第18話 エトワールは武官の家系
◇
馬車の中でぐったりとして頭を抱えているエシェッカを見てキャトルが苦笑している、わからなくはないと。顔色はすこぶる良好、体調だって絶叫調だ。心の病が一番手が付けられないものではあるが。
「はぁ……」
「そんなため息をついてどうしたんだい」
付き合ってやると決めたので仕方がないけれどもそう声をかけてやる。逃れられない運命というのは存在するんだと妙な関心と共に。
「神託が降ってその通りにしたらよいなんて当たり前じゃないですか。なのに何でわざわざ……はぁ」
今まで完全的中している神託だ、功績はそれこそ神様のもの。祝うなら神殿で供物でも捧げておけば良い、などという不信人ものになるわけにも行かず。
「功を労ってくれるというのだから、素直に受け取るしかないね」
仕事をしたら報われる、普通のことではあるけれど、式典を開いてまでとなればこれはもう国家行事だ。ことを大きくすればするほどに断れなくなるのをあの王子は知っている。何とかして関わり合いを持とうというのがよーくわかった。
「ほら戻って来たよ」
リュエール・デ・ゼトワールが見えて来た。門を抜けると港へ直行、そこが屋敷だから。戻ると警備兵に先ぶれを得ていたので、玄関前でサルヴィターラが待っていてくれた。
「お帰りなさいませキャトル様、エシェッカ様」
腰を折ってふかぶかと礼をする、久しぶりに戻ったら凱旋の呼び声だ、使用人としてもここは素直に敬意を表するところ。自分の主人が名声を得るのは、自分のことよりも嬉しい気持ちになれる。
「ただ今。エシェッカは部屋で休んでいたらいいよ。私は父上に報告をしてこないといけないからね」
「はい、キャトルお兄さま。サルヴィターラにお土産があるのよ!」
はりきってそう告げると大仰に喜んでくれる。二人で自室へと向かうのを見届けてから、キャトルは執務室へと向かう。ノックをして返事が得られると中へ入った。机の上には様々な書類が載っていて、伯爵の決裁をじっと待っている。
「戻りました、報告があります」
間髪入れずに話を聞くようにと急かす。次に何かが起こる前にいち早く全てを伝えたいと思っているから。
「せっかちだな、まあいい。まずは聞こう」
ペンを置いて真っすぐ前を向いた。地震の件は風雷と同じで、今後は事務的な扱いばかりなので簡単に終わらせてよりきな臭い方を。
「ゲーミカでの王子襲撃事件についてですが、地下に潜っているのが数人まだ見つかっていません」
地震の前から探し続けているが、どこに隠れてしまったのか全然消息がつかめない。広い町ではないので潜んでいるわけではなく、どこか遠くへ逃げてしまったとみていた。まともな検問所は通過できないので、山越えでもしてるのかも知れない。
「生かして捕らえているのがいるのだ、そのうち判明するだろう。だが随分と時機的な読みが上手かったな」
拘束している奴らを締め上げれば何かしらのヒント位は出てくるものだ。初めから知らされていない駒だとみて置くのも必要だが。キャトルですらあそこで鉢合わせるとは思っていなかった、ならば部外者は簡単に想定出来るものではない。それでも現実にその場にいたのだから知っていた、あるいは別の理由で滞在していた。
「二十人もの武装兵を隠すにはゲーミカは狭いです。いつ来るか解らないのに閉じ込めておくのはそれなりに難しいこと」
これが訓練された兵士や、拝金主義の傭兵ならば待機も任務だと自らを律することは出来るはずだ。しかし盗賊のようなやつらが大人しく待ち続けられるとは思えなかった。
「解せん部分はある。復興支援の連中だった線は」
事前にそういう未確認情報が有ったので、当然その後に調査をさせた。ところが食事を外注されていたところがあるにはあったがそれだけ。通常の業務なので食事を作ったのはほう助にはあたらない。
「ありません。この事件の根は案外深いものかも知れません。アンリ兄上が継続して調査をすると言ってましたが」
どこからか湧いて出た賊ではないならば、これだけの数を隠して必要な時に動かせる背後組織があることになる。自分の領地で気づかれずにそんな真似をこなす連中、気味が悪いで済ませてはいけない。
「聖女ではなく王子が狙いで間違いなかったのだな」
