第25話 王都ニースでの諜報

 色々な行動が一つの筋を通していく。領内での不穏な何かも、嫌がらせで深くことを考えられなくするようにと、反応の度合いを見極める為。今エトワールは岐路に立たされている、そうだと皆が直感する。


「すると父上はもしかして?」


「王都で軟禁されている可能性が高い。国境にアンリ兄貴が居てくれて結構牽制になってるな」


 ふとここでキャトルは考えてしまう、こうなると解っていてアンリを伯都に戻さなかったのでは、と。すべて想像でしかない、内乱など無いのかもしれない、けれども慎重に行動すべきだと己を律する。


「王宮は封鎖されているでしょうね」


「だろうな。力押しは出来ない、内側から開くのを待つしかない」


 普通ならばそうだ、そうしている間に王宮内で変事が起こり、トライゾン王子が入城したら。確信を持つところから始める、その為にはここにいても解らない、王都へ行かねば。


「デュクス兄上、お願いがります」


「おう、弟の願いだ何でも聞いてやる」


 言葉の割に真剣そのものの表情、皆が注目した。


「リュエール・デ・ゼトワールに在って統括をしてもらいたいです」


 代理で伯爵の職務を遂行しているのはキャトルだ、これを代わりにこなせと願う。本分からしても、血筋の上下から言っても恐らくはより適切だと判断する者が多数派だろう。


「ふむ。それでキャトルはどうするつもりだ」


「私は王都へ行きます」


「行って何をする」


「キャトル・エトワールとして正しいと思う道を進みます」


 真っすぐにデュクスの瞳を覗き込み、一切怖じず、恥じず、本気で訴えかける。


「人が従うのは地位や名誉ではなく勇気にだ。キャトルのやりたいようにしたらいい、俺はそれを支える」



 王都では兵士が必要になるとは思えなかった、むしろ警戒を誘ってしまうだけ。武装を解いてエシェッカとキャトルは二人で上屋敷に向かうことにした。前にキャトルが住んでいたところだ、今はシューラーとビリントが居るはず。


 ズシーミでアンリと顔を合わせてから王都ニースへ向かう。これといって異常を感じさせるような事件は起こらず、住民も警備もおかしな態度はとっていなかった。


「キャトル兄さま、本当に何か起こっているのでしょうか?」


 懐疑的にもなる、そのくらい今まで通りだった。キャトルも思い違いかと悩んでしまうが、それでは説明がつかないことが多々あるので「思い過ごしならいいけど、どうにもそうはならないはずだね」否定的な見解を示す。


 貴族の子弟の二人旅、それの方が異常だろう。伯爵領を出て数日、ニースの南門に辿り着く。そこには門衛が居て昼間だからか両脇に立っているだけでこれといって出入りを規制はしていない。キャトルは下馬して、エシェッカだけを馬に乗せて手綱を引いて歩く。


「少しお待ちを、そこのお方、お名前を」


 門衛がふと気づいたかのように声をかけて来る、何か感じることがあったのか。別に敵意があるわけでもないので「エトワール伯爵家の者だが、何か」珍しく素直に応じないキャトルだが、厳然とした何かはあっても嫌味は無かった。


「そちらの女性は?」


「私の妹だ、通行証でも必要かね」


 不要であることを知っていて、敢えての確認をした。当然そんなものは要らないのでそれ以上は言えなくなってしまう。


「いえ必要ありません。どうぞお通り下さい」


 もしかすると顔を売るためだけの行為だったのかもしれない。下級の者達が昇進するには、上司にゴマをするか、何か功績を立てるか、さもなくばどこかの偉い人に目をかけて貰うかしかない。勤務態度がどれだけ良くてもそれは便利な駒扱いしかされないから。


 城内に入ってもこれといって不穏な空気は感じない、いつもの、そういつもの雰囲気なのだ。前に住んでいた時と全く変わらない街並みに人なみ。


「変わりませんね」


「ああ、変わらないね。これは……良くない」


 異常が起こっているのに何も変わらない。それは気づかれずに計画が進められている、つまり成功している証拠だ。平和的な何かならば良いけれども、クーデター騒ぎが静かに進んでいると思えば、キャトルの言う良くないがしっくりとくる。丘の上に見える王宮、そこの中では何が起きているのか。まずは上屋敷に急ぐ。


 見慣れた建物、玄関の前に来るとエシェッカの下馬を助ける。断ることなく勝手に扉を開けて屋敷に入った、それはそうだ自分の家なのだから。中に入ると注目を浴びた、下女の一人が「キャトル様! お帰りなさいませ」主人の帰りを喜ぶ。


 ここはエトワール家の持ち物ではあるが、キャトルが王都で生活するために設置されたものなので、その人選も運用も彼が行っていた。ゆえにドラポーよりもキャトルの方を主人と考えている者が殆ど。


