第28話 宮廷思考

「変わらないことが肝要ではありますが、世は移ろうもの。山河が常に存在しているように、神は存在しておられます。全ては神の御心のままに」


 直接的に言及できない、だからこその言葉。エシェッカにはそれで伝わった。大司教もこの件には関わっていない、こうなるとフレイムと王宮内の勢力が結びついて起こしている事件だと、何と無くだが大枠が見えて来る。問題はその勢力がどこの誰なのかだ。


「大きく世が変わった時、人々のよりどころは神であるでしょう」


「それは神託ですか?」


「人々の知恵ですわ。神が作りたもうた子らは、互いの知恵を集めることで栄えてきたのですもの」


 胸の前で十字を切ると祈りを捧げる。音が無い世界で、ただ皆の幸せを願う。何事も無く時が流れてくれたらいい、多くの人々が願うことが叶えられることは決してない。


「聖女エシェッカに神の祝福があらんことを」


 大司教ははっきりと彼女の瞳を見詰めると、頷いた。自らの信じる道を行けと。大聖堂を出た彼女は一つの直観を得る。大司教は関わっていない、だがしかし教会が関わっていないわけではないだろうと。外を見ると太陽が傾いてきていた、そろそろ上屋敷に戻らなければならない。


「……気のせいかしら?」


 どこからか視線を感じた。あたりを振り返るけれどもそのような人は見当たらない。首を傾げてからその場を後にする。上屋敷に戻った頃には太陽も沈んでしまい、暗闇が勝つようになっていた。



 上屋敷に全員が戻って来ると二階に集まる。とりわけキャトルの顔色が悪いのでまずは話を聞こうと目線を向けた。


「……大変なことが起こっている」


 ああ、あやはり現実だったんだなとそれぞれが最悪を想像した。半ばそうだろうとは思っていても、それを確認してしまうとまた別の感情が湧いて来る。


「無事に内部へは入れたのですね」


 シューラーがまずは切り出した、状況の把握は必要だろう。


「ああ、商談があるって裏口から奥に行ったよ。廊下には人が居なくて、見慣れない衛兵が角に立っていた」


「王宮の衛士は入れ替わりが少ないですよね?」


 エシェッカが言うように簡単に出入りはしない、何せ忠誠心を最優先する上に、実務は見張り程度なので体力を必要としない。結果として長いこと同じ人物が勤務する形になっている。


「私も離れて時間が経っているので、全てを知っているわけではないけれど、それにしたって知っている顔が誰一人いないのは異常だ」


 総入れ替えが起きているならば全く別の組織になってしまっている証拠だ。恐らくは指揮官も変わっているだろう。


「よそ者を大量にいれて安全が保てるとは思えませんが」


 警備隊でも多数を組み入れる時には、多くの隊に少数ずつ追加して馴染ませるようにしていた。一カ所に集めたりすると変容がおきてしまうから。


「俺達にとってよそ者であっても、どこかの誰かにとってはそうじゃないんだろうな」


 つまりは兵を引き連れてきた奴がいる。それならば納得いく、何せ子飼いの奴らが傍にいるだけだから。王宮に兵を入れるのは難しい、その責任者が求めない限りは武力での抵抗を受けてしまう。


「衛兵司令官が噛んでいましたか」


「それ以外としては、陛下の命令ということで動くのを禁じられた可能性があるが」


 首根っこを押さえられてしまえばどうとでも出来てしまう。ただそうなると順番が逆になる、どうやって王を教っ性的に従わせるかという手段がない。武力背景を得てからそうしていると考えた方が自然。


「アレルタ司令官が首謀者ということですか?」


 衛兵司令官の名前を出してシューラーが首を捻る。地位はあってもそんなことをするような人物というのは聞こえてこなかった。比較的我が弱いような人物だとの評価が多い。


「違うだろうな、多分宰相エルムが首班だ。娘が王族に嫁いでいる、その息子が成人間近。ご丁寧に夫の王子は既に逝去されていて無事に継承権だけを残してくれているわけだ。他が全て消えて外国の王女が妃になればこの国を乗っ取れるとでも算段しているんだろうさ」


 その為にも今の王には生きていてもらわなければならない。直系の王孫ならば軋轢が少ないから。そうすれば宰相エルムは王の外祖父として権力を握ることが出来るというもの。外交を一手に握る宰相がフレイムとそのような計画を練っていたとしても不思議はなかった。


