第7話 自由人は愉悦を、そして少女は染まる
※前半の話は少し重い話になります。ご了承下さい。
少女──フィリアはエルミナス帝国に仕える騎士の家系に生まれた。
騎士団長として国を守る父と、そんな父を副団長として支える母。
そんな二人から生まれたフィリアは、当然のように騎士を目指した。
父と、そして母と同じ。二人を超えるような騎士を目指していた。
そして、フィリアが七歳になるころ、事件は起こった。
エルミナス帝国の近隣で起こった魔物の襲撃。
当然のように父は出動した。
当時フィリアは、騎士見習いでありながら、大人顔負けの実力を有していた。
そして、自分も役に立ちたいと思い、戦いに志願した……が、父は反対した。
『確かにフィリアは強い。だが、訓練と実践は違う。今回は私たちに任せておけ』
父はフィリアに諭した。だが、フィリアは聞き入れなかった。
独断で戦いに参戦した。
──結果、父がフィリアを庇い、魔族に殺された。
魔物の襲撃──それを起こしたのは魔族だった。
魔族はエルミナス帝国の戦力を図るために、今回の計画を画策し実行した。
そして、戦いに参戦したフィリアは強く、あまりにも目立ちすぎた。その魔族の目に留まるほどに。
フィリアは戦いのさなか、魔族の襲撃を受け、瀕死の状態に追い込まれた。
そして、魔族の攻撃がフィリアの命を刈り取るその直前に、父が駆け付けた。
父はフィリアを守るために魔族に果敢に立ち向かった。
そして、魔族を殺す一歩手前にまで追い詰めた。
しかし、魔族は自分が不利だと悟ると、重傷を負っていたフィリアに攻撃を放った。
未だ動けず、呆然と攻撃を見続けるしかなかったフィリアは、死を覚悟した。
──フィリアの目の前で鮮血が飛び散った。
フィリアを庇い、魔族の攻撃を受けた父の血。
肉体の半分以上が消し飛び、それでも父は残った片腕でフィリアを抱きしめた。
『ゴホッ、……お前が、無事で……、よかっ……た……』
その一言を最期に父は絶命した。
徐々に冷たくなっていく父の身体。
自分の身体を汚す父の血。
声にならない声を上げ、激しく空に慟哭した。
気が付けば、魔族はこの場から逃げていたが、そんなのはどうでもよかった。
心が黒く染まっていく。後悔と悲しみ、そして絶望が胸に広がっていく。
フィリアの心情を表すかのように、空は泣いていた。
*
父が死に、多くの人が悲しみに暮れる中、フィリアの絶望は終わらなかった。
父の死は自分のせいだと激しく自責し、部屋に閉じこもっていた。
殻にこもり、外界との接触を断っていたフィリアを連れ出したのは、一人の親友だった。
幼馴染であり、自分のことを最も深く理解している少女。
『いつまでもくよくよしない‼ 確かに貴女のお父様が死んでしまったのは、貴女のせいもあるかもしれない。それでも、貴女がそのままじゃ、お父様も浮かばれないわ‼』
日を照らすようにまぶしい笑顔で、それでも悲しみに暮れるフィリアの心を支えてくれた。
そして、父の死から数カ月がたち、自分の足で立ち上がろうとした。
そんなとき、それは起こった。
家が何者か達に襲撃された。
不意を突かれたフィリアと母。そしてたまたまその日来ていた少女は、なす術もなく倒され、そして、母が目の前で男たちに犯されている。
組み敷かれ、泣き叫びながらも娘たちのために耐える母。
男たちは国の貴族とその手下たち、だったと思う。
だが、どこの家の貴族かは解らない。
なぜ、このような事をしたのかもわからない。
それでも、目の前には絶望が広がっているのも事実。
そして、一通り犯し終わった母を、男たちは弄ぶように惨殺した。
あの時の父の姿がフラッシュバックし、泣き叫ぶフィリア。
そんなとき、男たちの気が緩んだ一瞬を突き、少女はフィリアを連れ、逃げ出した。
それでも、子供と大人。体格も何もかもが別格。すぐに捕まるのは目に見えていた。
追いつかれ、捕まりそうになったとき、少女が囮に出た。
『二人では逃げ切れない。だから、貴女だけは生きて。生きていつか、私たちの敵を取ってね』
自分を見捨て、逃げろという少女。
フィリアは当然のように反論した。
それでも、
『早く行きなさい‼』
少女の覚悟を決めた顔と、怒声、恐怖心がフィリアの足を動かした。
後方から聞こえる、捕まり、犯され、泣き叫ぶ少女の声。
未だに鮮明と思い出せる、絶望の声。
フィリアの心は既に折れ、それでも足を動かすのは、少女が最期に言った言葉のせいか。
気が付けば男たちを巻いていた。
それでも走り続け、行きついた先は──スラム。
この国の汚点。法が存在せず、力だけが正義の無法地帯。
そこにたどり着いたフィリアは……一気に押し寄せてくる絶望に耐えていた。
父の死から数か月しか経たず、母と、そして親友を失った。
そして、三人が死んだ原因は……自分が、弱いせい。
自分に力があれば、こんな事にはならなかった。
力が……欲しい。
何もかもを守り……いや、守るのではなく、どんな敵も確実に殺せるほどの、そんな力。
