第6話 アリス(4)
05
「ふぁ……」
初めて図書館を訪れた翌日、教室へ向かう途中、あまりの眠気にあくびをかみ殺すことさえできずに歩を進める。
廊下ですれ違う人間の大半が顔を伏せるなり、道を開けるなりの対応をしているので、今の俺の目つきは眠気のお陰で普段よりも恐ろしいことになっているのだろう。
昨日は俺たちの話し声に気づいた司書が来るまで延々と話し続けた。
時間にすれば3時間ほどだろう。
いつまで経ってもアリスが戻ってこないことに気づいた司書が探しに来なければもっと長く話していたに違いない。
話し続けていたおかげで閉館時間になり、俺は図書館で本を借りることができなかったのだが、それが悪かったのだろう。
本を借りられなかった俺に申し訳なく思ったのかアリスが自分の本を貸してくれたのだ。
面白かった。
アリスはアイリーン夫人が一番好きだと言っていたが、俺としては今回彼女から借りた本のほうが好みだ。
おかげで借りた3冊を一気に読み、睡眠時間が大幅に削れてしまったわけである。
「…………」
俺が教室に入るとそれまで喧騒に満ちていた教室が水を打ったように静まり返った。
何人か俺の姿に気付かず話し続けている者もいたが、教室の異様な空気に気がつくと俺の方を見て同じように言葉を失くす。
そこまでか……と、そんな風に思いながら自分の席に向かう。
「っひ……」
今日もまたいつも通り俺の机に座っていた尻乗せ男は、俺が近づくと短い悲鳴を上げて机から降りた。
そのままひどく怯えた表情で距離を開ける。
言わなくても退くなんて今日は上出来じゃないか。
働かない頭でそんなことを考えつつ席に着く。
「あの…………アルマイヤーくん大丈夫?」
昨日はっきり同好の士であることを認識し、さんざん本の感想で盛り上がったことで多少は気安くなったのか、それでもおずおずとした様子でアリスが問いかけてきた。
「な、アリスやめろ! 殺されるぞ」
慌てた様子で尻乗せじゃない方がアリスを止めようとするが、さすがに失礼すぎるだろう。
「問題ない。眠いだけだ……」
俺はアリスにそう答えつつ、カバンから昨日借りた本を取り出してアリスに差し出す。
「面白かった。おかげで寝不足だ」
差し出された本を見て、驚いたように目を瞬かせたアリスは合点がいったのか、苦笑しつつ本を受け取った。
「もう……ちゃんと寝ないとだめだよ」
責めるような言葉だが、自分が貸した本が面白かったと言われてよほど嬉しいのか声色は明るい。
「悪いが……授業が始まったら起こしてくれ」
俺はなんとかアリスにそう言って、力尽きたように机に突っ伏した。
そのおかげで、アリスを口説いていた二人が俺の背中に向ける視線には気付くことができないのであった。
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