第17話 血は争えない典型親子-5
「何故夜中にあそこにいたんでしょうか?」
「……食事の後片付けに時間がかかったので、厨房に残っていただけです」
おかしくはない、認めようとしないのに変わりもないが。余計な人数として割り込んできたのだから、仕事だって多くなってしまっていたのは事実。居た理由を必死に考えて言葉にする、そうすべきだと信じているのは前提からおかしいけれどそれどころではない。
「そうか。ところでどうして厨房の話が出て来たんだい」
「え、どういうことでしょうか?」
不安と疑念で頭がいっぱいなのだろう、ちょっとした引っ掛けにも簡単に絡めとられてしまう。声が揺れた、おかしなことは言っていないのにどうしてとキャトルには聞こえている。
「私はあの部屋としか言ってないんだけど」
部外者にあの部屋では全く解らない。そして関係者にあの部屋と言えば、キャトルらが居た建物の部屋だと想像するのが普通と言えば普通。
「あ……えーと、勝手に寝室のことだとばかり。単にそう言う意味です、リビングと厨房の間の廊下を行き来するとお部屋があるから」
そして更なる関係者になると、どこに泊まるかわからなかったはずの彼の居場所まで言い当ててしまうことになる。寝室は四つ、うち三つは厨房と反対側にあって、一つだけが厨房側にあった。工夫用とそれ以外といった感じで。
「なるほど、ところで私があの寝室にいたのを知っていたのは誰も居ないんだ、よく解ったね」
リビングで横になろうと思っていたくらいで、直前まで部屋割りについては当人すら知らなかったのだ。単に連絡の齟齬ではあったけれど、漠然としたあの部屋でここまで正確に話を繋げようとする方が不自然。様子がおかしいココナに「どうしてそんなことをしたのか聞かせてくれるね?」それでもきつく言わずに尋ねる。
「……エシェッカさんと外に行くようにって」
「詳しく教えてもらえるかな」
自分では言い逃れることが出来ないと諦めたのか、ココナはポケットから一枚の紙きれを取り出して渡して来る。それを一瞥して短く書かれている文を確かめた。
「外で少し星空を見てそれで終わりにするつもりだったんです。それだけしか」
紙には方法は問わないからエトワールの聖女を真夜中に外に連れ出せ、さもなくばズシーミの母親に不幸が訪れるだろう。お前のことは知っている。そう書かれていた、脅迫文に他ならない。どこかからちぎって来たものではなさそうなので、それ以上のヒントは直ぐには解らない。
「陽動なわけだ。これを書いた人物に心当たりは?」
エシェッカが不在になれば彼女を捜索することに集中して、宿の王子など二の次になる。気づいたとしても人数を割ることにもなるし、少なくとも時間は稼げる。ココナも被害者だったということ。
「わかりません。でも本当にエシェッカさんに危害を加えるつもりはなかったんです!」
自分でこんなものを用意して忍ばせているくらいならばここまで動揺して辻褄が合わないことを言うはずがない。ならばこの脅迫は本物、目の前に転がっている賊と無関係とは到底思えない。
「わかったそれを信じよう。すまなかった、不逞の輩に脅迫を受けていたとは。治安を預かるものとして謝罪させてもらう」
なぜかキャトルが頭を下げる、実際に良民が関わらざるを得ないことになったのは、きっちりと警備がなされていなかったからに他ならない。警備が確かで手を出せないようならば、そもそもこんなことは実行されない。ココナは両手をバタバタさせて「そ、そんな、悪いのは私です!」彼の頭をあげさせようと慌てる。
「お母さんは一人で?」
「はい。ズシーミの街外れで私と二人で暮らしているんですけど、ここに出稼ぎに来ているので。住み込みですけど、数時間で戻れるのでここで働いていました」
歩きでも四時間あれば辿り着く、金額だけで見れば結構な数字になると思えば、働き口として魅力的なのは納得いった。どこでもだれでも働けるような世界ではないから。街外れに住んでいるのが家業の都合でなければ、金銭的な意味でだろうと推測する。