力を手に入れて……そして、復讐する。
父を殺した魔族に。母と親友を殺したあの男たちに。そして、自分にこんな不条理を課した、この世界に。
まずはこのスラムで生き残る。生き残り、力を付けて復讐を始めよう。
その日、弱いだけの少女は死に、そして、全てを憎悪する復讐者が生まれた。
*
フィリアと名乗る少女。
類い稀なる身体能力を持ち、そして、瞳にすべてを焼き尽くす憎悪を抱える少女。
そして、人の身で、ボクに怪我を負わせた人物。
そんな彼女に、ボクは興味を抱いた。
「……私の傷を治して、何をする気?」
考え込んでいたボクに、彼女は問うてきた。
「君を助けた理由? ただ、君を助けたかったから」
「……うそでしょ。無償の善意より、この世で信じられないものはない。加えて、私たちはさっきまで戦っていた。普通はそんなことしない」
「確かに‼ でも、あながち間違いじゃないんだよねぇ」
月明かりがその場を照らす中、ボクは狂気の笑みを浮かべながら両の腕を大きく広げる。
「君を助けたのは、ボクの愉悦を満たすためさ‼」
「……愉悦?」
訝しげな表情を浮かべるフィリア。
「ボクは愉しいことが好きだ。通常では味わえないような快感‼ 普通では出会えないような非日常‼ 生きている限り、愉しいことを味わう事、それがボクの生きる意味だ‼」
これ以上ないくらいの愉悦にまみれて。
愉しく生きていく、それだけさ。
「この世界に来てから、ボクを愉しませてくれることは、正直に言って少なかった。こんな世界に価値はないと、そう思った。──でも、君を見つけた」
ボクはフィリアを指さし、続ける。
「君のその瞳。この世界のすべてを憎悪する暗く、濁った瞳。その瞳を見たとき、ボクは思った。君のそれを利用すれば、かつてないほどの愉悦を感じられると‼」
「……悪趣味」
吐き捨てるように呟く彼女に、ボクは笑みを深める。
確かに、ボクの趣味は常人には受け入れがたいものだろう。
彼女に至っては、自身の憎悪を利用すると真っ向から言われたのだ。そう思うのも無理はない。
それでも、ボクの考えは変わらない。
「君はその憎悪をどうする気だい?」
「……あなたに言う必要がある?」
「スラムは力こそすべてなんだろう? 先の戦い、勝者はボクなんだ。敗者の君は、ボクの言うことを聞くのが道理じゃないかな?」
「……」
彼女は俯きながら黙り込む。そして、ポツリポツリと語りだした。
「七歳のに、父が私を庇って死んだ。その数か月後、母は家を襲撃した男たちに弄ばれて惨殺された。そして──親友は私を逃がすために、囮になって死んだ」
彼女の瞳に絶望の色が宿るが見える。
「逃げた私は絶望に明け暮れ、そして呪った。父を殺した魔族を。母と親友を殺した男たちを。でも──一番呪ったのは、自分の弱さだった」
自分が強ければ、両親も、親友も守れたはずなのに。
自分が弱かったから、守れなかった。
俯いていた顔を上げ、言う。
「だからこそ、強くなろうと思った」
そして、彼女の瞳に今まで以上の憎悪の炎が宿るのを感じた。
「私の父を殺した魔族に。母と親友を殺した男たちに。そして──私にこんな不条理を押し付けたこの世界に‼‼」
激しく激高する。
溜まっていたものを吐き出すように叫ぶ。
「私は、この世界に復讐する‼ この世界に反逆する‼ 私に不条理を押し付けたことを後悔させてやる‼‼ だから、私はまだ終われない‼」
涙を流し、激情に身を任せながら、吐き出された言葉を聞き、ボクは──。
「……君の抱くその思い、ボクには理解できない。そういう経験をしたことは無いからね。けど……」
スッとボクは彼女に手を差し出す。
差し出された手を眺める彼女に宣言する。
「君のその復讐、ボクも協力しよう。君がボクに愉悦を与えてくれる限り、ボクが君を守り、協力し、そして、世界への復讐を遂げよう」
満面の笑みを浮かべ、笑う。
彼女の復讐。世界への反逆。
考えるだけで……愉しさが溢れ出る。
そして、彼女が復讐を遂げたとき、ボクは……彼女を殺す。
復讐を遂げ、達成感に身を震わす彼女を殺したとき。それは、かつてないほどの愉悦を得られる。そう、確信した。
「……貴女がどんな行動を取ろうとも関係ない。私は私の復讐を行う、それだけ」
「いいよ。君は復讐を。ボクは愉悦を満たすための行動を取る。そこに互いの行動への妨害は無し。利害は一致している」
「そう……」
そう呟き、フィリアはボクの手を取った。
「貴女の名前は?」
「あぁ、そういえばまだ言ってなかったね。それじゃあ──」
こほん、と咳払いをして、告げた。
「ボクの名前は
目元に横ピースを添え、腰に手を当て、足を横に向けるポーズ。もちろんウィンクも忘れない‼
そして、それを見た彼女の感想は……。
「……えぇ」
思いっきり、引いていた。
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