第15話 血は争えない典型親子-3

「伯都から来ている職人が集まっている場所で部屋を融通できないか交渉してみよう」


 橋の視察を一時中断して、工夫にその場所を尋ねて皆で向かう。そんなに距離が離れていないところに、長屋のような建物があって星の旗を掲げていた。間違いなく伯都からの一団が暮らしている家だろう。外で洗濯を干している雑用係の女性に「伯都から来たキャトル・エトワールです、ここの責任者に取り次いでいただけませんか?」声をかけると走って長屋に行ってしまう。


 下馬して待っていると、禿げあがった頭の五十歳くらいの男を先頭にして数人が出て来た。上半身裸の上に、ノースリーブのベストのような何かを着ていた。


「臨時警備司令のキャトル・エトワールです」


「職人組合頭のアリシアンでさぁ。エトワール様がどんな御用件で」


 警戒をしているわけではないだろうが、若干低めの声で対応してきた。工事の状況が思わしくないなどがあるのかもしれない。


「用件が二つあります。一つ目は橋の復旧工事で不自由があれば伯爵にお伝えします、何か御座いますか」


 叱責でもされると思っていたのかアリシアンは一瞬だけ眉をぴくっとさせてから、顎に指をあてて考える。


「まず圧倒的に人手が足りねぇ、それも男手の力自慢が。このままじゃ冬前に橋は架からない」


 そうは言われても簡単に集められるなら誰も苦労しない。兵士をこの任に充てるのは最後の最後だろう。


「左様ですか、では伯爵に伝えておきましょう」


 メモ帳に記録しようとしたところ、後ろからエシェッカが口を挟む。


「あの、人なら集められるかも知れません」


 アリシアンが目を細めて「あんたは?」端的に誰何した。


「申し遅れました、私はエシェッカ・エトワールですわ」


 聞き覚えがったようで、ほぅ、という表情を浮かべた。風雷被害の工事現場であるのだから無関係でも話題に上ることもあったろう。


「エシェッカ、どういうことだろうか」


「お兄さま、あのガレー船の船員さんたちですが、暇を持て余していて日雇いの仕事をしているとか。こういう力仕事なら得意なのでは? それに工夫に賃金も出るんですよね?」


 事情を知らないアリシアンではあるが、ガレーの漕ぎ手ならば体力的に全く問題ないと「そいつらなら歓迎だ。金は払うさ」キャトルに先んじて承諾してしまう。


「そちらが宜しいならば、速やかに手配を行います。こちらで雇いあげるので煩わしい事務は引き受けさせていただきます」


「そいつは助かるぜ。んで、もう一つの用事はなんでぇ?」


 大問題であった架橋工事の遅延、降雪前に終わるかどうかで評価も費用もかなり違ってくる。それを解決出来そうな見込みがでてきたのでアリシアンは心なし機嫌がよくなる。七日とせずに屈強な男手がわんさか増える、どうとでも計算できた。


「我等一行、一泊する場所が無くて。部屋を貸してはいただけないでしょうか?」


 どんな厄介ごとを言われるのかと思っていたら、一泊したい。どう考えてもそれ以外の内容には聞こえないので「おー、構わんぞ! 飯だってつけてやる。ははははは」いとも簡単に受け入れられてしまった。何のことは無い、徴発することだって出来るのだ、キャトルは伯爵の代理人と強弁出来るのだから。そう言う意味ではエシェッカも変わりはしないが。


「快諾ありがとう御座います。一隊はここで待機を、二隊は周辺の調査をしてくるんだ」


 拠点が決まったことと、王子の警護をする準備という仕事が産まれた。別れて動いていた一隊の四人を手元に置いて、残りで被害調査を兼ねて偵察させる命令を下す。橋の視察の続きをしなければならない。


「アリシアンさん、橋の状況を教えて頂きたいので同道お願い出来るでしょうか」


「ああ、見ながらがいいですな」


 同意を得たのでもう一つの懸念を本人に尋ねる「エシェッカはどうしますか?」残っても行ってもどちらでもよい。橋に行けばまた王子と鉢合わせる可能性はあるが。


「お兄さまの邪魔をしてはいけないので、こちらに残ります」


 組合頭と二人で橋へ向かって行くのを見送ると、エシェッカらは星の旗を掲げる長屋へと入る。七棟ある建物のうち六つが住居で一つが倉庫になっていた。住居は四つに仕切られていて、それぞれが二段ベッド三つ、六人部屋になっていた。


 兵舎は八人が基本になっているので、その意味ではゆったりとしたスペースが確保されていることになる。一人部屋でこの仕切りよりも広いところに住んでいるエシェッカとしては、何とも感想を口にしがたい部分があった。神殿でも補助巫女と二人で一部屋、やはりここよりも広かったのを思い出す。


 泊まれることが肝要、そう思えば何一つ不満など無い。先ほど洗濯を干していた女性を見掛ける。


「あの、今日こちらに泊まらせてもらうことになりました、宜しくお願いします」


 名乗ると驚かれ、向こうもココナと名前を教えてくれる。歳は同じ位か少し上か、後ろで縛っている髪は無造作にまとめられていて、手も荒れている。それが普通なのだがもう少し手入れをすれば映えるのにと思ってしまった。