「ズシーミから一時離れて暮らすことになると不都合はあるかい?」
「いえ、住む場所さえあれば特には」
これといって悩むことなく答えたので、まったく問題がないと解釈した。
「わかった。キャトル・エトワールの名で一件が解決するまでリュエール・デ・ゼトワールで保護を行う。移動の馬車もこちらで手配しよう、いいかな?」
各種の情報漏れの意味でもココナを自由にさせない方が良いし、これで母親を害されでもしたら寝ざめも良くない。頷く彼女に笑顔を向けてやる。
「アリシアンさんには私から事情を説明するから、荷物をまとめておいて。午前中に出発してズシーミに向かうよ」
まずはこの罪人の処理をすべきだとして、アンリの居る場所へ移ることにした。
◇
ゲーミカから数人兵を借りて、賊を連行していく。昼頃には到着して真っ先に地元の警備隊に引き渡した。連絡役に二人つけてやり、ココナに引っ越し準備をさせる。今言って直ぐにとはいかないだろうが、危険があるかも知れないので貴重品だけ持ち出して、警備隊のところで待っているようにと。後で家に取りに行っても構わないのだから。
一方でキャトルらは臨時陸軍司令部へと向かった。検問所がある街道沿いに置かれていて、ここにアンリが居ると聞いている。兵を先に差し向けておくと建物の前で待っていてくれる人影があった。
「おおキャトル、久しぶりだな!」
まさに武官と言った感じの体躯に軽い防具をつけて、腰には剣を引っ提げている。三十代前半で爽快な笑顔で弟を出迎えた。百八十センチは超えているだろう身長と、筋肉で盛り上がる腕は見ているだけで圧倒される。
「兄上、ご無沙汰していました。義姉上も」
にこやかに会釈をするのはアンリの妻でヴィオレッタ。癖がある長髪を後ろでまとめている女性で、二十歳を少しでただけ、キャトルよりも年下ではあるが、兄嫁ということでそう呼んでいた。地域や時代で義妹と呼ぶこともあるだろうけれども、当人らが自由にすればよいだけ。
「キャトルさん、お元気そうでなによりね」
彼女はキャトルをそう呼んだ、まあ順当なところだろうか。アンリが隣に居るエシェッカに視線を向けた。年も年なのでもしかしたら彼女……かもと考えて、一応尋ねる。先ぶれでほぼ解ってはいたが、そこは兄の一抹の何かだ。
「そっちの女性は?」
片方の眉を下げて誰なんだと尋ねる。キャトルが紹介しようとするのを止めて、自分の口から名乗りをあげる。
「初めまして、エシェッカ・エトワールです。よろしくお願いします!」
ちょっと力んで自己紹介をして、頭を下げた。エトワールと耳にして二人は表情を柔らかくする。そういう存在が増えたというのは聞いていた、噂ばかりで会ってみるとなるほどと思ってしまう。
「おう、なんだ妹だったのか! 可愛いんでどこのお嬢さんかと思ったぜ」
正直すぎる台詞にいつもなら頬を染めていただろうけれども、今は義兄夫婦に対して必死しぎて真面目な顔をしている。
「あら、私はヴィオレッタ・エトワールです。こちらこそよろしくエシェッカ」
嫌がられずに良かった! それが最初の感想というか、エシェッカの心持ちだった。それが心配で心配で、全くの杞憂だったのを知る。そしてあの父母の息子だなと素直に思ってしまったのも事実。
「あ、手土産を持ってきました。どうぞ!」
アンリにはオレンジ風味のクッキーをまずはアンリに、そしてヴィオレッタの順に手渡す。この時の為に最高の品を選んできていた。
「おっ、こいつ好きなんだよな! 立ち話もなんだから中に入れ」
渡されてその場で封を切って一口食べてしまう、そんな姿に若干苦笑しながらも良かったと内心胸をなでおろす。キャトルに促されると、一緒に建物へと入ることにした。
――ありがとうサルヴィターラ、あなたからの恩は絶対に忘れません!