「はい。陽動の為に狙われはしましたが、目標人物が王子なのははっきりとしています。王子を捕らえるように命令を受けていたとの証言も」
身代金の要求をするならば、どちらも大差がない。どうせ言い値で請求するのだから、仕事がやりやすい方を選ぶはずだ。それなのに王子を狙ったということは別のところに意図があることになるが、解らないのは末席の王子を狙ったこと。政治的にもそこまで意味があるとは思えない。
「王子とも話をしてみる。何がしたいのかは知らんが、暫し滞在するらしいしな」
興味がないとばっさり切り捨てる。職務上の関わり以外はするつもりがないのがよく解る。それについてはキャトルも同じだった、だが無視するわけにはいかない、そういう立場にある。
「そう言えば道中、最近井戸に砂が混ざって来るとの話を受けたのですが、これが地震の予兆だった可能性がありますね」
大地が気づかないうちに小刻みに揺れているせいで砂が上がって来る、理にかなっているとキャトルは考えている。浅いところに水の層があるところでしか気づけないが。
「ふむ、研究の余地ありだな。それは大学にでも提起しておくことにしよう。事前に分かれば神託に頼らずに対策も可能になる」
ドラポーが大きく頷いて推論を有効な可能性があると認めた。人間が人間である歴史とは、こうやって知識を積み重ねてきたことにある。同時に愚かしくもいがみ合っては殺し合うのも人間だ。
「式典ですが、父上がお忙しいならば私が代わりに出ますが」
王子が開く功労会のような何か、エシェッカと顔を合わせたいのが理由だろとすら思っている。不都合が起きた時にドラポーが居た方がいいのか、居ない方がいいのか、判断する部分はそこだった。身内の不始末が想定されるならば距離をおいてた方が何かとやりやすい気はした。
「当日に急用が入るかも知れんな、お前は出席するつもりで用意しておけ」
「承知しました」
あまりにも物言いがらしかったのでつい笑ってしまう。その上で、現場で何が有ろうとその時点では止めないとの意思の表明だとも受け取れた。
◇
サルヴィターラにお土産を渡してから、部屋の窓から外を見る。今日も穏やかな天気で、湾は凪いでいた。反射する太陽が輝いていてほっとしてしまう。
「少し横になってから市場に行ってみましょう」
体力が回復するまでベッドで横になって目を閉じる。少しうつらうつらしてから起き上がって太陽を確かめた、まだ昼にはなっていない。旅装のままというわけにもいかないので、着替えをしてから屋敷を出た。いつ露店を見ても知らないものが並べられている、貿易港という特殊な存在が際立っていた。
「ちょっと街を歩いてみようかしら」
何となくで歩くだけでも良かったが、一度確かめておきたかった場所を探す。街区が決まっているので記憶にある住所からそこを探すと、案外早くに見つかった。青地に白の旗を掲げている建物。
「ここですわね。すみませーん!」
声を出して玄関ホールに入ると誰かが出て来るのを待つ。少ししたら奥から線の細い事務員のような青年男性がやって来る。
「なにかご用で?」
「初めまして、私エシェッカ・エトワールと申します。ちょっとお話をしたくて」
すると相手は顔を曇らせて黙ってしまう、どうしたものかと困っていると奥からもう一人中年男性が出てきて「どなただ」尋ねた。すると目の前の男が一旦振り向いてから近寄って行き何やら言葉を交わす。部屋に入るように案内されたので付いて行く。
中年男性が椅子にドカッと座り、もう一人はどこかへ行ってしまった。私は対面に腰を下ろして再度自己紹介をする。男は褐色に焼けた肌、筋肉質な上半身、縮れた褪せた黒の短い髪、革のジャケットを着ている。船舶組合に居た者達とどこかに通っている。
「俺はエクソリア。ガレー船の副長をしている。何の用だ」
素っ気無い態度、それはそうだろう良い印象があるはずがない。何せ船を沈められて海に投げ出されたのと、それをやった側。
「船員さん達の復旧工事をするお仕事の話はちゃんと来ているかなって思いまして」
相手がどうであれ微笑んでそう切り出す。橋の復旧、アリシアンのところで出た話がきちんと処理されているのか気になってやってきている。それが終わったら地震の復興なども色々とありそうではある。
「あん? 行ってるがなんであんたがそんなことを」