「ここって何人ほどいらっしゃるんですか?」


「百十四人の工夫と六人の調理夫、あたしみたいな雑用が六人よ」


 そこそこの大所帯、ここまで体力勝負だと調理場も男の戦場らしい。復旧工事がどれだけ大変なことかの一端を知ってしまったような気になる。各地の復旧にまだまだ人手が入り用になって来る、暫くは土木工事が多くなるとおぼろげに感じる。


「みなさん伯都からいらっしゃってるんですか?」


「全員は解りませんが、各地から集まって来てる感じですね。農繁期だけどこちらを優先してくれてる方も多いようです」


 農民が国民の多くを占めている、力仕事の農作業ではあるけれども、分割できる部分を見付けて置けば時間はかかっても子供たちでも作業が可能。それで何とか人を送って来てる。


 王子と顔をあわせたくないだけで旅に出てしまった自分がちょっとだけ情けなく思えてしまった。そしてばったりと出会ってこうやって迷惑を振りまいていると考えた時、どうにも申し訳ない気持ちで溢れる。存在こそがお仕事なのは聖女も王子も同じとしたら、ココナにはどう映っているやら。


「私にも出来ることがあれば言ってほしいです」


「そんな、お嬢様に働かせるなんて出来ません!」


 それはそうだとわかりはするが、黙って座っているだけというのは今は落ち着かない。自分で仕事を見付けるしかないのは良く理解出来た。調理場に入ればかえって気を使わせるし、部屋を片付けるにもそもそもベッド以外は置いてない。結局は何も出来ずに皆の安寧を祈ることにした。


 陽も暮れて工夫らが戻って来ると、家のテーブルが人で埋まる。一気には食べられないので、食事は半数ずつだ。今日は少し乱れているけれど誰もそんなことは気にしない。隣の建物で歓声が上がったような気がした。


「お兄さま、さきほどのは?」


「ん、きたみたいだね。すぐにわかるよ」


 そういって微笑むとスープを口にする。歓声は徐々に近づいてきて、出入り口がノックされて帽子をかぶった小太りの中年が顔を出す。愛想笑いを振りまいていた。


「お、こちらでしたかエトワール様。ご指定の品をお持ち致しました」


 小僧が樽を抱えて後ろから入って来る「どうぞエトワール様からのビールです!」キャトルが「皆さんで」と短く言うとここでも歓声が上がった。なるほどこういうことかとエシェッカも頷いてしまう。こうやって報いれば帳尻もあう、簡単な方法すら頭から抜けていて顔が赤くなってしまった。


 恥じようがどうしようが今さらだ、仕切りのある部屋に入るとベッドの下段に腰を下ろす。ため息をついた、出来ることをもっと考えようと。小一時間ほど一人で思い悩んでいると、部屋の扉が開いた。


「お兄さま」


「あー……うーん、そうか。いや、すまない」


 何故か歯切れが悪い、キャトルはドアノブに手をかけたまま立っていた。


「どうかいたしましたか?」


「それがだね、私はここで寝るようにと部屋を指定されたんだ」


「え、お兄さまもですか?」


 そういえばと思い出し部屋の数から工夫らの数を引いてみると、部屋が三つしか余らない。六人が三つ、騎馬隊は十二人となればだれかがエシェッカと同室になってしまう。まさか雑用係の下女を伯爵令嬢と同室には出来ない、同じくキャトルも。


 部屋が足らない、ならばこの二人を同室にしてしまえとなったかは不明ではあるが、他が埋まっているのは事実のようだ。


「済まない、私はリビングの床ででも休むことにするよ」


 部屋を出て行こうとするのを「お待ちを! あの、私は構わないのでお兄さまもここでお休みください」散々役立たずを自覚したせいか、少し声が大きくなってしまう。かなり大それたことを言っているのには後から気づいた。


「体調管理も職務のうちだ、そうさせて貰おうかな」


 反対壁側のベッドに歩いていくと上着を脱ぐ。燭台の灯りは低めではっきりとは見えないけれど、均整の取れた素敵な身体だなとぼーっと見詰めてしまう。気づいたキャトルに笑いかけられてしまうと、自身でも解る程の熱を頬に感じる。


「橋の具合はどうだったのでしょう?」


 慌てて話を振る、聞いてもどうしよもないのは承知している。話題を作りたかっただけ、もちろんキャトルはそんな彼女に合わせてくれた。


「今季中に元通りになる見込みだよ。これで輸送の馬車が街道を通れる、冬季の交易が出来ないとなれば痛手だからね」


 折角の交易港があるのに品を外に出せないと大いに困ってしまう。山道などが細くても残されているのにも理由がある、完全に遮断されないようにとの予備や保険の意味合いだ。問いかけはしたもののその後が続かずに「お休みなさいお兄さま」そそくさと布団を被ってしまう。

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