第5話 アリス(3)
04
話を振られてしまえば無視して立ち去るわけにもいかず、俺は素直に理由を話すことにした。
「今日の昼休みに家にある蔵書の最後の一冊を読み終えたんだ。次に読む本をどうするか考えていたら、この学園には立派な図書館があることを思い出したんだよ」
「そうなんだ。いつも休み時間に読んでるもんね……」
さすがに隣の席なだけあって、休み時間に俺が自分の席でひたすら本を読んでいることは知っていたようだ。
「あの……その……本が、好きなの?」
まだ怯えはなくなっていないようだが、アリスはか細く不安げな声で上目遣いにそう尋ねてくる。
「まぁな」
前世からの筋金入りだ。
活字中毒と言うほどではないし、読む量やスピードも自慢できるほどではないが、読書が好きだという自覚はある。
そもそもゲーム自体ほとんどプレイしない俺が『スプマックに鐘が鳴る』をプレイしたのも、たまたまレビューサイトで見かけた大ボリュームのテキスト量という話に興味を持ったからで、キャラクターや絵にはそれほど興味がない。
「そうなんだ……」
数少ない同好の士を見つけたのが嬉しいのか、表情から少しばかり怯えの色が薄まり、小さく笑みまで浮かべている。
「どんなジャンルかな? 広いし探すのも大変でしょ? 図書委員として手伝うよ」
「ありがたいけど、どのジャンルを読むかすら迷ってるんだ」
俺の答えが予想外だったのか、アリスは眼鏡の奥の目を丸くした。
「え? でも、好きなジャンルとかいつも読むジャンルとかあるでしょ?」
「何でも読むんでな……娯楽モノでも伝記でも、歴史に政治、あぁ……今日読んだ最後の一冊は恋愛モノだったな」
文字の活版印刷があるおかげで本に希少価値はほとんどないのだが、何故かこの世界には版画が存在しない。
そのため、図鑑などの絵がメインの書籍は少ない。
また、本を読む人間が少ないせいなのか実用書の類やビジネス系の本もほとんど存在しない。
「すごいね。本当になんでも読むんだ」
「そうだな。あとは学術書なんかも読むぞ。意味は全く理解できないけど、難しい専門用語だけ覚えてたりするな」
元の世界のようにわからない単語は気軽にインターネットで調べるというわけにもいかず、単語はわかるけど意味は知らないなんて言葉はザラだ。
メルカルバニク現象とかソロ フォーンマッサとか語感が面白い。
「意味がわからないのに読むの?」
「文字を追ってるだけで楽しくなってな。まあ、さすがにそっち系は苦手と言えば苦手か。あまり進んで読もうとは思わないな」
家にあった分は読んだが、さすがにこの世界で高度な専門書の類をこれ以上読む気にはならないな。
「そうなんだ……それだと、私じゃ役に立たないか……」
ジャンルが決まっていれば案内することはできるが、そもそものジャンルを決めるために歩いているのだから誰かの手を借りる必要がない。
そのことに気づいたアリスは残念そうに肩を落とす。
「……いや、せっかくだから頼むよ。図書委員になったってことはカルヴァンさんも読書が好きなんだろ? おすすめの本とかあるか?」
ここで会ったのもなにかの縁だ。
読書好きらしい彼女のおすすめを読むのも一興だろう。
「私の?」
「あぁ」
「で、でも、私が読むのは女性向けの恋愛モノが多くて……」
まさかおすすめを聞かれるとは思っていなかったのか、アリスはしどろもどろになっている。
まぁ、女性向けの恋愛モノが主体だと異性には勧めにくいのは理解できる。
男がバトルモノや異世界転生ハーレムモノなんかを女性に勧めるのを躊躇うのと同じだ。
男だろうが女だろうがそれらを好きな人間がいるとしても相手の好みがわからなければ、作品自体がターゲットにしているだろう範囲で考えるしかない。
ただまぁ、俺の場合は当然のことながら母の趣味で置かれた本もすべて読破している
「実家には母の趣味でそういったのもあったけど、楽しく読めたよ。アイリーン夫人とか、モートリーの昼下がりとか」
「アイリーン夫人! 面白いよね。私もすごく好きだよ」
俺が読んだことのある作品名を挙げるとアリスは予想以上の食いつきを見せた。
教室で何度か声を交わしたアリスと同一人物とは思えないほど明るい声で、目をキラキラと輝かせている。
マイナーな趣味の話で相手も自分が好きなものを知っていたり、好きだと言った時のようだ。
いや、この世界では読書がマイナーな趣味だからそのものと言えるだろう。
前世のように日本中、世界中の人間と顔を合わせずに言葉を交わすことなどできないこの世界では仕方がないことだ。
「アイリーン夫人がかっこいいよな。男の俺でも憧れるよ」
つまるところ、本の感想を言うことに飢えているのは俺も同じだ。
この世界に転生してから家族以外で本の感想を話せる相手もいなかった俺も全力で乗っかった。
「そうだよね。でも私はパンドラ夫人の方が好きかな」
「パンドラ夫人か。たしかに彼女もかっこいいよな。アイリーン夫人のピンチに颯爽と現れたときは思わず手に汗握ったよ」
久しぶりのやり取りに俺たちは当初の目的も忘れてアイリーン夫人について語り合うのだった。
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