第12話 エシェッカの初陣-5

 二つの埠頭の真ん中に待合所のようなものがあって、その後ろには倉庫が並んでいる。こうすれば使うのに便利だと言う現場の効率が考えられていた。一番大きな警備船、それにだけ星が刺繍されている大きな旗が上げられていた。


「あの星の旗が、エトワール家のものなんだ」


 言われてみれば屋敷にもあった気がする。あれほど大きなものではないので目立たなかったが。第一埠頭の付け根のあたりにまで歩いていくと、警備船から水夫らが次々と降りて来た。その中で一人だけ長袖で帽子をかぶった男が混ざっていた。


「トロワ兄上、無事の帰港おめでとうございます」


「おーキャトルか、王都に行ってたはずじゃないのか?」


 船上にあったので情報の更新がされていない。後ろに従っている水夫、片方はベテランの壮年で、もう片方は四十代くらいだろうか。


「今はこちらで勤務中です。紹介します、妹のエシェッカです」


「初めまして、エシェッカ・エトワールです」


 丁寧にお辞儀をするとトロワがどういうことかを一考する。次兄が結婚したなら義姉とでも呼んでいただろうし、自分の妻なら妻と言う。妹という可能性が思い浮かばなかった。


「トロワ・エトワールだ。妹?」


 当然の疑問を口にした。例によって例のごとく隠し子の一人や二人いてもおかしくはない、その可能性は見た目上ほぼ皆無と決めつける。


「はい。先日、お父さまの養女にしていただきました」


「はぁ……養女」


 なるほどそういう線からならば妹が突然出来てもおかしくない。一体どこの親類から引き取ったのかと考えてしまった。或いはどこかの貴族に嫁がせるための養育かもと。


「ええ、今はお屋敷にすまわ――」警備船へ荷役が集団で走って行く途中で「お嬢!」と顔見知りの水夫が手を振って来たので「お仕事頑張ってくださいね」手を振り返してやる。声をかけた水夫が他のやつらに小突かれているのを見てクスッと笑う。


「失礼しました。ええと、お屋敷に住まわせていただいていますわ」


「へぇ。で、今のは?」


 親指で組合の若い衆を指して尋ねる。妙に親し気で距離が近いなと不審に思ってのこと。今度は後ろから船舶組合の幹部らがやって来る。


「トロワ様、近海警備お疲れ様でした。やあお嬢もキャトル様もご一緒で」


「デンガーン様、今日は良い天気ですわね」


「そうですなぁ、凪で海が大人しい」


 こちらとも親しく会話をしている。ふふっと笑ってトロワは帽子を手に持つ。


「なるほど、確かにこりゃ妹だ。なあキャトル」


「ええ、可愛い妹です」


 兄弟で笑いだすも、可愛いなどと言われて視線を伏せてしまうエシェッカをみて、ドン・デンガーンも混ざって笑い出した。その人物への評価を、知人を通してみることが出来れば一人前だろう。


 皆で歩きながら雑談をする、こういうところで世の変化に気づけるかどうかは大切だ。


「ほぅ、聖女様だったか! 親父殿の養女になれば虫が付きづらいか。確かに防虫効果はありそうだ」


 無遠慮に笑うあたり、ガブリエラをまた思い出してしまうエシェッカ。そこで思いもよらない一言が続いた。


「俺もそろそろだ、何ならこのままエトワールに嫁ぐってのもありなんじゃないか?」


 トロワが自分を推し出して来ると、流石に反応に困ってしまう。それを見てか、それとも別のところに何かがあるのか「兄上は独身を貫くって言ってらしたはずですが」独身貴族、恋人を作らないとは言っていないってやつだろう。


「まあな、兄貴等のところで後継ぎがどうしても出来ないってなるまでは、独り身で居るつもりだよ」


 何故かちょっとほっとしたエシェッカは苦笑してしまった。巫女は王族の婚約を受けるのが通例で、聖女としての役目を終えたら離縁されることが殆ど。その後は捨扶持を与えられ、気楽に生きていけると言えばそういう事実もあるにはあった。


