第20話 エトワールは武官の家系-3

 曲げている膝の力を真っ正面に捕らえた最後の一人へ向けて使う。鉄棒を振り下ろしたせいで頭が下がっている、そこへ右肩でチャージをかけて後方へ跳ね飛ばした。三人を沈める一連の動作でたったの五秒、多くが唖然としてしまう。


「死ねや!」


 孔雀が剣の鞘を払う、痛めつけるつもりだけしかなかったのに逆上して一線を越えようとする。力いっぱい切り付ける、一度目は万全の態勢で速度も乗っていたので身をかわす。二度目は横薙ぎだった、そこで下がらずに前に出た、わざと剣の一撃を受けに行く。


「なに!」


 勢いを殺してキャトルは短刀のギザギザ部分で剣をくわえ込んでしまう、斜めにこじって剣を逃さない。右手の小剣の柄で孔雀の剣の腹を殴ると、ぽっきりと剣が真っ二つになってしまう。ソードブレイカー、護身用の武器でこんな使い方も出来た。一歩踏み込んで姿勢を低くすると、くるりと回転して背を向ける、そして左足を思い切り伸ばして孔雀の腹に蹴りを入れて後方へ吹き飛ばす。


「お、おい、あれ!」


 小屋からエシェッカを連れだした水夫が居る、数人が追いかけているが同数が邪魔をして先へ行かせない。あまりにも多数がキャトルに引き付けられ過ぎて、隙をつかれてしまった。役目が逆ならば少なからず妨害を受けて、足を止められていた可能性が高い。


「逃がすな!」


 パイナップルが大声を出して追うように命じた。一斉に散られてしまうと一人ではどうにもならない、だがどこからか警笛が響いてきた。甲高い耳ざわりな笛の音が合図で状況が一変する。馬に乗った警備兵が多数現れると「騒乱の罪で全員制圧しろ!」散った男達を狙って迎撃を開始した。


 馬体に当てられて吹っ飛んだものはそのまま気絶してしまい、何とかかわしても馬上の相手と戦えるわけもなくあちこちに散る。最早こうなればエシェッカを追うことも、キャトルを攻撃することも出来ない、一目散に逃げ出していく。


「追撃しろ!」


 隊長の命令で騎馬兵も散って奇妙なヘアスタイルの男達を追って行ってしまう。叩きのめされて転がっている奴らをまとめて拘束するよう命じると「キャトル様、お見事なお手前でした!」隊長が鮮やかな動きを称賛する。これだけの動きが出来る警備兵は居ない、自分でも精々やれて互角に戦える位だろうと思わせる程の大活躍。


「これが戦ならば敵意ではなく殺意を持って向かってくる、私はまだまだ精進しなければならない」


 冷静すぎる評価を自身に与えてエシェッカの居る所へと歩いていく。水夫に囲まれて顔を真っ青にしている彼女と目があう。


「キャトル様……」

 

 怯えた瞳で恐怖の表情、こんな危険な目にあわせてしまったという後悔でキャトルは胸を締め付けられてしまう。経緯はどうあれ事実彼女は心に甚大なダメージを負ってしまった。


「すまなかったエシェッカ、私がもっと注意を払っていればこんなことには」


 唇を噛んで拳をきつく握りしめると、悲痛さを漂わせて言う。別に彼が悪いわけではない、そんなことはエシェッカが一番よく解っていた。それなのに言葉が出てこない、視線を逸らしてしまい押し黙ったまま。騎馬を寄せてきて隊長が「キャトル様、お屋敷までお送り致します」現場の始末をしなければならないので、護衛を部下に託して彼女を保護させる。


 キャトルは目を閉じて大きく息を吐いた。怒りを鎮めてこれからしなければならないことを考える、そのために己を見つめなおすよう言い聞かせて。まずは現状の把握から。


「追撃を続行させ可能な限り拘束しろ。逃げたやつもあの特徴がある以上は直ぐに見つかるはずだ。規模や思想を調査し、以後このような行為が行われないように全域に布告を出す。大怪我をしているやつが居ればまずは治療を、そうでなければ留置場に放り込んでおけ」


 キャトルは致命傷にならないようにして戦ったが、他の奴らが全員うまい事手加減できていたかまではわからない。そこへドン・デンガーンがやって来る。


「キャトル様、お怪我はありませんか?」


 大きな危険を一人に任せてしまい申し訳ない気持ちで一杯だったが、足手まといになるのでどうにもできなかった事実も同時にある。体力があることと戦闘の技術は軸を異にしている。


「こちらは問題ないです。ギルドマスターのところは?」


 あれだけの戦いをしても確かに無傷、強がりでも何でもなく衣服が多少乱れているだけで傷が見当たらない。


「うちの若い衆は頑丈なだけが取り柄なんで、特に被害はありません」


 とはいえ素人、ごろつきであっても相手も素人同士、やったらやりっぱなしなので一つ間違えば危険な状態に陥ることもある。彼の見立てを信じて今は良しとした。


「人質の救出ならびに治安維持への協力、ありがとうございました。後に伯爵より正式な礼があるはずです」


 踵を揃えて腰を折る、あんな手紙はそ知らぬふりをしていても良かった。届けるだけ届けてじっとしていてもだ。だがドン・デンガーンは率先して解決に力を貸してくれた、ゆえにこの結果がある。


「若い奴らに酒でも飲ませてやってくれたらそれで構いません」


「伯爵にそう伝えさせていただきます」


 最後まで真剣な面持ちを崩さないキャトルに、ドン・デンガーンは本気を感じる。こうして帰ってきて早々大変な事態は収まりを待つことになった。



 翌日、キャトルはエシェッカの部屋の前で足を止めていた。そこにはサルヴィターラが居て「申し訳ございませんキャトル様。今は誰ともお会いしたくないと」両手を腹の前で重ねて謝罪をする。