夜中にあったことをキャトルが報告をする、警備本部に連行している者のことも併せて。
「王子を襲撃した奴らか、噂にはなっていたがな」
「数人とり逃しています、これらも捕縛の必要が――」
非情に真面目なお仕事の話になったので、邪魔をしないようにと別の椅子に座って女性同士話をする。
「エシェッカは聖女のお仕事大変ね、私は自由にやっているけれど」
先ほどの紅茶を淹れましょうと準備をしてくれている。手伝おうにもこれといってやることが無いので座っている。臨時陸軍司令部の司令官室、そうは言っても別に御大層な場所じゃない。ちょっと大きめの民家を流用しているだけ。
禁制品の改めを暫くここで見張っているつもりなので、それ以上を求めていないからだろう。
「よく解りません。ずっと巫女をしていたのでこういうものかなって。でもこちらに来てから凄く世界が広がりました」
素質がありそうな子供を教会で見つけてきて補助巫女にする。そこから実力があるものを巫女に据えた。十数人の巫女から数人が選抜されて聖女への聖別を行うことになる。この際に王族が婚約者として囲えば、聖女が出た際に発言権が増すという仕組みだ。
他者が婚約破棄した巫女を拾って、それで聖女に選ばれなかったら嘲笑されるだけ。そういう事情もあってエシェッカが見捨てられていたのだが、今は過去の事。貴族の娘はステータスとして巫女になりやすい、大司教らの職権範疇という部分もある。
一方で儀式で聖女を選ぶのは神だ。誰も選ばれないこともあれば、順番の最初の者があっさり選ばれることも多い。それだけに聖別の順番で毎度大きな駆け引きがなされている事実があった。貴族の娘はという前置きがある、庶民から選ばれるのは見た目が良くて婚約に至りやすい、そんな条件も付与されている。
エシェッカが庶民から補助巫女にされたのは間違いなくそういったところが大きい。アリデーレ伯爵の道具にされていただけ。紅茶を差し出して来るとお礼を言って一口だけ飲んだ。
「そう。もっともっと世界が広がるといいわね。そのうち船で外に出たりとか」
聖女が国外へ出るわけにはならないのでそれは暫く先にはなるけれど、確かに広がりそうだなと相槌をうつ。
「そうですね。いつかそういうのもいいかなって」
同年代で義理とは言え姉妹になった二人だ、意気投合しない方がおかしい。楽しそうに話をしている真っ最中にエシェッカがティーカップを取り落とすと、ガシャンと割れる音が響いた。
――山、落石、瓦礫、倒壊、津波……なにこれ? 映像が頭に直接。
ヴィオレッタが肩を抱いて「エシェッカ、大丈夫!?」異常を感じ取り声をかける。アンリたちもどうしたのかとやって来た。十秒少し頭に手をやってうずくまっていると、蒼い顔をしてようやく顔を上げる。見えた内容を皆に明かした。
「それは地震だね、神託が降ったんだ!」
いつ起こるかはわからないけれど、必ず起こる。それが神託というもので、これを知り得たら即座に行動にうつす義務が王国の皆にあった。従うことこそが生き延びるための道だから。
「私は伯都と近隣の警備本部に直ぐに警告を出します」
騎馬兵をどこへ走らせるべきかを即座に考え、少しでも兄の負担を減らそうと手間がかかる部分を受け持つ。
「んじゃ俺は王都と領内の役所に布告を出す。ヴィオレッタはエシェッカを休ませてやるんだ」
手分けをして地震が起こると警告をして回る。坑道などは即座に引き上げさせ、山の裾野の民には避難を呼びかけ、船は係留を厳しく行い、火事が起こらないように管理を徹底させる。王都への早馬で各地の医者に待機命令が出され、復興準備をするために商人らが物資の点検を行った。
そこから三日、王国全土を激しい地震が襲った。被害は大きかったが、人的な損害は規模の割に少なく済み、聖女への評価が高まる。そしてその功績をたたえる為、伯都で王子が式典を行うと知らされることになる。せっかく逃げられたと思っていたのに、これでは欠席するわけにもいかず、憂鬱なエシェッカだった。
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