第24話 外交官デュクス
「キャトル様、ビリントと申します!」
あの時に見かけた人物だと顔を見て思い出す、そうでなくても嘘をつくような人柄とも思えなかったので頷いた。疑問があるならばたった一つ、どうして警備隊長のところへ行かずにここにきたかだ。
「何かあったか」
「シューラー補佐官に同道し、ズシーミでアンリ司令官に報告を行いました。その後、王都へ向かい補佐官の指揮下に戻りました」
時間の節約の意味で、補佐官は王都へ一直線向かった。道中教え込んでアンリへの報告は部下に任せ、その後合流。不審なところは一切無い、先を促す。
「王都でエトワール伯爵を訪ねて行ったのですが、どこにも姿が無く、王城に居るのではないかとの話がありました。ですが入城を許されず足止めされ、報告が出来ない状態にあります。そのことを伝えるようにと自分は返されました!」
「姿が無い? いや、王城に居るならば会えないこともあるが」
どうにも腑に落ちない部分はあったが、陛下と密談があるとかならば数日待機も仕方ないとも思えた。なるほどこれならば警備隊長のところへ行くよりもこっちだとも納得する。もしこのまま会えない日が続いた場合はどうなるか、少し思案した。
「……第二報の書類を持った者が別途出ている。その写しを与えるので、貴官の他に二人を連れて王都へ行って欲しい。以後はズシーミのアンリ司令官への報告を、こちらに行くより時間の面でかなり短縮出来る。司令官へはこちらから状況を説明しておくので、悪いが直ぐに王都へ向かってくれ」
「了解致しました!」
命令書をしたためて、警備隊長へ見せるようにさせる。その時にこちらに出頭するようにも伝言する。サルヴィターラに付き添われて若い警備兵は屋敷を出て行った。
「王都でも何か起こっているんだろうか」
仮に何かあったとしても、足元を落ち着かせるのが自分の役目だと理解している。フレイムの王女一行は何故か未だに滞在していると聞いているし、王子はニザー伯爵領へ行ったらしい。色々なことが不気味に見えてしまうのは、情報が足りていないからだ。
広域の報告書をもう一度見直して、少しでもヒントになりそうなことがないかを掘り起こす。そうこうしているうちに、警備隊長がやって来たと聞かされる。直ぐに通すようにさせて立って迎え入れる。
「キャトル様、何やら不審な動きでも?」
おかしいと肌で感じたがやはり情報不足、港町のことならば調べようもあるが、王都でとなると手が届かない。
「確信はない。ただ、何か起こっているならば伯爵へ支援が必要になる可能性がある」
もし拘束されているならば速やかに連絡を取ると同時に、解放へのアプローチをすべきだ。なんであるにせよ、現状を把握するための情報が絶対に必要になる。
「王都のシューラ―では情報収集に手間取るでしょう」
得手不得手はある、地元ならば出来なくもないだろうが。誰か高官を派遣するか、王城の有力者に連絡をつけるかするのが今すべきことだと認識をした。
「最悪を想定してことを進めるつもりだ。向こうとは別口で行動を起こすべきだろうが……」
人材不足を痛感する。警備隊長も、ギルドマスターもここから動かすわけにはいかない。マール秘書官は当然同行しているし、政庁の長官は絶対に行かせることは出来ない。一つ下になれば今度は役者が不足する、少しの間報告待ちになるのが見えていた。
「何事も無ければ良いですが、もし王都へ向かう必要が出来た時の為に準備だけしておきます」
長々と悩んでも仕方ない、それを確認できたことを前向きにとらえて警備隊長は直ぐに戻って行った。椅子に座ると天井を仰ぐ。
「……参ったな」
問題が起こっているのか、起こされているのかも含めて、気が抜けない時間を過ごすことになる。そこから数日後に伝令が駆け込んで来る。
「王城の門が堅く閉ざされていて、一切の通行が不許可になっています!」
良からぬことが起こっている、一種の直観があった。何をするにしてもここで座っているわけにはいかない、そう決めた時に執務室の扉が開いた。メガネをかけた三十路の男、キャトルを一目見てにやりとする。
「ほう、その顔だともう気づいているようだな」
