第14話 血は争えない典型親子-2

 一旦北西に進路を向ける。このあたりは少し山があって、それらの間の尾根を街道に使っていた。河も流れているので今後開発されていくだろう土地、今はごく少量の砂金がとれるので、その採掘者が集落を作っている。冬場には雪で閉ざされてしまうので、春先から秋までの仮逗留という形が多い。


 時折住人に挨拶をされる度に、軽く言葉を交わしてゆくキャトル。こういう部分が今まで見てきた貴族とは違うなとエシェッカは感じていた。昼を過ぎて少しすると比較的大きな村が見えて来た。


「今日はここで泊まる、温泉で有名なところなんだ」


「え、温泉があるんですか!」


 王国内でもいくつかある温泉地、基本は山間にしか湧かないらしく王都で暮らしていたら入ることはできない。そんな温泉が伯都からこんなに近くにあったとは知らなかった。しかも聞くところによると熱いのが湧いているそうで、より興味をひいた。温泉は殆どが冷たいもので、それを沸かして利用している。


 騎馬に警戒されはしたけれども、それが伯都からの警備隊でキャトルが率いていると聞くと村長が大歓迎を示した。困っていることは無いかと話を聞くことにして、明日の朝までは自由とエシェッカは温泉へ直行してしまう。それを嬉しそうに見詰めるキャトルだった。


「村長、不自由があれば伯爵へお伝えしますが」


 それが父親であっても対外的には伯爵と呼称する。公私を混同しないように常日頃心がけているのは、民にとって安心できる姿ではないだろうか。うーむと少しばかり考えた後に、何か思い出したようだ。


「最近ですが汲み井戸に砂が混ざることが多くなっていまして。人口も徐々に増え、そろそろ水が不足を」


 井戸に砂が混ざる、その原因までは不明。ここで判明せずとも伯都でならば明らかになる可能性はあるので、メモをして懐にそれをしまう。


「なるほど。わかりました、この件は必ずお伝えさせて頂きます」


 温泉が湧いてはいても、飲み水は不足する。というのも温泉水に混じっている鉱物の類が飲用に適していないからとのこと。鉄泉と呼ばれるそれは茶褐色のものが浴槽の岩場にこびりついているので、実際口にするのは何と無く素人でも良くないと納得できた。


 一方でこれがごく少量ならば別の効能があるとも聞いたことがある。それをここで村長と語ることもないが、聞き及ぶところでは貧血や生理不順に効果があるとキャトルは知っていた。エシェッカと話すことも多分ないだろう。


「街道を外れると熊がうろついているのでご注意を。小さなのでも人と同じくらい、大きければその二倍はありましょう」


 街道は基本馬車がすれ違えるほどの幅があるだけ、その両脇の草木を除いているくらいはあるが、道路として使えるように締め固められている部分はそれほど広くない。熊が脇から現れたらすぐ目の前、知っているといないとでは直後の反応に大きな差が出てしまう。


 生物の種類として熊がこの地方でも数種類、大人の熊でも村長が言うように人と同じサイズのも居れば、明らかに巨大なのも存在している。山の一角に棲んでいると噂されている赤毛の熊は、立ち上がり前足を拡げると確かに人の二倍はある大物らしい。


 そこまで大きければ剛毛で分厚い皮を手持ちの武器では貫けない可能性すらあった。城攻め用の兵器で対応するか、或いは火で撃退するかが考えられるが。


「よく出歩く時期なのでしょうか?」


 冬眠前は一番活動的になり、餌を集める時期だ。雪が降る前の木枯らしが吹くころ、熊の目撃例が増えるのは報告書で見知っていた。正確には解らないが、肌寒さを感じ始めたら注意をしようと思い始めるそうだ。


「それはまだ先の話ですが、誤って人里に降りて来た熊が、味を知ってしまうと何度もやって来るので。恐ろしいことです」


 熊が味を知るのは人間そのもの、そうなれば討伐すべき対象にすらなってしまう。備蓄の穀物などを漁るのではなく、柔らかい生肉を狙うのは最早野生動物ではなく人類の敵。


「注意を払うようにしておきます、御忠告ありがとう御座います」


「大してお構いも出来ず、そのようなお言葉を頂けるとは。エトワールも安泰のようで嬉しい限り」


 拝みだしそうな村長に苦笑して、村の巡回を自発的に行うことにする。前に見に来た時よりも確かに家の数が増えているのが感じられた。



 ゲーミカまではそこから二日掛かった、距離は当然のことだが山脈を縫って移動をしたから。平地を行くつもりならば一旦街道を折れてハビオという街を経由すれば五日でたどり着ける。そちらならば道も広いし一日ごとに街があり旅は楽だった。


 物事の多くには理由や原因というものがある。此度の事で行けばキャトルが長いこと通らなかった間道を視察したいからとの職務的考えからだ。間には小さな集落しかなく、村長も存在しない、しかし道は繋がっているとなれば悪用されてはかなわない。


