第29話 次期エトワール伯爵

「私は、エシェッカはキャトル・エトワールと共に歩むとここで誓います」


「ありがとう、目が覚めたよ。確証はない、だがなすべきことを定め行くことにする!」



 エトワール伯爵領から百人の兵士が私服で送り込まれてくる。キャトルが考えていたよりも人数が多い、だがアンリがこうだと判断してのことだと受けれた。情報の共有、覚悟を伝える意味合いからも、夜間、郊外にある農場に全員を集めて演説を行うことにした。


 シューラーが演台の前に皆と対面して立って、キャトルとエシェッカが壇上に立っている。ここに来る前にキャトルの命令に従うようにと訓示を受けているので、目の前にしていることに対しての疑問も不安もない。


「みなよく集まってくれた、礼を言わせて貰う。グロッカス王国では今、未曽有の危機が迫っているものと推察している」


 そこで言葉を区切ると、兵らが動揺する。何せ穏やかではないものいい、冗談でここまで来させるはずもないのでこれが一大事なのだと気を引き締める。全員を一瞥して、厳しい表情を浮かべると続ける。


「エトワール伯爵を始めとして、国内の貴族や王陛下までもが自由を奪われて王宮に軟禁されている。我々はこれを何としてでも解放しなければならない。近日中に武力行使の決断をすることになるだろう」


 王が自由を奪われているとの一言に衝撃を受ける。それはすなわい反乱が起こっている、それも某反が。許されてはいけない大逆、だというのに国内はそこまで騒がれていない。これが誤情報ならばエトワール家は大きく道を踏み外すことになる。


「状況は全てこの結果を指し示しているが、王宮内に軟禁されている伯爵に面会かなわなかったのも事実。漠然として確証はない、だが私はこの道を選んだ! 支えて欲しい、あるべき姿を取り戻すために!」


 兵が拳を突き上げて声をあげる。士気の高揚、鼓舞を行うとエシェッカも一歩進み出た。


「神託は下りません、これは天の災いではなく、人の所業なのでしょう。私には何一つ出来ることはありませんが、それでも明日を望んでしまいます。この場の皆と、正しき人々に神の祝福があらんことを」


 決起集会としては上出来、高ぶった気持ちを維持出来るのは数日だろうから、それまでにキャトルは道行きを決めなければならない。そう思っていたところで、暗闇を走って来る姿が確認される。連絡係として屋敷に残してきたビリントだ。シューラー補佐官の隣へ行くと何かを耳打ちする。


「キャトル様、市街地で騒乱が起こっているようです」


「騒乱? どういうことだろうか」


「正体不明の武装集団が現れ、市内各所の重要施設を占拠しているようです」


 市庁舎、警察署、高官公邸などが争いの場になっていると詳細を聞かされるとキャトルは大きく頷いた。


「俺は見通しが甘い、何が近日中だ! 全員を武装させるんだ、揃い次第王宮へ向かう」


「了解です、司令!」


 シューラー補佐官の命令で、各自が大急ぎで拠点に戻り武装することになった。集会のお陰で連絡が早めについたと前向きに取ることが出来るが、直ぐに動く判断をして武装させておけばと悔やんでしまうキャトルが居た。


「お兄さま、この大事にこれほど多くの方の助力を得られているということに感謝をしましょう」


「エシェッカ……そうだね、私は恵まれているよ、自分の意志で動ける機会があるということに」


 この日の為に裏口から侵入できる手筈は整えてある、装備や糧食も備蓄した、人も揃ったし意志も伝えてある。あとは己の知恵と勇気のみ、悔やんでいる暇など無い。小一時間で農場にエトワール伯爵領の私軍は百人が集まった。キャトルが騎馬して宣言する。


「俺がエトワール軍の司令キャトル・エトワールだ。目的は伯爵の救出、それを最優先とする。王宮へ向かう、邪魔者は全て排除して進むぞ、続け!」


「司令に続け! 各隊編制通りに隊列を組め!」


 副司令に任命されたシューラーが詳細を命じる。家人らは全員避難させる手配もしてある、後顧の憂いは無い。エトワール軍旗を掲げて堂々と市内を突っ切ると、王宮裏口にあたる場所へ速やかに到達する。辺りは暗く視認は困難、門番が多数の兵に驚くも見たことがある顔だったのでほっとした。