秘密でやっているわけではないが、告知しているわけでもない。関係者以外は知らない動きを知られているのは、あまり良い気分ではない。
「それは良かったです。私がそうしてはと持ち掛けたお話でしたので」
悪びれることなく事実を明かす。一切そんな権限がないので、おススメしただけとも付け加えて。
「エトワールからって言うからどんな裏があるかと思ってたが、あんたがやったことだったのか」
両膝に腕を乗せて覗き込むようにエシェッカを見る、どんな意味があってこんあことをしているやらと。
「ちゃんとお給金も出ていますわよね? それと食糧も少ないと聞きましたので、そちらも満足いくようにって。船長さんはいらっしゃますか?」
「どうしてそんなことまで知ってる」
これについては完全に内部事情、仲間が裏切りでもしなければ外に漏れない部分だ。一気に雰囲気が険しくなり、意図を読もうとする。
「教会でディングさんに聞きましたわ」
これといって隠すような素振りも嘘を言っている様子もない。その可能性と裏切りについて考えた。教会で聖女に対して腹が減っていると漏らす……はぁ、と両腕を椅子の腕かけに載せて天井を仰ぐ。食べさせてやれてなかったのは事実、幹部連中の責任だ。そしてチラッと視線をなげて、最近の変化はこのエトワールが関わっていたのかと。
「船長は謹慎処分中だ。俺が次の船長代行の予定だ、まあ船はまだないんだがな」
ただいま絶賛回航中らしい、直ぐに用意することも出来ないだろうからそこはお互い承知の上でのこと。船長は不正が明るみになり外されているところなのも解る。
「何かお困りなことがあればお聞かせを。私が出来ることでしたらお手伝いします」
親切の押し売りかと話は聞き流す、ろくな見返りを求められないとも限らない。言ってしまえば敵地のようなところで足止めされているのだ、何事もなく時間を過ごす方が大切。
「食っていけて船がもらえるなら待つだけだ。心配にゃ及ばねぇよ」
警戒するような相手ではないとわかると、さっさと帰れと追い出すことにした。余計な面倒ごとが起こらないように。
「それでは失礼いたします。今度来る時はお菓子でも持ってきますわ」
「なんでぇ、また来る気か?」
少しばかり意外な気がした、こうも冷たくあしらっているというのに顔色一つ変えずだ。目的が見えない。二度と来るなと強く追い返すより、単にもう来たくないと思わせる方が良さそうだとの判断ではあったが。
「私、結構海が好きだったみたいで。そのうちお話を聞かせて下さいね」
にこりとすると席を立ってドアに手をかけたところで「菓子じゃあ雰囲気がでねぇな」エクソリアが聞こえるように独り言ちる。
「その際にはビールの樽も手配いたしますわ。それでは」
一礼をしてから建物を出ると、次はどうしようかと空を見る。教会に寄ることにしよう、決めたのでパン屋に行って喜捨用のものを籠に一杯持ち込むと祈りをささげた。心がすっきりとしたところで屋敷へ戻ろうと民家のある通りを歩いていると、突然建物の影に身を隠す。
――あれって……やっぱりそうですよね。
奇妙な髪型の集団。見たことがあるパイナップルに孔雀らが通りに屯している。関わってもろくなことが起こらない、一旦引き返して別の道を行こう。そう考えていた時、民家の路地の先から前髪が直角で船の舳先のような男と、あちこちに突起がある太陽のようなのが現れた。
「おいネーちゃん何してんだ」
はっとしてすぐに教会へ向けて走った、ところがそちらにも玉ねぎ頭と、頭頂にだけ髪があり後ろに編んで流している辮髪が居て「そいつを捕まえろ!」誰かが言ったので行く手を遮るように両手を拡げてにやつくと邪魔をした。立ち止まってあちこち逃げ道を探すけれどどこにもない。
パイナップルらも集まって来ると視線を下に向けてしまう。
「おいこいつは! お前らちょうどいい、復讐の機会が巡って来たぜ」
「どうするんだ?」
軍艦カットがエシェッカを捕まえながらパイナップルに尋ねる。勢いでこうしているだけでこれといった深い考えなど無い。
「街外れの小屋に監禁しろ。船舶組合に連絡してあいつら呼び出してボコるぞ、反撃しようものなら人質の命は無いってな。ギャハハハハ」
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