第22話 エトワールは武官の家系-5


 言葉を濁してはいるが自分で判断できないことが起こっているのは理解出来た。エシェッカは役に立てないばかりかお荷物になっている、そう感じてしまう。


「私にも手伝えることがあったら言ってください」


 俯き加減だった顔を上げて、膝の上で拳を握る。少しだけ顔色が良くなったのを確かめると「じゃあ一つだけ頼もうかな」微笑してそんなことを言う。


「はい、何をしましょう?」


 サルヴィターラが心配そうにキャトルを見ているものだから、直ぐにその先を口にした。


「会場で出来るだけ多くの人の表情を見ていて欲しい。手前のテーブルの側に居る十人程度で良いんだ。王子であったり、私やエシェッカの言葉をどう受け止めているかをね」


 これは大切なことで出来る人物も限られてくる、何せ演台の側に向いている最前列の人たちの顔を見ることができる人物は少ないから。今ここで何ができるわけではないけれど、そのくらいならばと彼女も頷く。


「わかりました、ちゃんと見ておきますね」


 気がまぎれたのか言葉に元気が戻っていた。それならば心配もないとサルヴィターラもほっとしている。夜になるまであとどのくらい問題が起こるか、キャトルが気を抜くことは出来ない。



 幾つもの問題を処理して夜になり、ついに式典が開かれることになった。キャトルはコップの水を半分ほど飲んでようやくかと内心で呟く。気を揉みすぎなだけなのか、それとも何かしらの意図が働いているのか、随分と色々と混み合っていたような感じがした。


 刻限だと庭に行っているものや、控室で休んでいる者らにも式典が始まると連絡をさせて、広間に集まるようにさせた。もちろんエシェッカにも知らせて参列するように言ってある。


 正面奥の演壇は今のところ無人。広間の片隅では管弦楽団が落ち付く音楽を奏でている。警備隊長がやって来て報告を行った。


「フレイム王女一行は現在のところこれといった動きがありません。ニザー伯爵は名代を派遣してきておりますが、大人しくしています」


「名代は誰がやってきている?」


「伯の弟で、フラーテル殿です」


 弟ならばそれだけでは席次は低い、公式行事中は伯爵と同等とみなす必要があるので注意するに越したことは無かった。近隣の者なのでどういう性格かも概ね伝わって来ていた、ニザー伯爵と大差がないと。それはつまるところ諍いが絶えない面倒な人物というのと一緒。


「接客の責任者に、この二組には専属の手練をつけるように連絡を」


 近くに置いている補佐に厳重に問題を起こさないようにと付け加える。どうにも様子がおかしいと直感しているからだ。


「館内と周辺の警備状況を」


「館内は伍長以上の歴年兵のみを配備して、警備部長がグループに必ず混ざるようにさせています。館外は半径一キロを警戒態勢、館の周辺百メートルを厳戒態勢で守らせています」


 受動的な行動しか出来ないのは守る側のつらいところ、何かしら起こっても経験者がいるだけマシな形になっているのはありがたかった。武器の持ち込みも小型のもの以外は制限できている、直接的な危害を加えられるのはかなり抑え込めているとの判断が出来た。


「ご苦労だ。式典中の警備は一切を任せる、隊長の判断は私の判断だ」


「了解です、キャトル様。万が一ですが、フレイムの者達が本気で争うようならば、殿下やエシェッカ様を連れて屋敷に避難願います。恐らく我等では長く持ちませんので」


 実力差があり過ぎる。それでも時間を稼いで逃がすくらいは出来ると請け負う。


「争うより付き合う方がより良いと思わせるのが私の役目だ」


 警備隊長が広間から出て行くと、ドン・デンガーンがやって来た。少しばかり速足で、何かしら報告がありそうだと目を合わせる。


「キャトル様、出港準備をしている船があります」


「今は入出禁止中のはずだが」


 この式典の間、出ることも入ることも制限している最中だった。準備をするだけならば違反でも何でもない、だがそれを報せて来たからには意味があるのだろう。


「快速船の中型です、何かの連絡船或いは二十人位までの輸送だろうと」


 リュエール・デ・ゼトワールから出て行こうとしている以上、こちらの物か人、情報を外に持ち出そうとしていることになる。最悪の組み合わせとしては、それら全てを抱えて夜中に逃げ出されることだ。港湾の総責任者は伯爵で、海軍司令官のトロワが次席、官僚の事務官が三席にはなっている。


 見逃して失うなにかと、留め立てして抗議を受けるのとを天秤にかけた。既に禁止令が出ている以上、動けば撃沈しても正当性を訴えることは可能、ならばそうなってから対処するのが筋だ。後の先をとるのは容易ではない。


「暗夜に砲撃では誤射の懸念がある。警備船を一隻出入り口に置き、三重の鎖で封鎖を行え。鎖に触れるまでは警告のみで、触れたらそこから砲撃を許可するので照準を合わせておくんだ」


「畏まりました。その快速船ですが、フレイムの商船って登録になってます」


 きな臭いことこの上ないが、近隣のゼノビアとフレイムの船は割合的に多いので、この時点では何とも言えない。人員には限りがある、全てを万全にしようと思えば途方もない物量が必要になった。