「ああ、ただ今。シューラーは居るかい?」


「はい、二階の部屋においでです。お呼びいたしましょうか」


 やって来てその名前を最初に口にする以上は用事があるだろうと申し出る。普通と言えば普通ではあるが、信頼関係が無ければ余計なことは言わないものだ。


「そうだね、リビングに呼んでくれるかな。それと、紅茶が飲みたい気分なんだけど頼めるかな」


「はい、畏まりました」


 使用人への態度が柔らかい、キャトルが人気だというのがよく解る。その点はエシェッカが一番よくわかっているだろうけれども。数分でシューラーとビリントが降りてくる。


「キャトル様、お早いおつきで」


 一日短縮するためにかっ飛ばしてきたので、確かに早い。無理をしたのが生きるかどうかは現在のところ全くの不明。


「可及的速やかに行えって思ってね。まずは報告を聞かせて貰おう」


 席に就くようにと勧めて後に、紅茶が出て来たのでそれを一口「やっぱり家で飲む紅茶はいいものだね」下女に聞こえるようにつぶやいて微笑む。家人との関係は良好、外に情報が漏れることはなさそうだ。


「では報告致します。王宮ですが一切の出入りが禁止になっており、内部との連絡は取れません」


「衛兵が出ている?」


「いえ、閉門して音沙汰無しといった感じで」


 衛兵が居るならば話も聞けるが、門が閉まっていて一切反応がないのではどうにも出来ない。それでも全く行き来が無いかと言えば疑問はある。


「食料品の業者や、医者の類が出入りしている可能性は」


「それは未確認です。直ぐに確認させます、ビリント、業者に問い合わせを」


「はっ!」


 言われると直ぐに席を立って部屋を出て行く。報告はシューラーが居れば済むのでそれを止めもしない。理由はもう一つあった、出入り業者の店舗が上屋敷の比較的近くにあって、時間が大して掛からないことを知っているからだ。王宮で雑務をこなしていたキャトルだ、そのあたりも承知している。


「教会はどうでしょうか?」


「知っている可能性はあるね、でも後回しにしよう。こちらが調査をしているのが伝わってしまう可能性が高いから」


 組織というのは情報が漏れやすい、上司に伝えてしまうから。それは悪いことではない、共有するのは基本だから。


「何か気になることは?」


 シューラーが先にここにいることで何かを感じているならば、それを掘り下げて行こうというつもりで尋ねる。地方では王都に異常がないと思われている、それこそが最大の異常だ。解っていて無視しているのではなく、気づかれていないのはどうしてか。


「王宮へ上がれなくなったことで、取次をする者が門前へ現れています。それとニース市長へかなりの権限が委譲されているようです」


「連絡を減らすつもりでの措置だろうな」


 どうあっても高官というのは王宮に多い、それらの判断を仰がなければ決裁出来ないことがある。いつまでも留め置くわけにもいかず、使者が困ればそれが異常と伝わってしまう。そこで取次という案。


 それ自体は普通のことではあるが、王宮内に居るのが当たり前でわざわざ外に出てくるには変なことだ。もう一つの案が市長に権限を譲ること。場所というか地理というか、遠くからならば時間がかかるのもうなずけるが、市内ならば即日が基本になる。


 毎度待たせるのは疑問を抱かせてしまうので、市長が担当になったと言われたらそんなものかと納得するものだ。その際に最大のヒントが市長であるというのが解ってしまうのがマイナス。それ以上に利点があるから選択しているのだろうが。


「連絡を取ってみましょうか?」


 キャトルはここで思案してみる。王宮への取次で指示を受けるのではなく、市長へ権限が委譲されているだろう何かについて。聖女関連は市長には行かない、適切な内容が何か。


「上屋敷の引っ越しについての許可裁定を申請してみよう。実際にしてもしなくてもいいけど、勝手にするわけにもいかない。その上で市長の判断でも通りそうなもの。どうかな」


「よろしいかと。それとは別に実際に身を隠せる場所も一カ所用意すべきでしょう」


 シューラーの目線が一瞬だけエシェッカに行った後に「もし不審がられても、メイドらが避難できる場所があったら安心ですので」懸念の一つを示す。実際はメイドなど入れ替えでも暇を出すでも構わないのだが、場にそぐう発言を気にしてのことだ。キャトルには真意が伝わったらしい。


