第19話 エトワールは武官の家系-2

 海鳥亭での出来事を根に持っているようで、よからぬ算段が目の前で進められていく。何一つ抵抗することも出来ずに、彼女はどこかへと連れていかれてしまった。



 ドラポーへの報告を終えて、各所への連絡書を認めていると陽が落ちそうになっているのに気づく。今夜は暫く事務仕事が続くだろうなと、一息ついて窓の外を見ると来客のようだった。少しするとサルヴィターラがやってきて「キャトル様、ドン・デンガーン様がお越しです。旦那様がお食事会に招かれていて不在ですので、応対をお願いしてもよろしいでしょうか」不意の来訪だったことを告げる。


「わかった、客間にお通ししろ」

 

 やりかけの仕事を整理して机を片付けてしまう。かけてある上着を手にしてきっちりと整えると部屋を出た。客間ではドン・デンガーンが椅子に座って前かがみで手を重ねて神妙な顔つきをしている。


「お待たせしました。ギルドマスター、伯爵が不在の為、私で良ければお話をお聞きしますが」


 対面する椅子に座ると何か悩み事でもありそうな表情を見抜く。伯爵の代わりになれるかどうかは微妙なところだと自分でも知っている。


「それは丁度良かったかもしれん」


「はて、どういう意味でしょう?」


 何がどう丁度良いのか、俄かに思いつかなかった。自分の方が伯爵より優ることなど無い、卑下するわけではないがキャトルはそう信じていた。ある意味それは正しくもあり、間違ってもいる。


「エシェッカ様はご在宅でしょうか」


「いや、まだ戻ったと聞いていませんが」


 変なことを聞くなと首を傾げる。ギルドマスターが何かを企んでいるわけではないことなど解っていても、異なことを口にしたなとは解った。懐から手紙を差し出してきて机に置く。


「拝見いたしましょう」


 そこには汚い字で、女は預かっている、返してほしけりゃ北の街外れに男どもを連れて来い。全員叩きのめしてやる! そう書かれていた、比喩でも何でもなく本当にそのようにだ。


「これは一体?」


「うちの馬鹿どものつまらねぇ遊びかと思ったんですが、海鳥亭での報復だとか言ってる奴がいましてね。もしかしてと相談しにきた次第で」


 海鳥亭で何があったのかをここで初めて知らされると、この手紙を持ってきたのが髪が逆立った奴ということで菓子店でのことをキャトルも思い出した。エシェッカのことを知らずに拉致したのではないか、それが最初に感じた事。


「なるほど、これは確かに伯爵より私の方が丁度良いかも知れませんね」


 ドラポーが知ったら激怒して軍隊を動員しかねない、そうなれば抜き差しならなくなってエシェッカにも危害を加えられる危険性が出てきてしまう。今のところただの人質、餌として見られているだけなのが解る。元より穏便に収められるような内容の事ではない。


「うちの若いのは船が出てる都合で、今は十人前後しか居ません」


 屋敷の外で動かないように言い聞かせて待たせている、そう付け加えた。


「こういった手を取って来る相手です、居ても精々数十人、人質さえ助け出せばそれで良いでしょう。ギルドマスターには救出をお願いしてもよいでしょうか」


「そいつは構いませんが、キャトル様はどうするつもりで?」


 北の街外れには建物が少ない、馬鹿なことをする奴らが分かれて計画的に行動するとも思えないので、集まっているところに行けば人質も居るだろうことは予測できた。救出さえしてしまえば、あとは放っておいても構わないとすら思える。


「こういう手合いには躾けが必要でしょう、ご心配なく。これから準備して向かいますので、ギルドマスターは手分けして街外れの偵察を頼みます」


 席を立つとキャトルは屋敷の武具庫に入る。殴り合いで終わるとは思えない、武器を手にして逆上する輩だって混ざっているに違いないと考え準備を行う。鎖帷子を下に着込み、革のベストを身に着ける。左手には小型盾を固定して、ギザギザな刃が付いた短刀を腰の後ろに差した。額には鉄甲を巻き付け、小剣のうち軽いものを選んでベルトの左に下げる。壁にかけてあるハルバードと呼ばれる大きな多機能槍を掴むと具合を確かめてから部屋を出た。


 玄関ホールではサルヴィターラが待っていて「危険な真似はお控えください」注意をしてくる。心配しての言葉なのは承知だ。


「無茶はしないさ。妹が待っているだろうから迎えに行くだけだよ」


 にこやかにそう言うだけで振り返りもせずに玄関を出る。屋敷の外ではドン・デンガーンと一人だけが残っていた、他は偵察に出ている最中。


「さあ行こうか」


「キャトル様、その恰好は」


 やる気満々なのは解るが、後ろで指揮するつもりではなく明らかに渦中に在って動くつもりだと知る。警備隊を招集するつもりだろと思っていたのでいささか戸惑った。


「ゴロツキの数十人程度、私一人で充分だ」


 歩き出してしまったのでそれに付いていくと、若いのに「警備隊に通報しに行け」こっそりと指示を出して走らせることにする、もし大事に陥ればドラポーに合わせる顔が無くなる。街外れに送り込んだ若い衆が一人走って来ると「親方、やつらの居場所を見つけました!」そこにエシェッカの姿もあったと報告する。