「そうか。わかった、出直して来るよ」


 心を痛めているのを知っているので無理を言わずに素直に引き下がった。落ち着けば自分で部屋を出て来るだろうと信じて、屋敷を出ることにする。昼過ぎになっている、今日の天気は最高で風も爽やか、絶好の航海日和。昨晩のうちに報告は終えていた、一言休めと言われてそのまま。


 どうするのが正解だったのか、キャトルはこれといった答えを持てないまま市場にやって来た。いつみても飽きのこない露店、今日も見たことが無いものが並んでいる。逆に外国へ行けばここでは普通のものも珍重されているのだろう。見て回っても何と無く心が晴れなかった。


「組合へ行ってみるか」


 桟橋を左手に見ながら歩く。今日は複数の外国船が停泊していた、フレイム国、グルガン国、それにハイランド国の船まであった。これらは全てローズランド大陸の国家で、ここから東にそこそこの日数航海をしなければならない場所にある。


 下船して来る中に異色のグループが混ざっていた、明らかに一般人ではないし、船乗りのようにも見えない。何かの勘が働いたので、その四人組へと歩み寄る。一直線近づいていくと気づく者が居て、一人だけ少し離れてキャトルと目を合わせる。


「失礼、私はこの港の領主の配下で、キャトル・エトワールと申します。あなた方が気になったものでして、不躾に接触したことを先に謝罪させていただきます」


 誰とも解らない相手に会釈をする。背が高く胸板が厚い、まさに戦いをするための身体で、武装こそしていないものの隙が感じられない。アンリと同じかやや下くらいに見える、自分よりは間違いなく年上とキャトルは感じた。


「我等はフレイム国の者で、自分はトレラントだ。お役目ご苦労なこと、ちょっとした観光で寄らせて貰っている!」


 含みの無い明るい笑顔でそう即答された、少なくとも実力はあっても敵意も悪意も全く感じられない。後ろに居るのは線の細い軽装の男、トレラントとは正反対の特徴ではあるが背の高さは同じ位だろうか。年齢もどっこいどっこい。


 二人よりはかなり背が低くて小柄、エシェッカよりも小さい男は五十代だろうか。髭を生やしていて目つきが鋭い、こちらは頭で働くタイプだろうと直感する。最後にそれらの中心にいる人物、若い女性だ。二十歳頃だろうか、赤い長髪に赤い瞳、黒いスカートに黒いジャケット、インナーだけ赤。細身でボリュームのある胸、野性的で魅力的、そういったところだろうか。


「こちらには長逗留のご予定でしょうか?」

 ――現役感が半端ない四人だ、直ぐに出て行くなら良いが、そうでないならば注意して観察の要ありだぞ。


 表情だけは柔らかくしてついでのようにして尋ねた。目の前の男には全く隙が見えない、戦っても勝てるのかどうか見当もつかないのは久しぶりだった。


「三、四日の上陸って聞いてるな、船の補給が出来たらって話だ。どこかおススメがあれば教えて欲しいな!」


 水や食料の補給で数日、妥当過ぎて何も言えない。変に対応して反感を持たれるよりは気持ちよく送り出すべきだと判断した。


「食事なら港の側に何軒も、市場に出れば菓子店もあります。夜に酒を呑むなら海鳥亭の名を出しておきましょう」


 友好的に接して来るならばそれを受け入れる、自ら平和を乱すような真似はしない。とはいえ後ろの三人もただ者ではい雰囲気だ。


「おう解った、そこに行ってみるとするさ。んじゃな!」


 にかっと笑うと目の前から去ってしまう。相当目立つのでどこかで噂を聞くような気がしてしまった。組合へ向かっていたのを思い出して足を進める、西側にある建物につくと中へ入る。


「ギルドマスターは居るだろうか?」


「おお、キャトル様だぞ!」


 妙に盛り上がりを見せるので昨日の事だと小さく心中で頷く。上を指さす若者が居たのでそのまま勝手に階段を登って行った。部屋の前で名乗ってドアをあける。


「ギルドマスター、あの反応が気になって仕方ないんだけど何なんでしょうか」


 やれやれと表情を崩して尋ねる、答えなど期待してないが。それにしても随分と気軽に話し合えるようになったなとふと思ってしまう。


「キャトル様の武勇伝にアテられたのともう一つあるんですよ」


「もう一つ?」


 はて何だろうと考えるも、これといって思いつかなかった。すぐに降参してしまうと「伯爵からお礼の品だって、朝一番でビールの樽が五十本も届きましてね」今度はドン・デンガーンが肩を竦めた。樽一本で三十人分だとしても、大宴会をしても飲み切れないだけの量だ。


「なるほど、さすが仕事が早い」


 過剰な返礼かと言われたら決してそんなことはない、彼らの働きに報いるならその位あって然るべきだ。それに、エシェッカが無事だったことを考えればこれだけとも思えない。席を勧められたのでソファに腰を下ろす。


「今日はいかがしました」


「うん。先ほどフレイムの船が入港していて、尋常じゃない四人組みが上陸していた」


 人相や組み合わせの男女の詳細を伝える、こうすることでその先に何かがあると理解しているドン・デンガーンも真面目に耳を傾ける。外国船が来るのはいつものことなので、自然と噂話にも敏感になるもの。


「フレイムの王族は髪も瞳も赤だと聞いたことがありますな」


 無論そんな人物は山ほど居るので、ただの流れからだと付け加える。とはいえ単身ではなくその三人まで一般人では無いならば、無関係かどうかは保留といったところ。

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