「家人を守るのは家長の務め。父上の裁可が得られない以上は、代わりに措置すべきだな」


 方針としては市長の態度を直接確かめてから、ということになった。そのうちビリントが戻って来る。


「戻りました。食品業者ですが、定期的に裏口から納品は続けているそうです」


 そこからならば少しとは言え内部に入れることが確認された。城門を突破することも、壁を越えることも無く入られるならば結構なこと。


「質問を不審に思われてないか?」


 急に何を言い出すのかという部分、顔には出さずとも感付かれることはある。ましてや商人だ、他者の顔色を窺うのは得意中の得意。


「エトワールの特産品、それに交易品を納入する先を探してるって口実をつけてみたのですが」


 農産品と海産品が主な特産、それに交易品は山ほどある、商人ならば知識の一つだろう。それらを王宮へ入れる経由先を探してると言われれば、不審に思うことは少ない。


「良い機転だ、それらなばいくらでも話を合わせられる」


 褒められてビリントは照れて少し下を向いてしまう。若者を褒めて伸ばす、方法としては昔からあるやり口だが嫌がる奴はそうそう居ないので有効だろう。


「納品は四日に一度、次は二日後ということでした」


 明日中に何か用意出来れば割り込むことも可能、とはいえ上屋敷にあるような食材では一回分にもならないだろう。けれどもそこはサンプルのような形でごく少量持ち込む形でも出来そうだ。


「方針を定める。シューラーとビリントは納品業者へ話をつけ、二日後に少量サンプルを入れるようさせろ。同時に引っ越し先の物件を選定するんだ。エシェッカはメイドとサンプルの選定、それと三日分の外泊が出来るような準備を。私は市長に面会してくる」


 行動を起こす為にやって来た、拙速は望むところ。可能ならばまずは王宮内の要人と接触する、それを目指そうと計画する。大掛かりな何かが進められているのは間違いない、その前提だ。


「お兄さま、私も出来ることをしますが」


 有名かと言われたら名前は通っても顔は知られてない。エシェッカがここに居て不都合があるかはまだ不明、危険を進んで被ることもない。エトワールに残してきていない以上は役割を求めての事ではあるが。


「エシェッカにはエシェッカにしか出来ないことをしてもらうつもりだ。今は屋敷に残っていて欲しい、頼めるかな」


 優しくそう諭す。これといって考えがあるわけでもないので、彼女も頷いた。上屋敷のメイドとも心を通わせる時間があっても良い、足元を固めるところから始めさせた。そしてふと気づく、キャトルはメイド長を呼んで小袋を三つ持ってこさせた。


「どこで何があるかわからないから軍資金だ。それぞれが必要だと思った時に使って欲しい」


 中には爪金貨が少量と、銀貨が詰まっていた。月給かちょっとそれより多目くらいとの感覚が近い。



 皆が出払ってしまい、屋敷で外泊準備をするもののメイドらが素早くやってしまい、何も仕事は残されていなかった。エシェッカはどうしたものかと思案する。


「私にしか出来ない事……トライゾン王子に再三求婚をされているという点で使える手を考えましょう」


 そもそも二人の間柄のことなど他者には解らない。公言して求婚している以上、エシェッカがそのように振る舞えば他者はそれを見て態度を決めるしかない。本当ですかと王子にお伺いを立てられる神経の者などそうそう居ない。


 仮に職務でそれができる者が居たとしても、直ぐに判明するわけでも無ければ、王子がそうだという可能性が結構高い。既成事実は外側から固まって行くような部分がある。


 ではどこでそれが利用出来るかというと、やはり人間関係の部分で使えそうだと考える。とはいえ全て推測でここまできているので、実は違ったとなれば変な行動はエトワール家に汚点を残してしまう。ことは慎重にかつ大胆に行う必要があった。


「あそこならフレイムにも情報が流れず、王家のこととも距離をおいてるからいいかも」


 出かけてきますと、上屋敷を出る。メイド長らもエシェッカとのスタンスが解らず「いってらっしゃいませ、お嬢様」と送り出した。言われてから、ああお嬢様かと感じたのが妙に新鮮だった。いつもサルヴィターラに名前で呼ばれていたからかもしれない。


 ニースは王都なので外国の大使館というのが設置されている。それらの中で、ステア王国の国旗を掲げているところへ向かった。南西にある国家で、一応大使館を置いてはいるけれどもここグロッカス王国とは仲が宜しくない。


 それ以上に更に南西にあるピレネー王国としょっちゅう戦争をしているので、グロッカスとは中立を保っておこうという程度の関係。だからこそ話し合いになるだろうとの判断だった。


「突然で申し訳ありません。グロッカス王国エトワール伯爵の使いですが、どなたかいらっしゃますか?」


 居ないはずもないが声をかける。すると若い女性が応対してくれた、受付だろうか。


「ステア王国大使館員のナミです。御用件を承ります」


 お辞儀をしてお客さんとして見てくれたのを確認すると「内密なお話がありまして。上級責任者にお取次願えますでしょうか。エトワール伯爵の娘のエシェッカ・エトワールが参ったとお伝えを」使えるものは使っておこうと、家名を出しておく。

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