第21話 エトワールは武官の家系-4
「補給次第直ぐに出て行くとは言っていたけど、数日間注意して目を向けていた欲しい。頼めるだろうか?」
警備兵に監視をさせると角が立つ、余計な騒乱が起こりかねない。そのあたりのさじ加減は歴年者の方が慣れているだろう。
「わかりました、こちらからは接触せずに目の端にでも入れておくように言っておきます」
水夫が船の人間を見てまわるだけ、お互い変なところは何もない。外交使節団ではないのだ、特に公的な対応は予定がない。それはそれとしてもしあれがフレイムの王族、つまりは姫だとしたら何のつもりでやってきているのかが疑問だった。
遊びに来るのは構わない、けれどもそれで何かしらの不都合でも起きたら迷惑をこうむるのはエトワールになる。正体を知っておきたいとの気持ちが少しだけ大きくなる。
「ところでエシェッカ様のご様子はいかがでしょうか?」
「少しショックが残ってるみたいで、心配をおかけします」
「いえ、若い者らも気にしてましてね。時間が癒してくれるのを待ちましょう」
そうは言うも王子主催の式典が近くある、キャンセル出来ないのでせめて延期して欲しかったがどうにもならない。さして話をしないうちに「親方、時間が」若い衆が報せに来る。
「すいませんキャトル様、予定が入っているもんで」
「いえ、急にきて申し訳ありませんでした。今日はこれで」
言いたいことは言えた、それで充分。なにより次の問題は絶対に式典で起こると信じて疑わないキャトルだった。
◇
王子主催の功労式典がリュエール・デ・ゼトワールの洋館で大々的に行われることとなった。後援は当然のことながらエトワール伯爵ということになっている。名目や格式という部分では王子が、資金や手配する人材などをエトワール伯爵が担う。
ところが伯爵は王都で急用が出来てしまったので欠席、用事が王宮でのことなので仕方なしということになっている。実際は王宮の用件は急ぎではなく、教会関連のことで足を向けている。アンリは相変わらずズシーミでの役目があり、トロワは船団を率いて外洋へと出かけてしまっていた。そういうことでキャトルが代理として式典を仕切ることになっていた。
「諸侯らの使者のプロトコルを間違えないように複数人で確認するんだ。警備は厳重に、身元が不明ならば明日回しにして構わない。入港申請も式典が終わるまで保留にして、湾外で停泊させるようにギルドマスターに再確認を」
洋館の玄関ホールでキャトルが獅子奮迅の働きをする。これに関しては廷臣として王宮で様々な手配をしていたのでお手の物といえなくもない。実際はあるべき様々が欠落しているので、地方での準備は思いのほか困難だったというところではあるが。
「キャトル様、少々よろしいでしょうか」
「どうしたんだいサルヴィターラ」
彼女がやって来るということは家での内容だ、全員が出払っている以上残りはエシェッカしか居ない。わかってはいたが不調のまま今日という日を迎えてしまった。出来る限りの延期を試みたが、あまりに遅延すると伯爵の能力欠如を疑われてしまうのでどうしよもなく。
「エシェッカ様のお加減が優れなくて。短い時間でしたら何とか」
無理をさせるのは本意ではないけれども、やらなくてはならないことが目の前にあるので、最低限の参加だけでもこなしてもらう他ない。人であるので万全をいつでも求めるつもりはない、そこは皆もわかってくれるだろう。
「控室で休ませてあげていて欲しい。終わり次第すぐに屋敷に戻って構わないから、その時は頼めるかな」
相手が使用人であっても頭ごなしに言いつけるような真似はしない、それが彼のスタイルだ。
「はい、お任せくださいませ」
王子が何を言い出すかはわからないが、それはキャトルが対応するつもりでいる。何せ今日の責任者は彼だ、船舶組合長だったり、警備隊長、その他の部門責任者らも傍に控えているから相談する相手はいる。
「キャトル様、異常が」
ドン・デンガーンが若い衆から耳打ちを受けて表情を曇らせてやって来る。問題発生、何であれことが大きくなる前に知ることが出来たと前向きに考えることにした。
「どうしましたギルドマスター」
「それが例のフレイムの四人組みですが、会場に現れたそうで」
「あの四人が? どうしてまた……」
想定外の事態が起こっている、まさかただの船客が式典に参加できるはずがない。門衛に差し止められるはずが会場内にやって来た、エトワールの客ではないのだそうそう簡単に入られては困る。とはいえ門衛から情報が上がらなかった以上は押し通ったわけではなさそうだ。
「王子の随員として入館しているようで、止めることが出来なかったらしいです」
それならば確かに止められない、諸侯の随員ならばこちらの権限で審査も出来たが、王子の側の許可であればどうにもできない。しかしなぜ王子が外国の者を招き入れているのかの疑問は尽きない。