「デュクス兄上! いつ戻られたのですか」
「ついさっきだよ。ちょっとした情報を小耳に挟んだものだからな」
外交官として外国へ赴任しているはずなのに、気まぐれで帰国することが出来るはずがない。ちょっとしたの規模が大きいか、質が極めて鋭いか。いずれにしてもただ事ではないと短いやり取りで感じられたキャトルだった。
「何が起ころうと、いえ、起きているのでしょう?」
既に進行中だと言葉を改める。旅装というよりは仕事上の服装をしている、国に戻って直ぐにここに駆け付けたのがわかる程だ。
「そう焦るなよ。親父はどうした、港か?」
「父上と母上は王都で急用が出来たと緊急で向かい連絡が取れません」
今まであったことの事情を全て話している間、デュクスは黙って聞き入っていた。外交官の役目は何かを伝えることではなくて、他者から何かを読み取ること。キャトルが言い終えた後にしっかりと頷いた。
「そんなことがあったのか。良く凌いだ、お前も成長したものだな」
兄の顔になり優しく笑みを投げかける。離れていても子供の頃に一緒に育った過去は変わらない、再会すればすぐに元の関係に戻れる、それこそが記憶というものだ。
「どうでしょう、実際はこうやって手をこまねいているわけですが」
苦笑して全然だと首を振る。
「まあそう言うな。まずは俺の妹というのを紹介して欲しいんだが」
「そうですね、ここに呼びますのでお休みを」
サルヴィターラに伝言を頼んで、キャトルは飲み物を自身の手で用意した。さほど時間が経たないうちにエシェッカが部屋にやって来る。外出の準備でもしていたのか、見た目も華やかで視線を引き付ける。
「初めましてデュクスお兄さま、エシェッカです」
「ほぅ、こいつは美人だな。デュクスだ、暫く海外赴任していたが今さっき戻った」
初対面の兄妹、不思議な組み合わせではあるが貴族間では珍しくもないらしい。そもそも存在すら知らずに成人後に子が居たと知る親だっている位だ。言葉は荒いが嫌味は無い、つまりは海の男として育ったんだろうなとエシェッカは直感した。
「二度手間になるのも構わんが、警備隊長とギルドマスターを呼ぶか? そこはキャトルに任せる」
事情の説明、現状の把握、この場に居る者のみで一旦情報をまとめてから呼んだって良い。もしかしたら知られてはならない情報が混ざる可能性もあった。
「呼びましょう。あの二人ならば必ずエトワールの為に動いてくれますので」
「じゃあ飯でも食って待ってるとするか。悪い、サルヴィターラ簡単なものでいいから作ってくれないか、腹が空いててね」
「畏まりましたデュクス様」
警備隊長とギルドマスターを部下としてだけ見ているのではない、それを態度で知ったデュクスも併せて行こうと決める。誰かを信用するかどうかは自分自身の感覚で決めるか、或いは信用している者が信用しているかで判断する。
会ったことが無い人物がどうであるか、使者を通じてやり取りをする時の基準といえるだろうか。外交官として国の使者であるデュクスが他国でどう見られているか、自身が何よりもよく解っている選別方法だ。一目でエシェッカがどこを向いているかも見抜いた。
「ところでショーラ王女が滞在してるって話だが」
「はい。宿に逗留中です、見張りも付けてはいますが動きはありません」
用事もないのにここに長居する、それがどれだけ怪しいことか。観光地でも療養地でもないのだから。
「恐らく俺の見立てでは王女が鍵になる。見失わないように専門の手練れを配するべきだな」
何の鍵になるのかはここでは言及しない、考えてみろということだろうか。いずれにせよそう指摘するからには速やかに手配をすべきだと考え、デスクで命令書をしたためる。今回は陸軍への命令で、伯爵の代理での署名になる。
式典での代理委任が解かれていないのでそれも有効と考えての事。大雑把に「全てお前に任せる」などと言われただけで詳細が無いから困りものではあるが、うるさいことを言うものは誰も居なかった。
「デュクスお兄さまはどちらに行ってらしたんですか?」
「フレイム国とハイランド国だな、マールって港町に外交館を置いて二か国との連絡を保つのが俺の仕事ってわけだ」
