわからなくもないが、諦めてほしい。

 人間、諦めが肝心だよ。


「ま、仲間作りのことはおいおい考えていくとしよう。それよりも当面の目標をいくつか考えようか」


「目標?」


「そ、目標。明確に定義はされてないけど最終目標は世界に復讐すること。でもそれだけじゃだめだ」


 最終目標だけを決めても、高すぎる壁により心が折れることがある。

 だからこそ、細かな目標も立てておく。

 例えば、世界に復讐する前に、魔王を倒しておくとか。いくつかの国を亡ぼすとか。

 結構大きな目標だけど、世界に復讐するという漠然なものよりは明確でやりやすいだろう。


「どんな形で世界に復讐するか。それは旅の中で決めていけばいい。だが、せめて第一目標を決めておこう」


「第一……目標……」


 フィリアは唸りながら頭をひねる。

 最低、第一目標ぐらいは決めてほしいかなぁ。

 自分で決めた目標と他人が決めた目標ではモチベーションが違ってくる。

 他人が決めた目標だと、心の隅でやらされているという気持ちが必ず沸く。

 自分は関係ないのに、どうしてこんな事をしなければならないと。


 対して、自分が決めた目標なら、よほど厳しいものでない限り、モチベーションが続く。

 最終目標を達成するにはモチベーションを持続させるのは必須。

 故に、まずは最初の目標を決める。

 もし、その目標すら達成できないのなら、世界に復讐なんてできるはずもない。


 そして、考え込んでいたフィリアが言葉を零した。


「……お父さんが死んだのは、私が原因。でもお母さんとあの子が死んだのは違う」


 顔を上げたフィリアの瞳は、暗く淀んでいた。

 彼女は今、過去を思い返している。

 思い返す度に、死にたくなるほどの、辛い絶望の記憶。

 それを思い返すのは、自分が不幸になった原因。それを探すために。


「……そうだ。お母さんたちが死んだのは、あの男たちが、殺したからだ」


 言葉を紡ぐたびに、彼女の瞳い鋭い光が宿る。

 現実逃避として抱いていた、漠然とした復讐心。

 自分が生きるためだけに決めた目標。

 それを、完全なものにするために。


「あの男たちを……いや、あの男たちだけじゃなく、この国に住む国民たちを」


 自分に絶望を押し付けた貴族。

 自分の絶望を知らず、ただぬくぬくと平穏を過ごす国民たち。

 そして、この国を統べる者……皇帝。

 奴らに……復讐する。

 まずはこの国の全てに復讐する。


彼女のその言葉を聞き、ボクは考える。

 彼女の発言は、人によってはただの八つ当たりに聞こえるだろう。

 国民は彼女の絶望に無関係で。

 彼女の大切を奪ったのは、魔族と貴族。

 彼女の両親が聞けば、馬鹿なことはやめろと止めるだろう。


だけど、この場にいるのは復讐鬼と愉悦に染まったボクだけ。

 

 そして、ボクに止める理由がない。

むしろ──。


「いいねぇ……それでこそだよ」


 それでこそ、ボクが見出だしたフィリアという人物愉しみだ。


 世界への復讐。

 その第一歩であるエルミナス帝国の滅亡。

 途方もないほど、高い目標。

 彼女一人では手も足も出ない。

 だが、彼女には今、ボクという手札がある。

 ボクが言うのも何だけど、彼女にとって自分を屠り去るほどの実力を持った人物。

 たそして、互いの目的のために利用し合う関係。

 彼女にとって、使いやすいだろう。


「……あなたはどうするの?」


「どうするって、聞くまでもないでしょ」


 君が復讐の第一歩を踏み出すのなら。

 ボクはそれを全力で手助けする。

 勿論、それは善意ではなく。愉悦を感じるため。


 ボクはその場で立ち上がり、彼女の方へ歩き出す。


「さて。復讐の第一歩として、この国を、国民を、皇帝を、ぶっ潰そう」


 あの皇帝クソ野郎。奴には個人的にやり返したいと思っている。

 ボクをこの世界に呼んだことに関しては、感謝している。

 でも、たかが一国の王。皇帝ごときの分際で。

 ボクを洗脳しようなどと、思い上がりもいいところだ。

 返礼は、奴の命とこの国の滅亡でいいだろう。


 近づいてくるボクを見て、フィリアも立ち上がる。

そしてボクたちは向かい合った。


「……わかった。皇帝もろとも、この国をぶっ潰す。だから、力を貸して、ユキネ」


「いいよ。盛大に、愉快に、痛快に。全てをぶっ壊して、自分の思うままに生きよう」


 これは、ボクと彼女による制約。

 そして、皇帝への宣戦布告。


 ……気付かないとでも思っているのかい?