 案内すると廃墟になっていたところの周りで、結構な数の男たちが焚き火をして酒を呑んでいた。小屋は灯りが揺らめいていて、複数の奴が詰めている。


「ギルドマスター、私が引き付けるのでエシェッカをお願いします」


 有無を言わさずに男達の前に姿を現す。すると注目を浴びた、焚き火の灯りでわかったのは男達が全員妙な髪型をしていることだけ。もしかすると新興宗教の類かも知れない。ぞろぞろと集まって来る中に孔雀を見つけた。


「お前の仕業か、俺の事を忘れちゃいないだろうな鳥頭」


「うん? ……あ、お前はあの時の!」


 いきり立って大声を上げるものだから、小屋からも人が出てきてキャトルを囲んで何が起こっているのか野次馬が増えた。穂先を地面に置いたまま、片手でハルバードを握ったまま「覚えていたか、褒めてやるよ」挑発を繰り返す。


「なんでこんなところにいやがる!」


「おいおいつれないこと言うなよ、俺を呼んだのはそっちだろ?」


「どういうことだ、俺達は組合のあいつらを呼び出してるんだ」


 馬鹿正直にそんなことを言うものだからつい失笑してしまう、シラを切り通せば結びつけることも出来ないだろうに。そんなことはどうでも良い、ドン・デンガーンたちがエシェッカを助け出すまでの間、注目を集められたらそれで良い。


「手紙を見せて貰った。宛先と差出人位は書けよ。ああ、それと汚い字だったからすぐに書きなおせ」


 懐から先ほどの手紙を取り出すと足元に放る。こうまであおられたら我慢できるはずもない。首を突き出して「あーん、俺にボコられにきたってわけか、ギャハハハハ!」腹を抱えて笑う。


「こいつ一人で来てやんの」

「随分と舐めてくれるな、死ぬよ? お前死んじゃうよ?」

「マジか、ヒーロー気取りかよ。反吐がでるな」


 あちこちで爆笑した、指差ししてにやついてるのが多い。その声にかき消されてはいたが、確かに物音が小屋の方で聞こえた。キャトルはハルバードを両手持ちにして構える。


「いいか、ここがどこで彼女が誰の庇護下に在るかを教えてやる。考えが足らん馬鹿にでも理解出来るようにその身体にな。さあ、かかってこい!」


 小屋の方に注意を向けさせないように騒ぎを大きくして戦いを挑む。面白がって数人だけが進み出ると、にやけ顔のまま舌なめずりして鉄の棒を片手に四方を囲んだ。膝を折って周囲の気配を掴む、まるで後ろにも目があるかのように。


「このクソがぁ! やっちまえ!」


 鉄の棒を持った男達が四人で襲い掛かる。キャトルはハルバードを足元に叩きつけると、穂先についている突起で地面をえぐり取り二人の顔に土を飛ばした。すると「うわぁ!」足を止めて手で顔を覆う。そのまま自身が身体を後ろへ引く形で、石突きの側を引っ張ると今まで自分が居た場所に突っ込んできた男らを、まとめて二人横薙ぎにして跳ね飛ばした。


 引き戻すようにして石突きの側を、今度は立っている男の腹にぶつける。勢いで後ろへ倒れ込むと、他人を巻き込んで転倒した。一直線並んでいるような場所から狙って攻撃をしたキャトルが、囲んでいる他の奴らを睨む。


「……なんだ、こいつ?」


 あまりに鮮やかな動きに一瞬の沈黙、だが「ざけんなよゴルァ! ぶっ殺してやる!」太陽ヘアが怒声をあげることで、皆も敵意をむき出しにする。人数が固まっているところへハルバードを投げつけると、三人を巻き沿いにして派手に転倒させた。


 腰にあるギザギザ付短刀を左手に、小剣を右手に持って腰を落とした。


「今の俺は手加減に失敗する可能性がある、よく注意しておけ」


 雄たけびを上げて鉄棒を振りかぶり襲い掛かって来る、斜めに振り下ろす鉄棒の外側に身体を滑らせると同時に、小剣で思い切り腹を叩く。小剣には刃が付いていない、これは突くか叩くかして使う武器だから。腹を両手で押さえてうずくまる男を無視して次にかかって来る三人を等しく見る。


 ――左手は中段、正面から頭、右手が下段。


 小剣で頭上への攻撃を右へ滑らせ、左手の小盾で腹への一撃をブロック。右足を浮かせて下段への攻撃をかわすと、降ろすついでに正面の男の膝頭を踏み抜いた。続いて右手の男が横薙ぎに頭を狙う、左手からは上から下にと力任せに鉄棒を振り下ろした。すると、今度は左足を大きく左後ろへ引き下げて、右手の小剣を振り子のように腕を伸ばして振るう、右ひざをぐっと沈ませることで右手の男の出足を側面から思い切り叩くことに成功する。

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