「エトワール卿、こんな夜にいかがされたのでしょうか?」


「済まぬが説明している暇はない。そこを通して貰う、エトワール伯爵に火急の要件だ。邪魔立てするならば押し通ることになる」


 喋り方に棘があるので、夜営の門番は後ずさってしまい道を譲る。そも優秀者がこんな場所に配されているはずがないので、想定通りと言えた。


「済まん、貴官に非が無いことは俺が証言する。行くぞ!」


 百人の集団が通用門を潜って王宮裏庭に入る、迷わずに王宮内への扉の前に集まると全員下馬した。馬の見張りを十人だけ残すと、石造りの城の内部へと踏み込む。中を知らなければ迷子になってしまうが、キャトルは宮仕えをしていたおかげで内部に精通していた。


「お兄さま、給仕係の部屋に行けば概ね把握出来ると思いますけれど」


「なるほど、では女官の閨に行くとしよう。色気がある話ではないけれどね」


 敢えての軽口を叩く、流石に押し入る時にはエシェッカが行うべきだろうと考える。怖い目にあわせるつもりはないが、武装兵に叩き起こされたらどう思うかなど解り切っているので。



 要人の部屋よりも遥かに守りが緩い使用人らの居住区。給仕の女性は下働きが殆どで、それこそ警備が不在で直ぐに入り込めた。エシェッカが年かさの兵を一人だけ連れて女性らの部屋に入る。程なくして、二十代半ばの背筋が伸びた女性を伴い戻って来た。


「女中頭のエレナさんです」


 簡単に紹介を済ませてしまう。女中頭は女中らの中でも経歴が長い人物が互選で任じられる立場だ。十代の前半で王宮に上がることが多いので、二十代半ばは既にベテランの域に達している。


「不躾に申し訳ありません。エトワール伯爵の子、キャトル・エトワールです。怖い思いをさせてしまい心苦しい限りです」


「女中頭のエレナですわ。キャトル様におかれましては、お世話になりっぱなしでした。なんでもお申し付け下さいませ」


 王宮務めをしていた時に、せっせと働いていたことが今になり実る。現状に詳しいものの協力を得られるのがこれほど心強いとは。


「ことは急を要していますので要点を。エトワール伯爵の状況をご存知でしょうか?」


「はい。伯爵は三階のスミレの間で、奥方様といらっしゃいます。お元気でありますが、お心を痛めておいでで」


 元気だと聞いてほっとした。こんなことで安心している場合ではない、まだまだ確かめることは多い。


「陛下についてはご存知で?」


「私のような下女ではお近くには……ですが、貴族のご婦人方ならば何かご存知かと」


 謁見の権利を持っている、確かに知っているならば貴族連中だろう。侵入したこともじきに伝わる、速やかな行動に出なければならない。


「ありがとうございます、このお礼は必ず」


「いえ、どうぞご武運を。我等グロッカスの民を正しい未来へお導き下さいませ」


 何が起こっているのかを知っているかのような口ぶり。それを胸に秘めて出すことがかなわず、辛い日々を送っていたのだろうことが伺える。


「伯爵は三階のスミレの間だ。行くぞ!」


 場所を知っているのはキャトルとエシェッカだけ。キャトルを先頭にして多くの武装兵が廊下を歩いていると、王宮の警備に見つかる。


「不審者め! なにやつだ!」


「問答無用、押し通る!」


 キャトルが剣を抜くと接近して、交差する瞬間に警備の若い兵士の首筋を強か打ち付ける。すると白目をむいて倒れてしまう。


「何も命を落とすことはない、暫く寝ていたらいいさ」


 スミレの間、前に立っている衛士二人を無理矢理に排除すると、腰に提げていた鍵を奪い取る。扉の鍵穴にさすとガチャリと音を立てて見事に回った。


「騒がしいな」


 中から懐かしい声が聞こえた、皆を制してキャトルが前に出る。扉を開けると薄暗い中に燭台が一つだけ、このような狭い部屋に長いこと閉じ込められていたのかと思うと、怒りがこみ上げてきた。


「エトワール伯爵、キャトル・エトワールで御座います。夜分に失礼致します、お迎えに上がりました」


 主従の別を示し、礼節を持って告げる。ベッドに座っていたガブリエラが腰を浮かせた。


「キャトルか。ついに起こってしまったのだな」


「市内で騒乱が起きている最中です。エトワールの軍兵百を従えております、ご命令を」


 キャトルの後ろからエシェッカが姿を見せる、ガブリエラの側へ歩み寄ると抱き合った。短い間であっても母子として過ごしている、再会が嬉しくないはずがない。


「そうか。ここに来たのがアンリでもデュクスでもトロワでもなく、キャトルだったのいうのが全てだな。左手を出せ」


 疑問があっても黙って手を差し出した、するとドラポーは中指に嵌めていた指輪をとって、キャトルの指にはめてしまう。


「エトワール伯爵の印章だ、私に凶事があればお前が伯爵を継承するんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る