第16話 血は争えない典型親子-4

 ドキドキとして暫くは目が冴えてしまっていた。状況がどうあっても男性と同じ部屋で寝ることなど初めてだから。もし婚約破棄をされなければあの王子と一緒、そう考えたら悲しいと言うよりは恐ろしいとすら感じてしまった。そのうち眠気が襲ってきて、自然と意識が途絶えることになる。



 ギギギギギ。扉が開くときに軋むような音が聞こえて来た、眠りが浅かったエシェッカがふと覚醒して「キャトルさま?」そう声を出す。相変わらず気を抜くと名前を呼んでしまう、始まりが始まりだけに簡単には染み付かない。


 バサっと布団がはねられるような音が聞こえると、中央のベッドにボフっと乗っかり直ぐに隣のところへ誰かが飛んで転がって来た。三つの二段ベッドが横並びで置いてあるので、直線的に移動した結果。


「誰だ!」


 跳ね起きたキャトルが枕元の剣を持って、エシェッカの隣に文字通り飛んできたのだ。人影は慌てて扉を出て行ってしまう。逃げたからには不審者と断定する。


「総員起こせ! 侵入者だ!」


 キャトルが警戒しつつ大声を出すと、隣の部屋から警備の兵が駆けだして来る。兵の練度というのは初動にどれほどの時間が掛かるかで目安を区切られる部分が大きい。


「臨時司令、ご無事ですか!」


「こちらは問題ない、不審な気配が一、速やかに捜索に出ろ!」


「了解です!」


 上着だけ引っ掛けて八人が外へ飛び出していった、陽動の可能性があるので一隊は必ず護衛に残っている。未明にうろついているだけで充分不審だ、拘束して事情を聞くのに理由としては他に必要もない。


「エシェッカ、何か怪我はないかい?」


 兵が警戒を肩代わりしてくれるようになったので力を抜いてようやく問いかけて来る。寝る前にきっちりと居場所を把握していたにしても、凄まじい反応速度だった。


「ええ、ありません。先ほどのは?」


 尋ねたところで解るはずもないのに。ところがキャトルは解らないとは言わなかった。


「単身忍び込み、鍵を所持していた。寝込みを襲うつもりだったなら、こちらが寝ぼけている間に攻撃をしてくるだろうがそうはしなかった。私がここに居ると思っていなかったのか、それとも勝てないと踏んだのか。そも私の腕前を知ってる奴がここに居るとは思えない、きっと前者だろうね」


 エシェッカ一人で寝ていると思い忍び込んできた関係者、それも害するつもりはない。キャトルは先ほどの時点で要人の誘拐を狙ったものだと推察していた、王子やキャトルを狙うよりも遥かにハードルが低そうな彼女を的にしたと。


 もしリビングの床で休んでいたならば、窓からでも忍び込んで来るつもりだったかもしれない。部屋に鍵が掛けられていたら数秒が足らずに連れ去られていた可能性すらあった。月明かりが壁際に差し込んでいる、互いの顔がはっきりと見える位に。


 こちらを見ていたキャトルがすっと扉の方を向いてしまった。どうしたのかと首を傾げると、寝室着だけで起こしていた上半身が透けて見えてしまいそうな状態なことに気づく。手近にあった上着を羽織り「暗くてわかりませんでしたけど、あまり大きな人影ではありませんでしたね」うっすらと見えた感じでは、扉を潜る時に頭の上が結構空いていた。


「そうだね、小柄な影、子供というには少し大きかったけれど。気配に殺気は無かった、焦りはあったね。あとは足音、底が堅い靴を履いていた。暗闇でも動けてたんだ、ここの造りを良く知ってるってことだろうね」


 誰とは言わずに絞り込む。この長屋で働いてる工夫はどう考えても除外、雑用係と調理の数人が容疑者。外からやって来て全てを知っているというのは少し推理からズレる。


「私がここに寝ていると知っていて、お兄さまが来たことを知らない。食事後は洗い物などで調理の方々はお仕事をしていましたわ」


「雑用係の女か?」


「確か女性は六人だけの計算に、どこか一つ部屋を埋めているのでそこに姿が無いならば」


 突然そんなことを提示されるも時間が惜しいと兵に「二人でその女性用部屋を訪ねて、抜け出してる奴が居ないかを確認するんだ」指示を下す。部屋の総数と人数を事前に話を聞いて寝る前に数えていたからこそ気づけた。


 夜明けまでもう少しありそうではあったが、ここから寝ることもないと着替えを行い二人ともリビングに出る。工夫らのうち、再度寝付けなかった数人も椅子に座って状況を黙って見詰めていた。兵が二人戻って来ると「ココナという雑役女が行方不明です!」想定内の報告をあげて来る。


「お兄さまがここにきて最初に声をかけた洗濯をしていた女性ですわ」


 名前と顔が一致する、体格を考えれば先ほどの影と類似していると判断した。そんなのが単独で行動を起こすわけがない、こちらに支援をするメンバーが揃っていないということは。考えが巡ったところでキャトルは立ち上がった。