「そのような話がうまくいくものなのですか?」


 ピンと来ないエシェッカが疑問を呈する。協調するよりも敵対する、反発する人物の方が多いように思えたから。


「理由は知らないけどアレルタ司令官が協力するならうまくいくだろうね」


 逆に言えば協力しているからこうまで上手くやられている。事実のみをみるならば、最早計画は半ばを過ぎて完成を待つばかり。


「……して、伯爵とはお会い出来ましたか?」


 可能ならば捜索して安否確認をする、口に出さずともそうだろうと尋ねる。出来ていれば最初に言ってたのはわかっているが。


「給仕の話だと生きてはいるらしい。父上だけでなく、多くの貴族が軟禁状態だ」


 そんなことが許されるはずがない、けれども是正されていないのをみると道を外した何かが起こっていることになる。やはり計画は順調と言わざるを得ない。


「助け出すことが?」


 出来るならばドラポーだけでも連れ出す、他の貴族は構っていられなくても文句は言われないはずだ。自分の身の安全は自分で確保する、そういうものだ。


「下手にこちらから手出しをして境遇が悪くなると藪蛇だ。でもその準備だけはしておくべきだと考えている」


「アンリ司令官に事情を話し、こちらに手勢を待機させましょうか」


「……欲しくなってから手配しても遅いからな、そちらは任せる。俺は何とかして父上と連絡が取れるようにしてみる」


 給仕を介することが出来れば伝言位は出来そうだ。伯爵の意思が解ればそれに向けて動くことが出来る。


「陛下は懺悔をされていないようです。ですけど医師の診察は受けているようですわ」


「エシェッカ、それはどこから?」


 突然そのような話を口にしたので多少は躊躇しながらも、切り口は良いかもと思案する。


「大司教と謁見してきました。世は移ろい、山河と神は常に存在していると。どこまでご存知かはわかりませんが、国が永遠ではないと」


「……宗教がらみの話ではなかったということだろうね。どちらに転んでも大司教に悪くはない、或いは外部宗教が絡んでいない確信があるだけで他は知らない」


 邪魔をしても手助けをしても変わらないならば、大司教はどう振る舞うのか。



 結局何も決まらずに翌日を迎えることになる、それぞれが力不足を痛感するだけでも現状の把握にはなっていたのだろうか。エシェッカがキャトルの部屋にやって来る「お兄さま、少し宜しいでしょうか?」無論それを拒否するはずもなく、椅子を勧められてそれに座った。


「どうしたんだい」


「悪い予感がするんです、その……聖女とかそういうのではなく、王宮でお勤めをしていた経験からですけれど」


 顔色が優れない、こういった勘の類はまさに様々な過去の情報の累積から働くものなので、王宮での経験がと呟いているエシェッカの言葉には重みがある。


「聞かせてもらえるかな」


 ここには他に誰も居ない、多少の不安材料は吐露してしまっても影響はなかった。実のところ口にしないだけでキャトルも嫌な感じはしていた、こうもことが進んでしまっている以上はもう戻って来られる道はないだろうと。


「エルム宰相や、アレルタ司令官、それにトライゾン王子……は少しだけ違いますけれど、こうやって名前が出た人って大抵は利用されている側の人だって」


 本当の黒幕というのは事後でも名を明るみに出さない、それこそが保身の最上策。表面的な名誉や権利などくれてやれば良い、実利を獲たら黙っている、それが真実の実力者というもの。


「それは、そうなのかも知れないね。彼らが役割を担っているだけで、どこかに頭脳が居るって考えたらしっくりとくるし。それが誰かまでは解らないけれど」


 もしかして王が、と考えを進めてみたけれども、そうするメリットよりもデメリットの方が多い。いくらでも方法を選べるのにこうするのは筋が通らないので、王が首謀者ではないという否定だけははっきりと言えそうだった。


「この国の中でって考えるから、正体が見えないのかもと思ったんです」


「……外国勢力がそもそもの黒幕だってことかい。でもフレイムはそこまでグロッカス王国に食い込んできているとはちょっとな」


 海を隔てて隣国と表現できないわけではないけれども、それを言ってしまえば幾つも隣国になる。やはり人の行き来や関連性を言えば薄い、そんな存在に転覆されるほどグロッカス王国は弱っていない。


「フレイム王国ではなくて、ステア王国じゃないかなって」


「ステア王国が? いや、それは、確かに可能性はあるけれども」


 まさに境界線を接していて古くからの隣国、親戚知人が居るだけでなく、度重なる国境線の敷きなおしや貴族の従属先の変更が幾度となく行われてきている。なるほど言われてみればこれほど怪しいところもない。


「もしですよ、ステア王国が一件で画策していたなら、どうでしょうか?」


 キャトルは真剣にその仮定について考えを巡らせる。数分黙って想定した内容をまとめて検証してみる。


「……全てが終われば王族の全員抹殺、従順な貴族は据え置きで、反抗されるならばとり潰しにして遺恨を残さないような形で進めるだろうね。トライゾン王子は取り逃がしてしまったって形になるかな。アレルタ司令官は陛下の命を助けると説得されているかも知れない、エルム宰相は逆に陛下の命を質にされているのかも。あつめられた貴族はステア王国に忠誠を誓えばその後解放される」


 もしこの推察が事実ならば、グロッカス王国は最大の危機を迎えていることになる。そのかじ取りをすべき人物が軒並み敵に首根っこを掴まれている状態。


「そうだとしてですけれど、伯爵はどうすると思います?」


「父上ならば平然と断るだろうね。相手を罵って、誰が裏切るものかって」


 脅されてもすかされても自身を曲げることが無い、きっとそうだろうとエシェッカも思った。まさにドラポーらしいと。そしてもしここで首を跳ねられるようなことがあろうと、何一つひるまず自分の正義を貫けと言いそうだとも。


「私はどうしたらいいんだ?」


 キャトルが視線を落として黙り込んでしまう。疑心暗鬼に捕らわれているだけでなく、取り得るべき道がかすんできてしまった。エシェッカは立ち上がって隣に行くと、膝をついてキャトルの肩に手を添えた。


「お兄さまの思うようにすればよいのですよ。やりたいことを抱えて、ただ焦っているよりもどれだけ良いか」


「ふふ、エシェッカは強いな。そうだな、正しいと思ったことをするだけだ、それがどのような結果になろうとも、私は決して後悔しない」

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