 この世界に召喚されてから。

地球に帰還し、この世界に戻ってきたから。

 ボクはずっと監視されていた。


 まぁ、監視に関してはそこまで気にしていなかった。

 皇帝の命令はボクの監視、当面は大丈夫だろうと。

 何より、彼らにボクをどうにかできるとは思わなかった。


 しかし、この宣戦布告で、ボク達が皇帝に弓を引くことが伝わった。

 なら、近いうちに動く。

 生け捕り、もしくは抹殺。

 皇帝がどう動くのかわからない、けど。


 ──その悉くを捻じ伏せるだけだ。





「──報告は以上です」


「──うむ、分かった。下がってよいぞ」


「──失礼します」


 幸音の動向を報告した男は、王の間から退出した。


「……予想通り、あの者は余と敵対する選択をしたか」


 玉座に座るのはこの国の皇帝──エルセルク・ベルス・エルミナス。

 エルミナス帝国において、絶対的な権力を持つ存在。

 この国において、神と同等と見なされる存在。


「陛下。報告通りならば、あの者は危険です。即刻排除すべきかと」


「あのまま野放しにしていては、いずれ御身にも危険が迫ります‼」


 この場にいるのは皇帝と、それに付き従う貴族たち。

 そんな人物たちが現状最も警戒しているもの。

 異世界から召喚した勇者の一人。

 彼らにとっても、この世界にとっても、完全に想定外イレギュラー


 ──江崎 幸音。


 彼らの頭を悩ませる、最大の異分子。

 皇帝のスキルですら支配できなかった怪物。

 ……なぜ、あんなものがこの世界に来たのかはわからない。

 そもそも、どうしてあんな怪物が存在しているのか。

 しかし、この世界にいる以上、対策をしない訳にはいかない。


「だが、召喚されて間もないにも関わらず、オークとゴブリンを虐殺する残虐性」


「加え、並の騎士を凌駕する実力を持つスラム最強の小娘。奴を屠り去るほどの戦闘力を併せ持つ」


「まったく。聞くだけでも我らの脅威と言わざるを得んな」


 歴代の勇者たちも、並外れた実力と潜在能力を持ち合わせていた。

 中には、魔王や四天王を片手間で屠れるほどの力を有していたものもいる。

 だがそれは、成長した後の話。

 召喚された当時は、何の力もないただの子供。

 そんな子供に洗脳を施すのは容易なことだった。


 そして、この国は従来、召喚した勇者たちを洗脳し、手駒にすることで武力を示していた。

 今回も行おうと思っていた矢先の出来事があれだ。頭も抱えたくなる。


「……できれば、生け捕りにし、手駒に加えるところだったが……やむを得ん。あの小娘は間違いなく余の障害になりうる。ゆえに──始末する」


 皇帝は立ち上がり、周囲の者たちを見渡す。


「しかし陛下。小娘には正体不明のスキルがあります。下手を打てばこちらがやられる可能性も……」


「案ずるな。小娘の始末は、今代の勇者たちに任せる。いくら小娘でも、同郷のものは殺せまい。それに、我らには歴代勇者達が残した遺産がある。あれらを使えば、あの小娘も


 切り札に対する、圧倒的な信頼。

 あれらを使えば、小娘がどんなスキルを持っていようが、必ず勝てる。

 ゆえに、思う。

 あの小娘が敗北した時、どんな絶望の表情を浮かべるのだろう。

 それを考えた時、ふと、過去のことを思い出した。


 十年前──。

 魔族との戦いで殉死した騎士がいた。

 そして、その騎士の妻は、大変麗しい見た目をしていた。

 誰もが見惚れるほどの美貌。

 それを欲した皇帝は、一貴族に変装をし、女のいる家を襲った。


 その時、女との行為をまじかで見ていた娘がいた。

 その娘が浮かべていた絶望の表情。

 あれを……もう一度見てみたい。

 その表情を浮かべるのが、生意気な小娘だと考えるだけで、滾ってくる。


「さて、対象の小娘──江崎 幸音。奴を排除する」


 宣言すると同時に、周囲の貴族たちは頷き、皇帝を称えた。

 この人物ならなんだってできる。

 どんな願いもかなえてくれる。

 そんな心酔の様なものを抱く彼らは──気付けなかった。


 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。

 彼らが幸音を監視していたように、幸音をまた彼らの行動を把握していた。

 だからこそ、なのだろう。

 彼らの戦いは、戦う前から敗北が決定していたことに。

 彼らはついぞ気付けなかった。



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https://twitter.com/Zeromozi3106/status/1588521800132333568?t=-Ah_jSxOp7ic5JaIig03Rg&s=19


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