 たまに妾としてそのままで、子供を得たら側室として居ついたりもする。平民出でなければ正室に収まることも当然あるが、見た目で選ばれることが多い巫女は圧倒的に平民出身者の数が多い。補助巫女として入って来るのは貴族の子女だったりするが、そこから巫女になるにはどうしても神託を受けると言う事実が必要になるから、まさに神のみぞ知る世界。


「直ぐに屋敷に戻られますか?」


「いや、組合に顔出してからにする。ギルマスがわざわざ迎えに来てくれてるんだ、それに――」一旦ドン・デンガーンと目を合わせてから「邪魔をしちゃ悪いからな。はっはっは」


 盛大な笑いを残して二人を置いて行ってしまった。やれやれと振り返り「では戻りましょうかエシェッカ」声をかけて歩き出す、その後ろに付いて行く彼女の頬は心なしか朱色に染まっているようだった。



 自室で本を読んでいるとサルヴィターラが「旦那様がお呼びです」伯爵の声が掛かったと報せて来た。しおりを挟んで身支度をすると、執務室へ急ぐ。何があったのかとノックをして中に入ると、ドラポーだけでなく、ガブリエラとトロワ、キャトル、そしてマール秘書官が勢ぞろいしている。


 なんだか場違い感が凄かったけれど、まずは一礼してやって来たことを告げる。


「まずは座れ。状況を大分省くが、エシェッカに聞きたいことが出て来てな」


 家族会議……ではない、マール秘書官が立ち会っている以上は仕事の話だ。それもこの面々だけでは解決できない何か。


「何でしょうか?」


「教会の聖装具、聖遺物などと呼ばれているものについてだが、知っているな」


 神殿に所属しているので最低限の知識は持ち合わせているだろうとの確認。もちろん「はい、存じています」期待される返答をする。その詳しい内容や実物の具合までは全てを知っているわけではないが、名前程度ならばどこかで見知ったものもあるはずだ。


「実はな、あのゼノビア船にそれが積まれていたと判明した。以前お前が水夫と話をして『逃げるように出港を命じた』という部分で違和感があったからマールに調査をさせていたのだ」


「ガレー船の船員ディングさんですね」


 てっきり食事の部分についてだとばかり思っていたので意外な話。呼ばれた理由が少しずつ明らかになって来た。


「国外への持ち出しが禁止されている美術品という扱いになっていてな、それが明るみに出ないように急いで出港をさせようと考えたということだ」


 幾つかの小間切れだった情報がまとまりを得て来る。もし埠頭で転覆でもしたら、荷物を引き上げた時に全てがバレてしまう。禁制品を扱うリスクは常に付きまとう、可能な限りここを離れたかった動機が明らかになる。


「どのような品だったのでしょう?」


 それこそが自分がこの場に呼ばれた一番の理由だと信じて話を進める。


「聖人の像ということらしいが、それがどのような物かを知っていたら教えて欲しい」


 皆の視線が集まる。


 ――聖人の像。聖人は死後に教義を広めた人物が認定されるもので、創成期の品じゃないわね。権威の象徴の為に作られて聖別されたものはその殆どが小型なはずだわ。


 部屋の中を一瞥して、花瓶を指さして「あのくらいの大きさの物で銀製品のはずですわ」大まかな指標を与えてやる。それすらも一般人では知りえない、王都まで確認の伝令を走らせたとしても数日は掛かっていたはずだ。


「いくら港内でもその大きさを探すのは難しいな」


 今まで黙っていたトロワが後頭部を掻いて厳しいと呟く。港が有限の広さであっても、砂漠で埋もれたダイヤを探すのと同じ位望み薄。


「沈没して海の底、というのが本当かも怪しいですからね」


 キャトルが大切な部分を指摘する。それだけ小さいものならば、どこかに隠しているという線も大いにあり得る。どちらにしても闇の中だ。


「撃沈した部分の抗議を取り下げさせる効果はあったが、未発見では締まらんものだな」


 そうやって交渉が行われたというのをここに来て初めて彼女は知った。司法取引というか、政治解決というか、互いに目を瞑ろうという結論にまとめた。マール秘書官は決裂しても何とも思わなかっただろうが、縛り上げても像が見つからなければ伯爵の勇み足と解釈されてしまう。


