第8話 自由人は少女に語る

 戦いを終えたボク達は、現場から少し離れた場所に移動していた。

 宿に移動してもよかったけど、フィリアを連れてきたら面倒なことになりそうだったからやめた。


 えっ? スラム街に居て危なくないのかだって?

この場にはボクと、ボクに傷をつけられるスラム街最強が居るんだよ。安全に決まってるじゃん。

 仮に、このスラムの全勢力が襲い掛かってきても返り討ちにできる自信がある。

 だからこそ、こんな場所で呑気に今後の話が出来る。


「……ここら辺はスラムでも比較的安全な場所。ゆっくりと話せる」


 立ち止まり、こちらにフィリアが振り向く。


「……貴女は私の復讐を手伝うと言った。一体、どんな風に手伝ってくれる?」


「手伝うといっても、まず、君はどんな感じで世界に復讐をするのかな?」


 ボクが聞くと、その場には沈黙が流れた。……おやっ?


「まさか、考えてなかったのかい?」


「…………考えてなかった」


 おおぅ……まさかの無計画とは。

 といっても、ボクもその場の勢いでああ言ったから、そこまで深く考えてなかった。

 無計画で世界に復讐を誓う少女と無責任にそれを手伝う美少女。

 間違いなく失敗する未来が見える。


「取り敢えず、どんな形で復讐を遂げたいんだい? 王道だと全人類を絶滅させるとか、この世界自体を消滅させるとか。はたまた、魔王みたいに世界征服とかかな」


 物語によくいる悪役の目的は大抵そんな感じだよね。

 自分が圧倒的に優れているから、それ以外を皆殺しにするとか。

自由を求め、仲間以外の人類を絶滅させようとするとか。


 大抵世界を相手にする場合、人類を皆殺しにするとかが多い。

 個人的にそれが一番手っ取り早いのと、悪役はそうであるべきという考え方が根付いているんだろう。


 正直に言って、ワンパターンだと思ってる。

 けど、否定はしないよ。

そういうシチュエーションが好まれているのも分かる。というかボクも好きだし。

 それを踏襲して同じするのもいい。

でも、折角の体験だ。自分なりに、自分らしく、盛大に愉しくやろう。


「……人類も魔族も皆殺しにする考えは一度考えた。でも、個人の力ではどうにもできない」


 でしょうね。いくら個の力が強くたって、軍にはどうにもできない。

 ボクの力も、軍に勝利することは出来なくはないけど、一対一が断然得意だ。


 でもフィリア、君は既に答えに触れている。


「個人の力ではどうにも出来ない。なら、出来るだけの頭数を用意すればいい」


「……は?」


 ボクの言葉に阿保を見る目で見てくる。

 なんでそんな目で見るんだい?

 というか、どうしてそんなが理解できていないんだい?


「相手が軍なら、こっちも軍を作って対抗すればいい。簡単だろう?」


「……単純に言うけど、軍を作るなんて簡単に出来るわけ──」


 吐き出そうとした言葉をフィリアは止めた。いや、ボクが止めさせた。

 多分、フィリアを見つめるボクの瞳は、深淵のように暗く、澱みに澱みきった漆黒に染まっている。


 ……ねぇフィリア。あまり、失望させないでもらえないかな。

 君は世界に復讐をするといった。

そのためなら何だってするという覚悟を感じた。

だからこそ、君の復讐を手伝い、ボクは愉悦の糧にしようと思った。


 そんな君が、この程度の壁で諦めるとは……。

 それじゃあ、生かした意味がないじゃないか。


 ボクの心情を知ってか知らずか。フィリアは噤んでいた口を開いた。


「……世界に復讐をすること自体簡単じゃない。そんな大きな目標を前に、たかが軍を作るぐらいやってのけろと?」


 フィリアの返答に笑みを返す。


 ……別にボクは諦めることを否定しない。

 自分の力量でどうにもならないと確信したのなら、諦めればいい。

 だが、それを確信する以前に諦めることは許さない。


「それに、ボクは君が作れとは一言も言っていない。お世辞にも、君はそういうのは向いていなさそうだし」


「……? 言ってる意味が分からない。私たち以外に誰が作るの?」


 本当に理解していない表情を浮かべるフィリア。

 まぁ自分でも前のセリフと繋がらないかもとは思う。

 それと、フィリアがその可能性を無意識に排除しているのもあるんだろうし。

 でも、少し考えれば誰でもわかると思うよ?