ちなみにマールはハイランド国の街とのこと。一か国に一つの外交館だけではなく、地域ごとに置く形も普通にあり、大国ならば地方も含めて複数個所設置したりもと色々だ。要は実情に沿って決められているという話。
「こちらに戻ってしまって大丈夫なのですか」
「大使が居るから短期なら問題ない、俺は次席の公使だからな。二カ所同時に何かがあれば出番が回ってきたりはするが、基本一人で充分なんだよ」
いきなり赴任ですべてこなせと行かないので、職務を重複させるのは業務の基本だろう。サンドイッチを食べながら雑談をする。明らかにフレイム王女の線で戻ったのがわかる組み合わせだ。
「お客様がお出でです」
サルヴィターラが二人がやって来たと告げる。雑談を切り上げて執務室に招き入れると挨拶もそこそこに本題に入ることにする。デュクスの一言で激しい緊張が走った。
「内乱が起こるぞ」
過不足なく聞こえたデュクスの一言、この場の皆がその単語を耳にして顔を曇らせた。内乱、国にとって外敵よりも厄介で史上これにより滅びた国家は数知れずだ。
「デュクス様、それはここグロッカス王国でのことでしょうか?」
ドン・デンガーンが大前提を確認する。それはそうだ、主語が抜けている状態で動揺するほど馬鹿なこともない。そもそも自国以外のことがここで明かされるとも思えはしなかったが。
「もちろんだ。それも遠い未来のことではない」
昨今の異変があったこととリンクして考えるならば、奇妙で説明がつかないことが確かにあった。人為的な何かならば全ての種明かしが行われた時には既に手遅れになっているだろう。
「地方の反乱ではなく、国家の転覆が狙いということですね。兄上のいう内乱はフレイム国と関係がある?」
今までの言動を鑑みれば無関係とは言えない、鍵になるショーラ姫の存在も含めて、遠い未来どころかまさに今起こっている可能性すらあった。
「あるだろうな、誰が裏で糸を引いているかまでは断言出来んが、どこが画策しているか位は解る」
偶然で今がるわけではなく、内外で秘密裏に協力が行われている、或いはそうなるように動いている人物がいる。ただ事ではない、そんな時に伯爵は不在で連絡がつかない。
「しかしどうやって。いくらフレイムにずる賢いやつが居たとしてもですよ、腕が長い位で国が転覆するほどグロッカスもやわではないでしょう」
謀略でだけでは決定打にはならない、必ず実行する存在が必要なのだ。内側で同調する誰かが。
「フレイムはあくまで助力するだけ、主はグロッカス内に居るはずだ」
どこか確信めいた言い方にキャトルはその根拠を想像してみる。クーデターを成功させるためには現政権の頂点を生かして閉じ込めてく方が圧倒的にやりやすい、すなわち国王は生かして捕らえるだろう。では誰が勅令を下すか、宰相らが主役になり乗っ取りを企んだ事件は世界中にある。
「マルキオー宰相を始めとして、他の国務大臣ではそこまでやるとは考えられませんが」
王宮で雑事を担当していたキャトルはそれぞれの性格や力量を見て、可能かどうかと必要かどうかを判別してそう結論付けた。そもそも冷遇されているわけでもなく、きっちりと遇されている以上一か八かの賭けに出る方が意味が解らない。
「だろうな。こういう時はフレイムの側でも御しやすい人物を押し上げるものだ。例えば、継承権が低くて見込みがない王子をだ、その上でフレイム王女を嫁がせる」
その瞬間、この場の皆が同じ人物を頭に浮かべた。うまく行くかどうかは別として、あまりに状況にはまりすぎるからだ。
「トライゾン王子は今、ニザー伯爵領に居るはずです」
まさに裏切り王子の名は伊達じゃない。気まぐれでことを起こすと言われてもアレならば納得してしまいそうになる。ついでに言えばニザー伯爵が一枚かんでいたとしても、やはり納得いく。
「ま、エトワールを仲間に引き入れたかったんだろうな。キャトルを優遇して、か。ついでにエシェッカと、よりを戻したらより良いだろうな」
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