「こちらで対処しますが、四人の動向だけは注視をお願いします」
「一応若いのをつけてあります、報告は後程」
ドン・デンガーンは玄関ホールの外へ行き別途役割をこなす、他には今のところ異常は起こっていない。
――王子主催なのだ、あの四人が暴れ出すことはないだろう。目的を知りたい、ここに来た理由が式典に参加する為だったわけはない、ぞれでは時系列がおかしいからな。だからとやって来て突然あの王子に誘われたというのも解せんぞ。
考えるのも必要ではあったが、傍にいるならば話をすべきだろうと考えた。何かしらのヒントが得られるはずだと信じて会場へ向かう。
「警備隊長一緒に来て欲しい、数人も」
「はっ、キャトル様」
衛兵を五人連れて来るように指示すると、隊長だけ隣を歩いて二人で式典会場の大広間へと向かう。途中で数人から挨拶を受けたが早々に切り上げて急いだ。
ホールの端、角のテーブルの側に四人が固まって立っている。トレラントは燕尾服で、もう一人の線が細い男も似たような姿だった。年かさのやつはローブ姿で、女性は赤いドレスを纏っている。不思議はない、この場では適切なドレスコードだろう。
カツカツと靴の音を響かせて四人に近づくと、燕尾服の二人が最初に気づく。目があるとトレラントが軽く手を上げて笑顔を向けて来た。
「やや、これはエトワール殿も参加の予定かな」
四人の視線を集めたのでここで軽く会釈をする。
「当会場を預かるキャトル・エトワールです。本日はエトワール伯爵の代理を務めさせていただきます、お客様方には不自由をお掛けしますが、何卒ご容赦ください」
立場を明らかにして無視を出来ないようにして顔をあげた。すると半ば解っていたものの、それぞれが簡単な紹介をした。
「うむ、そうだったか。これが同僚のカタフニア、あちらのローブのがドクター・パルノゴス、そしてこちらがフレイム国王女のショーラ将軍だ」
さらっと恐ろしいことを幾つか口走った、表情を一切変えずにそれぞれに礼をする。
――フレイム王女だと? ショーラ将軍ということはこいつらは軍の幕僚か。ドクター・パルノゴス聞いたことないが、ローブが正装ならば学者の類か。応対係に席次を改めさせねばならんな。
他国の王族が知らぬうちに入国していたのは大問題だ。知られたくないならば一般人として振る舞うべきで、その点が矛盾している。
「殿下が公式訪問すると報せを受け取っておりませんが」
言った相手はショーラだったが、返答するのはパルノゴスだった。
「我等はミスラミフルへ行く途中だったのだ。だがこの地で式典が開かれると耳にした。同時に王子殿下からの招待状が届いたので、断るのも失礼になると参上した次第。詳細は王子殿下に尋ねられよ」
「畏まりました。どうぞごゆるりと」
――ミスラミフル大陸へだと? 確かめようもないことを言い出したな。だが今は殿下に話を聞くのが優先か、仕方あるまい。
疑問は残ったが否定する程の材料もない、ここは大人しく引き下がるしかないと考えて礼をして大広間を後にする。王子の控室はここのすぐ傍だ。あのトレラントが四人の中で下位なのが恐ろしかった、自分の手から漏れる可能性が高いと直感する。
「警備隊長、すまないがアンリ兄上に早馬を出してくれ大至急だ」
メモを認めるとそれを渡す。馬車で数日掛かるズシーミだが、伝令の早馬ならば二時間少しで到着する。うまく行けば式典の最中は無理でも今日中に返信がもらえるかも知れない。王子の控室前には特別に二人の警備兵を配してあった。
「キャトル様、異常ありません!」
街の警備隊からの起用なので、顔を見るなり報告を上げて来る。異常は別の場所で起こっていると思いながらも、頷いて中へ入る。
「殿下、キャトル・エトワールに御座います」
少しすると「入れ」という声が聞こえて来た。中ではワインレッドのゴシックで身を包んでいる王子が居て、傍には従者が一人。ゲーミカに居た護衛の一人だ、どうやら近侍のものだったらしい。
「伯爵は欠席らしいな」
実務上の権限は別として、王子の宮廷席次は侯爵よりも上位なので上から目線で話しかけてくる。それについては王宮で散々体験していることなので全く気にしてはいないが。
「はい、王都で急用が入りましたので。本日は私が代理を務めさせていただきます」
「そうか。まあ卿には借りがあるからな、此度のことで功を上げると良い」
式典を取り仕切った経験は確かに功績になる、王子は間違っていない。それに借りがあると言っているのも何ら悪意を感じられなかった。縁が出来たという意味ではエシェッカとは反対で、恐らくは好意的な関係に収まっている。
「有り難く。時に、会場にフレイム王女がいらしたのですが、お話をお聞かせいただけますでしょうか」