「この地方には代官を派遣すべきだと記録しておこう」


 港と王都への国境を行き来するのには二本の街道がある、この狭い山間部を行くか平地を行くか。この山間に代官を置いて、検問を設置して通行を不能にしてしまえば検問所の管理者側が三日の時間を稼いで移動することができる重要地点とみなしたのだ。


 それは軍を想定したものではなくて、規模の小さな犯罪者についてのこと。追っ手をかけてこちらを通過すれば先回りできるという寸法。有効にならなければそれはそれで良いけれど、いつか意味を成すだろうと確信していた。


 きな臭い噂が立っているゲーミカは、先の風雷で豪雨が集中し道が寸断されて橋が傾き畑が水没してしまった土地。真っ先に迂回路を繋げて、時間をかけて橋を元に戻している。地元の力だけでは全く足りないので、伯都から派遣されている職人らが結構いた。そのほか有志による復興応援団が駆けつけているのだが、これらが問題の集団。


「エシェッカは先に宿で休んでいてくれるかな」


 やるべきことがあるので二手に分かれて行動しようと提案する、半ば指示ではあるが言葉遣いがそう感じさせなかった。純粋に休んでいてくれればよいという気持ちが強いからだろう。


「はい、お兄さまは?」


 受け取る側にも感情がある。キャトルが言うことならば素直に従う、人というのはそういうものだろう。


「橋の視察に行って来るよ、そんなに遅くなることは無いから」


 半数の騎兵を宿に、半数を引き連れてキャトルは分かれ道の向こう側へ行ってしまう。そういう指示を受けているのだから邪魔をしてはいけない、彼女は半分になった騎兵の一人と同乗して街に向かう。温泉があった街と規模としてはさほど変わらない、それなりの建物が並びそれなりの人影がある。


 有っても無くてもという街こそが、その地方の経済の平均を映し出す。食うに困る者は少なく、驕り高ぶる者はもっと少なく、平和の一言で片づけるのは悪いがうってつけの単語。何度も道が崩れている場所を迂回してようやく宿に辿り着く。


 妙に賑わっているのを不思議に思いながらも馬を降りて人ごみに混ざって先を見る。


 ――嘘でしょ! 何であの王子がよりによってここに居るのよ!


 もう少し後になったら王都を出るような話って感じだったはずなのに、目の前に存在している事実にまずは驚愕。次にどすうるかといえば、即座に逃げる、これだ。人混みから回れ右で駆けだす、そのつもりだったのに。


「聖女様ではありませんか!」


 人ごみに混ざっていた王子の側近が姿を見て声を上げた、そのせいであちこちからの視線が集まってしまう。こうなったら逃げるに逃げられずに立ち止まって下を向く。騎馬隊の人たちは短くやり取りをして馬を降りて、それとなく周りを囲むように位置する。


「おおエシェッカではないか、聞くところによるとまだ婚約をしていないそうではないか。俺のことを許してはくれないか、またやり直したいんだ」


 王子が群集を割ってそんな台詞を吐きながら近づいてくる。誰一人それを止めることなど出来ない、腐っても王位継承者だから。国の制度を呪っても仕方ないので彼女も振り返る。


「お久しぶりです殿下。私はエトワール伯爵の養女になりましたの、ですのでその件はお父さまとお話をお願いします」


 自分で返答しないそれでこの場を乗り切ってしまおうとする。にやりとして王子は「恥ずかしがる必要はないぞ。俺は一度や二度振られたくらいで引き下がるような男ではないからな。安心してこのプロポーズを受けてくれて構わん」純真さの欠片も無いだろう中身でも、外面は良いもので、村の娘が盛り上がっている。


「私お兄さまと約束していたのを思い出しました、ごきげんよう」


 そそくさと宿を立ち去って騎馬隊の人にお願いして乗せて貰うと、ここではないどこかへと向かう。キャトルが行った反対側の道、恐らくは役場があるところへ行くことにした。こんな小さな街だ、直ぐにまた顔をあわせてしまうことになる。真っ先に報せておくべきことを抱えて姿を探す。


 馬の姿が見えたので駆け寄ると、大きな建物の前の橋が工事中でそこにキャトルが居た。役場の前が街道になっていて、橋がそこで壊れているといったところ。


「お兄さま!」


「おや、宿の場所がわからなかったかい?」


 そうはいったものの、何かあったらしい雰囲気を感じていた。騎馬隊の面々も真面目な顔をしている。


「宿に王子の一行が、話しかけられましたが慌てて切り上げてきました」


「もうここに? それは……想定外ですね」


 キャトルの試算ではまだ三日はかかる見込みだったのだ。こちらと同じようにどこかで時間を稼いで移動をしてきた可能性を否定できない。それにしたってピンポイントでいきなり接触をしてしまうとは、落ち度があると言うよりは運が悪い。


「同じ宿に泊まるのだけは避けたいです」


「ゲーミカに他に宿は無いみたいだけど、確かにあまりよくないねそれは」


 ここで一日調査をしなければならないので、街を移動するのは無しだ。王子の警護もしなければならない、かといってエシェッカを放置も出来なければ単独行動をさせるわけにもいかない。何とかならないかと思案する、ここはエトワール伯爵領だ地元の利を存分に生かす手段を模索する。

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