 何せその点を含めて、聖人の像という動かぬ証拠が必要だったのだ。いつまでもここに抑留しておくわけにも行かないので、どこかで見切りをつけなければならない。


「もし像が見つかったらどうなるんでしょうか?」


「そうだな、まず船の賠償は取り下げ、船長は裁判所に護送され裁きを受ける。有罪が確定すればゼノビアに抗議を行うことになるだろう」


 不正を明るみに出して正せば、それはエトワール伯爵の功績。撃沈も正当化されるならば、キャトルの功績にもなる。どうにかして聖人の像を探すことができないかを思案するも、良い案が浮かんでこない。都合よく神託が下れば一気にゴールするが、世の中そう甘くはない。


「……どうして聖人の像が積まれていると解ったのでしょう?」


 おかしい点に気づく。もし船長が沈黙していれば誰も知らなかったはずだ、情報の出どころがあると。もしかして、とガブリエラを見る。


「王都から出た商隊が禁制品を積んでるってタレ込みがあってね、それで領内を見て回ってたんだよ。もう売っぱらった後だっていうから、国境の警備を厳重にするようにアンリが直接指揮に行ってるのさ。陸じゃなけりゃ海から出てくしかない。商人を締め上げたら外国の船乗りだってゲロったよ」


 下っ端がそんな大それたことをするとは考えられないので、最高責任者である船長に的をしぼったらしい。本当に色々なことが一気に繋がって来る。


「禁制品というだけでは聖人の像とは解りませんよね?」


 どうしても全てを一気に喋らない、そのようにして試している、そう受け止める。実際がどうかはここでは解らない。


「手配書の類が王都から届いていてな、そこに記載されていた。これだ」


 マール秘書官がドラポーの前に置かれた書類をエシェッカの前に持って来る。見せて貰うと幾つかの禁制品について記述があった。品とはあるが、人物もそこに混ざっていた。


 絵画はサイズや模写されたものが別添ありとされ、武具の類や、機密書類に近いもの、それらの中に聖人の像という一文がある。何故か外見などについては詳細が無い、教会で情報を出し惜しみをしているからだろう。そして一つ気になる名前があった。


「あれ、これって……」


 市場でキャトルに買って貰った十字架を首から提げていたので取り出す。どうしたのかと注目されるが「それはあの時の?」指摘を受けると彼女は頷く。


「ここにある聖装具二重三ツ星の十字架の記載ですが、もしかしてこれでしょうか?」


 書類と共にドラポーの前に持っていき判断を仰ぐ。手にしてみて十字架と書類を交互に行き来し、エシェッカを見てからキャトルに視線をやった。


「市場の露天商が売っていた品で、たまたま購入しました。研究者が残して行った聖マリーベル教の聖装具と聞いていましたが、まさか本物だったのでしょうか?」


「露店でだと? うーむ……」


 それが本物かどうかを見て分かれば大したものだ。しかも別の宗派の品をだ。


「何か聖なる力を感じたのでキャトル兄さまに買っていただいたのですけれど、真偽の程までは」


 目を細めてドラポーが思案し、いけると踏んだのか小さく頷く。


「すまんがこれを暫く預かっても構わんか?」


「はい、必要でしたらいかようにも」


「悪いなエシェッカ。おいキャトル、別途費用を出すから何か別のものを買ってやるんだ」


「畏まりました」


 取り上げることになるかも知れないし、すっきりとさせるためにもそう指示をしておく。入手の経緯が少しばかり怪訝な部分はあるが、実物を鑑定すればわかること。


「マール、王都の司教府へ早馬を出せ。これが本物かどうかを速やかに識別させろ」


「はい、伯爵閣下」


 今しばらくゼノビア船の者たちの抑留は続けなければならない、これが当たりならばこじつけすら可能だろうとドラポーは考えていた。


「トロワ、一応だが港を潜って探させろ、見付ける必要はない」


「なるほどね。何かしら上がったという噂もまくだけまいてもおこう」


 何かの謀略が進んでいるような気がしてならなが、呼んで無駄だったと言われずに済んでエシェッカはホッとする。それから数日、王都から早馬が来てあれが本物の聖装具だと聞かされた時には驚いたものだった。

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