第13話 血は争えない典型親子
◇
好きでそうしたわけでもないのに、婚約を破棄された。その上で二度目はお断りした、こちらはそうしたくて。大抵はこうなればもう顔を会わせるのも気まずいので、お互い近寄るどころか目をあわせようともしないことが多い。そう信じている者は多数派では無いだろうか。
エトワール伯爵領でいまちょっとした話題が持ち上がっている、王子がやって来るということで。国内視察、それが本当は旅行だろうと仕事だろうと関係なく、貴人が動くと警備を始めとして様々なことがらが起こるものだ。それが下位とは言え王位継承権を持っている人物ならなおさら。
本決まりになるまでは敢えてエシェッカには知らせずにいたが、流石にそういうわけにもいかずにサルヴィターラが「お知らせが御座います」と全てを話してしまう。それで何がどうなるわけでもないけれど、知らないわけにもいかないので。
――うへぇ、絶対に側に寄りたくないわね。
正直なところ関わりを持ちたくない。それでも王子がリュエール・デ・ゼトワールにやってきたならば、絶対に伯爵と面会する。そうなれば話題に上るのも必至だ。への字口になって唸っているエシェッカ、その背景も当然聞き及んでいるサルヴィターラが一つ提案をした。
「国境の警備指揮に出ておられますアンリ様への慰問をされてはいかがでしょうか?」
挨拶を兼ねてのことだとは言うけれども、用事を作り出して伯都から離れてしまえという助言。それがとても魅力的に思えてしまったのも無理はない、それにいずれ挨拶には向かう予定だった。
「そうですわね。アンリお兄さまが喜ぶ品も持っていけたらと思います」
眼鏡をくいっと上げると、アンリだけでなくその妻の好みまでを答えてくれた。こういうところが家付のメイドだなと思える部分。いくつかおすすすめを出してくれてその中からエシェッカが選ぶ。
「一人とは行きません、キャトル様に同道をお願いしてみてはいかがでしょうか」
「ええ、お話しに行ってきますわ」
笑顔で部屋を出て行く。謹慎中は別邸で一人だったけれど、今はこの屋敷で暮らしている。用事があって外に出て居なければ、大抵は中庭で訓練をしているか、自室で何かしらの学習をしていることが多い。窓から外を見て姿が無いので部屋へ向かった。三度ノックをして「キャトルお兄さま、いらっしゃいますか?」在室を確かめる。
内側からドアが開けられ「どうしたんだいエシェッカ」迎え入れてくれた。机の前にある椅子を引いて座らせてから、自身はベッドに座った。
「私、アンリお兄さまにご挨拶する為にリュエール・デ・ゼトワールを離れたいのですけど、一緒に行っていただけないでしょうか?」
ふむ、とキャトルは一度言葉の意味を整理する。街を離れたいと言っている、理由は兄に挨拶をするため。わざわざ離れるということは無くても通じるのに言葉にした、それはそちらが目的の一部になっているかだろうと推察する。王子がやって来るのは当然耳にしていた、無関係というにはあまりにタイミングが良い。
「そうだね、ならそうしようか。私もこちらに来てるんだから会っておきたいと思っていたんだ」
真意を知りそれでも触れようとしない、これがキャトルの答え。相手が望んでいることが何かをきっちりと理解している。紳士とはそういう存在だ。それに彼が断ってしまったら誰が同道するのか、先日の危険があったばかり、他人任せにはしたくない上に聖女の庇護者としての役目がある。
快諾されてほっとする。これで嫌な思いをせずに済むだろうし、余計な迷惑の種にもならずに済むと。行くとなったらいつどうやって、実務的な面に話が進んだ。
「キャトルお兄さまのご都合で日時を決めましょう」
エシェッカはこれといった固定の用事は一切無い。神託はいつ下るかわからないというのと、その存在自体が重要であり、何かを求められているわけではないから。一方でキャトルは自身が出来ることがあれば積極的に行う、警備の人出が足りなければそれに加わることが何度もあった。
「準備もあるだろうから、明後日の朝に出発ということにしてもいいかな。移動の為の手配などは私が全てしておくから、エシェッカは身の周りのことを用意しておいてもらえたらいいよ」
「はい、わかりました」
戻って行く背を見てキャトルは上着を手にして自分も部屋を出た。そのまま伯爵の執務室へと向かう。
「父上、キャトルです」
「入れ」
中ではドラポーがいつものように書類を決裁している。多くの処理を己でこなしているので量が多い、委任するのを嫌っているからだ。他人を信用出来ないなどの理由ではなく、自分の領地の出来事くらいは把握していきたいとの思いから。
「エシェッカがアンリ兄上を訪問したいと言ってきました。明後日出かけますのでご報告までに」
決定事項を報告だけなら秘書官にでも一言伝えるだけで済む、そうしなかったならば何かしらの用事があったから。近く王子がやって来ると報告書が上がっていた、それに関係があると直ぐに解る。
「そうか。風雷のせいで治安が乱れている地域もあるはずだ、気を抜くなよ」
「それですが国境の街であるズシーミの手前にあるゲーミカでよからぬ噂が」
報告書の山にあった一部の未確認情報、ゲーミカで復興支援を装った在地工作が行われていると。支援自体がしっかりされているので、今は放置して注意を向けているだけ。狙いがはっきりしていないので、検挙しようにも取り逃がす可能性が高い。
「どのような噂だ」