はっきりとしておかなければならないことがある、ここを曖昧には出来ない。前置きも無くそのまま言葉にするのは王宮では失礼というか、流儀に反することと捉えられがちだ。ここではどうかというと、決してそうではない。
「ああ、丁度ここに滞在していると聞いたものでな、招待状を出しておいた」
事実確認は取れたがここでまた別の疑問が産まれた、一体誰に聞いたのか。正面切って尋ねて、はいそうですかとは終われない。互いの距離感に留意しつつ、いくつか絡めとるつもりで繋ぐ。
「他にも招待状を出された方がいらっしゃるようならばお聞かせいただきたく思います。特別な応対が必要な方ならば特に」
特別という響きが当たり前の王子だが、そう言われると悪い気分ではないらしい。ちゃんと考えた後に「来るかは知らんがニザー伯爵にも出しているな」ガッカリするような名前を出してきた。近隣の伯爵家で面倒ごとが絶えないお隣様だ。
「左様でしたか。フレイム王女の一行が滞在していると、どなたからお知らせがあったのでしょうか。上陸しているのは極めて少ない範囲内の者しか知らぬはずですが」
そう、キャトルすら知らない範囲内の人物が何者なのか。突っ込んで聞きすぎたのか、王子の視線が意味ありげになる。
「こちらは知らんでも向こうは私のことを知っていた、だからフレイムの一行がこちらに知らせて来たのだ」
なんと当人らが知らせて来たという。筋は通る、これ以上ない位に。無視すれば大問題だし、応じてもどこかでひずみが起こる。王子が言うようにフレイムの者が居るのを知らないのは当たり前でも、王子が居るのを知っているのはやはり当たり前だ。
あら捜しをしようにも特に見当たらない、正式に招待している以上はこれをきちんと扱う必要が出てくる。それにニザー伯爵のところでもやって来るならば、それもまた別席を用意する必要がある。指示しなければならないことが出来たので、ここに長居するわけにもいかない。
「承知致しました。それでは私は準備が御座いますのでこれで」
焦ることなく退室すると、補佐官に「ニザー伯爵がやってきていないか確認を。来ても来なくても特別席を用意する準備もしておくんだ」そう指示を出して、一応これもしておくべきだろうかと「王子の滞在先にフレイムから使者が出ていたかの裏取りもしておくんだ。あの三人のうち誰かが行っているはずだ」身体的特徴を示唆する。恐らくはローブだろうと想像はしていた。
――王子とフレイムは何故関係を持っているんだろうか。打診して断りでもされたら恥をかくだけではないか、事前調整されているなら別だが上陸したのはつい最近だ。
何か納得いかない部分はあったが、今のところはその違和感をはっきりとさせるだけの材料はなかった。ともあれ一旦エシェッカの様子を見ておこうと、別の控室へ向かう。こちらにも警備兵が二人張り付いていた。
「私だ、入るよ」
声をかけてから暫し時間を置いてから扉を開ける。窓際のテーブルに目をやると、サルヴィターラとエシェッカが対面で座っていた。こちらを見てからテーブルに視線を落とした。
「まだ式典までは時間があるからゆっくりしていてくれて構わないよ」
その後は晩餐という流れなので夜になってからの話なのだ。今はサンドイッチなどの軽い飲食だけが出来るような交流の場になっている、主たるものが居ないなかでフレイムの王女は相当目立っているだろう。彼女から誰かに話しかけなければ、誰も話をすることはできないが。
「キャトルお兄さま、その、お役目お疲れ様です」
なにか声をかけなければならないと無理してそう発してきたのが解る。喋っていた方が気が楽になるかも知れないと、そこから話を拡げに掛かる。
「父上の代理だからね、荷が重いよ。こういうのはアンリ兄上の役回りなんだけどね」
「お父さまはどちらに?」
余計なことは知らせていないのと同時に、本当に急だったのでここを出たのは今朝がたのこと。馬車ではなく夫婦ともに騎乗して王都へ向かっている、その方が慣れているからということらしい。
「王都に向かっているよ。急な用事が舞い込んできたそうだよ、終わり次第戻るとは言ってたけど数日は不在だね」
飛竜でもなければ日帰りなど出来ない、領土を空にして出かけるならば代官を置くくらいの猶予を与えるべきだというのに妙に急いでいたのが印象的だった。あちらの事情はあちらで解決してもらうとして、式典は自分だけが頼り。
「そうですか。アンリお兄さまは戻られないのですか?」
順当に言えば近隣にいるのだから呼び戻すべきと解る、その時間すらなかったわけだが。
「判断を仰ぐ早馬は出したよ、ちょっと想定外の来客があってね」
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