「エシェッカはアリシアンさんのところで一緒に居るんだ。私達は王子の居る宿に向かうぞ!」


 裏に留めてある馬に飛び乗ると、四人の兵を引き連れて暗い中宿へと向かう。月明かりと昨日一度通った兵が二人混ざっているので馬が迷わなかった。途中姿を見掛けた四人の兵も呼び寄せて九人で宿に辿り着く、すると不明の影が外で争いを起こしていた。


 どの影が敵か味方か俄かに解らない、多くの姿が馬の嘶きに気づいて注意を向けて来る。


「エトワール警備隊だ! 全員武器を置いてその場に伏せろ!」


「おお、こやつらを殺せ! 殺すんだ!」


 宿の壁際を背にして数人に囲まれている姿がそんな声を出した。数が少ないのが王子、多く囲いの外に居て背を向けているのが不逞の輩と断定した。


「王子殿下の救援を行う、賊を打ち倒せ!」


 四人ずつ騎馬兵が左右に膨らんで包囲攻撃をしている奴らの背を狙った。エシェッカの側は陽動、宿へ意識を向けさせないための混乱を起こすだけのものだと今判明する。実際に誘拐する必要もなければ、するつもりもなかったのだろう。こちらのかたが付くまで一時間も稼げればそれだけで良し。


 賊の数は二十人ほど、王子の護衛は十人を切っている。そこへ挟み撃ちを仕掛けるように八人の騎馬兵が仕掛けたらどうなるか、騎馬の体当たりで四人が跳ね飛ばされて即座に戦闘不能。馬上からの切り下ろしで五人があっという間に負傷する。あまりに一方的な戦力差に「退け!」賊が身をひるがえして四方に散る。


「追撃しろ!」


 走って逃げる賊の背を撫でるように切り付けるとあっさりと転倒した、それがまた五人。民家の間を縫って逃げていくのは追い切れず、残りは姿を見失ってしまった。集合を掛けて倒した賊をまとめて縛り上げるよう命じる。下馬して王子の側へと進み出ると、顔を確認して拳を胸の前に置いて立礼する。


「殿下を脅かす賊徒を成敗いたしました。どうぞお心をお鎮めになられますよう」


「助かった、よくぞ駆け付けた!」


 エトワール伯爵領内で何事か起これば伯爵の落ち度に直結する、これは王子の為でもあるが半分以上は自分たちの為。生きるか死ぬかの前ではそういったことも吹き飛ぶだろうが。


「未だ状況は予断を許しません。速やかに安全な場所へ移動をされることを提唱致します。こちらより護衛をつけさせていただきますので、ご許可を」


「うむ、そうだな。任せるから直ぐに移動だ!」


「王子殿下がこれより速やかにリュエール・デ・ゼトワールへ向かわれる! 殿下の命である、異論は認めん!」


 これには王子がぎょっとする、行くには行くつもりだったが、今から直ぐに向かうなど考えてもいない。しかし任せると言って舌の根も乾かぬうちに却下も出来ず、黙っているしかなかった。キャトルが王子を欺いて行動させようとしているが、これに気づいてもその流れに乗るしかなくなる。


「私は賊の捜索をして後に向かいますので、一隊をお付けします。四方を囲い決して賊を殿下に近づけさせるな、今なら不逞の輩もまさか直ぐに動くとは思っていないはずだ、行け!」


 実際この場に留まるよりも遥かに上策なので文句も言えない。一隊に護られて王子の一行はそそくさと暗夜街を出て行ってしまう、と言っても直ぐに明るくなってきたが。上手い事王子を追い払えたことに満足して、転がっている賊に視線をながすキャトルだった。


  

 夜明けになって警備兵が郊外でココナを発見し拘束した。連れて来られると顔色を蒼くして俯いている。キャトルは敢えて罪人が転がっている場所で取り調べを行うことにした。


「どうして君がここに連れて来られたかわかるかい?」


「そ、それは……」


 手荒な真似はしたくないので、素直に喋るならばと決して威圧的なことをしない。暴力など最後の手段で充分なのだ。気配はともかく、あの部屋で見た人影と概ね一致しているので確信があった。言い籠もっているのは解らないわけではなくて、答えるわけにはいかないから。


「あの部屋で何をしようとしてたんだい、私と目が合ったよね」


「暗かったのにそんなはずはありません」


 しらを切ることに決めたようで、視線を逸らしながらもそう抗弁した。ふむ、とキャトルも言葉を選ぶ。暗かったと即答したことには目を瞑る、何せ夜は何処でも暗いのは当然だ。


「月明かりがあったから充分見えたよ」


「そうでしょうか?」


 ランプがあったわけでも、地下に居たわけでもない、そこは否定することも指摘することも無かった。恐らくは同じ風景が頭に浮かんでいるとあたりをつける。


「そもそもあの部屋は鍵かかかっていました、これです」


 ポケットから部屋の鍵を取り出してココナに見せると、ぎょっとしてしまう。動かぬ証拠、ではないのだが。


「どうしてそれが……」


 何のことはない、単に自分が持っていたのを見せただけでブラフだ。動揺しているとそんなのでも気になるらしい。この際見せるのは何でも良かった、あとは勝手に邪推してくれるはずだから。

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