「要人の誘拐」
ドラポーがその真偽をはかりにかけた。確かに街道を繋ぐ街、ここで待っていれば港を目指している者は必ず通る。誘拐して直ぐに船に連れ込んでしまえば国外へ出るのも早い。ズシーミは警備が厳しい、だが一つ内側に入ってしまえば後方地という考えで警備はゆるかった。
火の無いところに煙は立たない。だとしたら王子がやって来るとの話と、その噂が出て来た時期が一致するのは気持ち悪かった。そこでキャトルが自分でやってきたことに繋がる。そうなれば相反する事態になりかねないが、そこは息子が上手い事やるだろうと触れずに済ませてしまう。
「街道の警備増員では余計刺激をする可能性がある。護衛の随員という名目でどうだ」
王子がやって来る時期に合わせて街道を警備しながら国境の街にある、アンリの本部に向かう。これならば下手に動かない方が良いとの選択肢を与えることが出来て、その後に調査するだけの猶予が与えられるとの寸法だ。エシェッカの行動があれば良い隠れ蓑にもなる。
「騎馬兵の一個中隊もあれば幅広く対応可能です」
「良いだろう、明日選抜しお前が率いろ。臨時警備司令にする、委細任せた」
「畏まりました」
白紙にドラポーが署名押印するとそれを渡した、勝手に命令書を書けと。根拠を与えられて恭しく受け取るともう一つ。
「任務の折にエシェッカが同道するわけですが、あの王子と接触することになってしまった場合、私の功績と相殺という予定でよろしいでしょうか」
拳を握って殴る真似をしてにやりとする。やれやれとドラポーは普段は丁寧な息子を、やはり自分の子だと再認識した。相手を見てやるかやらないかを決めずというところに。以前自分が、王族であってもぶちのめしてやれと言ったのは覚えている。
「順番を間違えるなよ。ま、最悪ほとぼりが冷めるまで他国に赴任で有耶無耶にしておく、好きにしろ」
「お言葉通り好きにさせていただきましょう。では」
満足な表情を浮かべて部屋を出て行く。どこまで行ってもエトワールは海賊根性が抜けない、自身を含めてそうだとため息をつくドラポーであった。
◇
朝になり玄関の前で荷物を馬に乗せる。エシェッカは一人で騎乗出来ないので、荷物だけを背負う馬とキャトルと二人乗りをする馬二頭で屋敷を出た。結構目線が高いので最初は怖かったが、ちょっと歩くと今度は楽しくなってくる。馬車という選択肢もあるにはあったが、一人だけなら一緒に乗った方が色々と好都合。
「これで早駆けしたら鼓動が破裂してしまいそうですね」
「ゆっくりと歩かせるようにするさ。寄るところがあるからまずはそっちに行こう。父上からの用事があってね」
街を離れるのが目的なので寄り道だろうとなんだろうと、彼女は全く気にしない。到着が一日、二日変わっても全然だ。二人が向かった先は警備司令部、いわゆる警察署のようなところ。すぐ隣には陸軍司令部、反対には海軍司令部がある。
似ている役所が傍に在るのは利便性の問題でしかない。戦時ならいざ知らず、普段はそんなに人が居なかったりする。それなのに軍馬に乗っている兵士の姿が十数人目に入った、軽装というわけでもない。
「何かあったんでしょうか?」
ちょっぴり不安になる彼女に「そういうわけじゃないんだ」微笑して短く答えて近づく。軽く片手をあげて警備司令部前に居る騎馬兵に声をかけた。何のことは無い随員として彼が指名した者らがやって来るのを待っていただけ。
「やあ、準備は出来ているかい」
「キャトル様、万端です」
数は十二人、四人で一つのグループを形成していて、それが三つで一個中隊と呼ばれている数だ。これが歩兵だったら百人と同じ位の戦闘能力と計算されている。きょとんとしているエシェッカにここでようやく説明をする。
「紹介する、私の妹のエシェッカだ。みな宜しく頼む」
当然それだって昨日のうちに説明はしてある。改めてこうするのは彼女を不安にさせないためでしかない。
「聖女エシェッカ様、同道宜しくお願いします」
一緒に行く人たちだと解り「エシェッカ・エトワールです。皆さん、こちらこそよろしくお願いしますわ」場の雰囲気に合わせて自己紹介をする。二人きりだとか思ってたわけではなかったけれど、どこかしら残念とも思える不思議。本人にすらわからない感情があった。
「街道の警備をしつつ、兄上のところに向かう。急ぐことではないが、警戒は怠らないように」
ドラポーが理由付けをしてくれたんだとエシェッカが好意的に解釈する。それと先日の海鳥亭でのこともあって、人を増やしてくれとも。それが何だか嬉しくてつい笑顔になる。
「エシェッカどうかしたかい?」
「いえ、ちょっと嬉しくて」
突然ご機嫌になったのが何故かはわからなかったが、まずは街の西側にある検問所を潜った。この先は自由区域と言われていて、市街地に住めない市民が暮らしている場所だ。街で働いて住処を得ると転居したり、人里から離れていないと出来ない農耕牧畜を生業としている者が住んでいたり、費用面でこちらに屋敷を構えている者が散らばっている。
そこから更に外に出たら未開発の伯地で、ここを開墾したらその人物の代は租税を免除するという危険地帯だ。腕に覚えがあって、集団で開拓をする者達が住み着いていたりする。当然伯地なので外敵や山賊が現れたら討伐に軍をだしてくれたりはするが、普段は自衛しなさいということになっていた。
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