 世界に対抗するための軍を作る。

 軍を作るのはボクたちじゃなくてもいい。

 そして、《復讐を果たすのはフィリアだけじゃない》。


「ボクもフィリアも軍を作ることに向いてない。なら、それが出来る者を仲間にすればいい」


 フィリアはボクの言葉に一瞬呆然としたのち、目を鋭く細めた。


「それは……あなた以外の、復讐に無関係の人物を味方につけろと?」


「うん、そうだよ」


 ボクが肯定すると、彼女の怒気が膨れ上がる。

 いやぁ、何となく想定はしていた。

 彼女は、自分の復讐を自分だけで終わらせたい。

 ボクを引き入れたのは、あくまでボクが勝ったから。

 例外中の例外。

 だから、これ以上自分の復讐に関わる人物を増やしたくないのだろう。


 けど──。


「君は何を勘違いしているのかな? 君の味わった不幸は、この世界。ひいては別の世界でも吐いて捨てるほどある」


 そういう人間を、たくさん見てきた。


 ある者は、目の前で妻と子供を惨殺され、自身も一生癒えない重傷を負い、その後も障害で悩まされた。


 ある者は、出会うものすべての人間から迫害され、最終的に、唯一受け入れてくれた者に裏切られ殺された。


 ある者は、生まれつき身体が一切動かせず、一切自由を得られることなく短い人生を終えた。


 ある者は、全てに裏切られた。

 ある者は、親に捨てられた。

 ある者は──。


「不幸を味わう者は──それこそ、星の数ほどいる。そんな中で君は、自分のことを特別不幸な存在だと思っているのかい? 自分を特別な存在とでも勘違いしているのかい?」


 その言葉が、発端だった。

 気が付いた時には胸倉を捕まれ、壁に叩きつけられていた。

 その衝撃で、肺に溜まっていた空気が一気に吐き出される。

 ……一瞬苦しかったけど、ダメージは一切無いからいいか。

 どうでもいいことを考えるボクをよそに、フィリアは凄い剣幕で叫ぶ。


「貴女に……貴女に何が判る‼‼ 自分のせいで父親を、貴族に母親を殺され、親友すらも失い、誇りも失った‼ 残ったのは惨めな小娘と、人殺しの技だけっ‼ 暖かい世界でぬくぬくと過ごしてきた奴に何が判る‼‼‼」


 涙を流しながら、自分の絶望を。後悔を口にする。

 何故、自分が生き残ったのか。

 何故、自分は生き残ってしまったのか。

 自分は死ぬべきだったのではないか。

 様々な、後悔を口にする。


 そんなフィリアを見ていて、ボクはイライラしていた。

 フィリア……それだよ。

 確かに君の不幸は大きい。

 でも、ボクは君よりも不幸な人間を見てきた。

 何より、


「君の言う通り、ボクには君の気持はわからない。ボクは所詮……他人だ。他人に他人の気持ちが共感できるはずもない」


 彼女が救いを求めているのかはわからない。

 絶望から逃げたいのかもしれない。

 それなら言おう。

 残念だけどボクは慰めや、寄り添うなどという無駄なことはしない。

 自分の抱く感情に共感できるのは自分自身だけ。

 けど、それでも、とボクは言う。


「理解はできる。ボクも不幸を味わい、絶望した。その絶望は今でも思い出せる」


 瞼の裏に焼き付き、いまでも鮮明に思い出せる。

血まみれに沈む、人の形をした何か。

そして、それを前に佇む少女。


 それは、少女にとって絶望の日。

 それは、少女が自分の無力さ、卑劣さに嘆き壊れた日。

 それは、


「再度言う。君の気持ちはわからない。でも、その絶望は、理解はできる」


「理解……なんて、できるわけがっ……‼」


 胸倉を掴む手を、両手で包むように握りしめる。

 彼女の手を壊さぬよう、優しく、それでいて強く、力を込めて。

 涙を流し、呆然とこちらを見つめる彼女へ向けて言葉を紡ぐ。


「君は自分が味わった絶望を、他者に押し付けるために復讐をするのかい? それもいいだろう。だが、君がやりたい復讐は、自分の為だけじゃないだろう」


 彼女の復讐。

 世界への復讐。

 もし、それがなされれば。彼女の行動は、この世界の爪痕となる。

 スラムで育った、たった一人の小娘とその仲間が世界に影響を及ぼした。

 それが自分勝手の復讐だとしても、同じ境遇の人間には希望に成りえる。


 そして、彼女は優しい人間だ。他人を思いやることが出来る。

 劣等感に塗れ、他者を貶めるような人間ではない。

 だから──。


「だから、君は君のやりたい復讐をやれ。でもそれは、一人でやらなくてもいい。同じ傷を持つ者を仲間にして、達成すればいい。……どんな復讐を選ぶかは君次第だ」


 フィリアの赤い瞳を見据えながら言い切った。


「っ……あっ……、ぅあ……‼ ぁああああ‼」


 悲しみと絶望、そして安堵。

 様々なものがごちゃ混ぜとなり、彼女の感情は決壊する。

 嗚咽を漏らし、涙を流すフィリア。

 そんなフィリアを、ボクはただ見続けていた。



────



 スラムに行きついてから、その絶望を抱えながら生き続けてきた少女。

 そんな彼女にとって、語った言葉はどう受け止められたのか。

 影響を与えたのか、与えていないのか。

 それは、今後の行動にとって重要なことだろう。

 だけど、正直に言うなら。


 ボクの服を掴み、泣き続ける彼女を見ながら思う。


 彼女がどんなことを思おうが、

 ボクにとって、最も重要なことは一つ。

 愉悦を感じること。

 愉しむこと。


 だからこそ、なんだって利用する。

 少女の復讐を利用し、世界に混沌を呼び寄せる。

 それこそが、ボクが生き続ける理由。

 ボクは、死ぬまで

 それが、それこそがボクを縛る約束呪縛だから──。

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