「キャトルお兄さま、どうかしたんですか?」


 サルヴィターラと二人で広間にやって来て、思案顔のキャトルに声をかける。ドン・デンガーンとも挨拶を交わしている。心配にさせても仕方ないが、何も言わないのもどうかと考える。彼女はエトワール家の者だ、知りたくなくても知っておく義務があると判断をした。


「もしこの場で騒乱が起こったら、速やかに屋敷に避難するんだ。手近な警備部長に助けを求めてくれたらそれで良い」


「……はい、覚えておきますわ」


 だだをこねようと、何かを手伝おうとキャトルの心労が増えるだけだと、言われたことのみ了承する。会場で大きな拍手が巻き起こったので、多くが見せる場所まで進み出る。壇上に王子が登って冒頭の挨拶をしはじめたからだ。


 エシェッカは最前列の賓客らを視界にとらえて反応を記憶している、警備や黒服が客の中に混じって気をはりめぐらせた。


「――であるから、此度の神託においても聖女の功績はきっちりと評価すべきことこそが我が国の――」


 及第点がつけられるような演説を行い、聖女への賞賛を行う。助けられた者が多いので肯定的な空気がひろがり、最後になってエシェッカが紹介を受けることになった。多くを語らず自己紹介と、すべては神の意思であるとだけ伝えて終わりにする。


 拍子抜けはしたけれども、聖女が演説が上手な方がおかしいと、盛大な拍手で会場が盛り上がった。王子てずから功労勲章の類を渡される、もの言いたげな王子を直接見ないようにして彼女もこの時間を耐えている。何事もなくすべてが終わろうとしていた、締めくくりの挨拶をしようと皆の前に立った王子が驚きの言葉を紡いだ。


「一度は婚約を破棄してしまったが、此度聖女との再度の婚約をすることになったのもここで報告をしておきたい」


 当然エシェッカはそんなことを聞かされておらず、目を見開いて王子を見た後でキャトルに視線を送って来た。既成事実を作ってしまえという乱暴な発言に、どう対処すべきかを探る。会場では拍手が巻き起こってしまう、視線がエシェッカに集まり登壇を促す空気。


 キャトルは歩み寄り「エシェッカはそのような約束を?」一応本人に確認をとる。


「そんなはずありません。違います」


 眉をひそめて首を振る。王子はにやついてどうすると言わんばかりの目で二人のやりとりを見ている。伯爵が不在の今、ここで家を巻き込んだ大騒動を起こすわけにはいかないのだ。だからと認めてしまえばもうその後に断ることも出来なくなる、時間は無いここで二人が判断を下さなければ誰も助けてなどくれない。


「キャトル様」


 どうにかしてくれと懇願する彼女を一目見て、自身の立場を思い起こす。この式典の総責任者を受けている、自分の手でぶちこわすのは最悪の手。


「エシェッカ、一緒に段上へ」


 そう呼びかけて先を歩む者だから、不安でいっぱいの表情を隠しもせずに後ろを付いて行く。認めてなどいないし、聞いてもいない、そんな顔をしているのを承知で王子は堂々としていた。


「殿下、先ほど私にも恩賞を与えて頂けるとお言葉ありがとう御座います」


「うむ、キャトル卿はそれに見合うだけの功績をあげているからな。遠慮することはないぞ」


 懐柔したつもりなのか、本気でそう言っているのか。


「それでしたら一つお許しを戴きたく思います。それを以て恩賞としていただけますよう」


「何なりと申せ、寛大な心で聞き入れてやるぞ」


 他国の王族も来ている、ここで度量を示すのは王子自身の為でもある。エシェッカはハラハラして成り行きを見守っている。


「それでは私の望みは我が妹エシェッカの婚約の不承知で御座います。現在伯爵が不在で全責任の代理を行っておりますので、これがエトワール家の公式な回答です」


 会場がざわつく、正面切ってそんなことを言えば険悪な仲になるのはわかりきっていることだ。だがキャトルは逃げず、隠れずにそう返答した。


「自分が何を言っているのか解っているんだろうな?」


「重々承知です。私の功績への恩賞をこのような許しの形でいただきたく思います」


「キャトル様……」


 まさかこうやってはっきりと言ってくれるとはまでは考えていなかった彼女は、両手で口を押さえてキャトルを見詰めてしまう。


「認めないと言ったら」


「聖女の庇護者として、その役目を全うするのみです」


 真剣な顔で双方視線を切らずににらみ合う、キャトルが引き下がらなかった以上はぶつかるか王子が退くかしかない。どちらがよりよいか、決断を迫られる。すると王子は笑い声をあげた。


「良くぞ言った、それでこそ勅令を履いた者である! 戯れがすぎたようだ済まぬな。どうしても元婚約者が忘れられずについ先走ってしまったのだ、悪ふざけを許せ」


 そういう形で矛先をおさめることにした、ということだ。目は笑っていない。


「妹は兄の私が見ても魅力的ですので、お気持ちはわかります。余興にしては少々刺激が強かった様子、皆様におかれましてもこの場のみのこととご理解を」


「そうだな。宴はこれからだ、美味をこれでもかと楽しんでもらいたい」


 それを合図に会場に出来立ての料理が続々と運び込まれる、絶好のタイミングだ。これだけではまだ終わるまい、キャトルは警戒したままエシェッカを伴って広間を後にした。

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