第9話 エシェッカの初陣-2

 活躍を聞きたい、好意的にそう解釈すると喋りたいものが次々と現れて出入り口を封鎖してしまう程だった。騒がしいことに気づいてギルドマスターが顔を出す。


「お前ら何を騒いでやがる!」


 開口一番怒鳴りつける、それに怯むようなやつは居いない。白髪頭の原因はこういった部分にあるのかどうか、苦労はしていそうだ。


「船舶組合長様でしょうか?」


「ん? 俺がギルドマスターのドン・デンガーンだ。あんたは」


 ドン・デンガーン。デンガーン氏族のドン(首領)で、やはり海賊の家系だ。船舶組合の棟梁になれるのは船乗りとして実力を示した男だけ、少なくとも船長経験者でなければ務まらない。海の上では船長が法律だ、そういった判断力を持っているかどうかが条件に含まれている。


「エシェッカ・エトワールと申します。少しお話を聞きたくて」

 

 長年エトワール伯爵領に暮らしていて耳馴染みが無い名前。なのにエトワールを称して成人している、水夫たちがもしかしたらと考えが及んだところでギルドマスターが「二階へどうぞ、お嬢様」視線で若い衆に道を譲るように睨み付けて通させる。


 後ろで「あれが聖女様か!」などの声が聞こえて来た。階段を上る途中で「皆さんの武勇伝、後程聞かせて頂けますか?」振り返って微笑むと「おう任せろ!」という声があちこちから上がる。


「やかましいガキ共! お嬢様、甘やかすとつけあがります、ほどほどに」


 険しい表情を作りギルドマスターがため息をつく。エシェッカは皆に手を振って二階の部屋へと入って行く。席を勧められて座るとまずはお礼を言った。


「風雷から多くの方をお護りいただきありがとうございます」


 そんな必要もないところで彼女は頭を下げる。この行為は必要がないからこそ有効、遜った態度をとられた相手は申し訳ない気持ちになってしまうものだ。


「俺達はすべきをしたまでです、お顔をあげてください」


 そう言われてからも数秒は姿勢を保ちようやく顔を上げた。助けられたのは彼等とて同じ、逆にお礼を言わなければならない立場だ。


「船舶組合長様に、先日のことをお聞きしたく参りました。お話頂けないでしょうか?」


「デンガーンの呼び捨てで構わないですよ。先日のというと、まあ緊急事態での対策についてですか」


 わざわざやってきた理由を考えてみると三つ思い浮かぶことがあった。一つは神託がどう受け止められていたかを知る為。次に実際にどのような対策が行われたかを確認する為。最後は、恐らくこれがメインだろうキャトル・エトワールがどうしていたかを聞きたくて。


「はい。神託は……私は皆さまのお役に立てていたでしょうか?」


 愁いを残した物言いに、ドン・デンガーンは彼女なりの立場があるのだと直観する。多くの者の命運を左右させる可能性があるのだ、きっと楽なものではない。それに他の誰がどう思っていようとも、海の男としては正真正銘ありがたかった。


「ええ、お陰で多くの生命財産が失われるのが軽減されました。言葉では表せないほどでして」


 胸に手をやってほっとする。巫女としての託宣は夢で示唆されたりもあり、伝え方に心を砕くことが殆ど。神が降りて来た時にはどうなるか、初めてだったので不安が大きかった。自身ではどうしよもないが、だからこそ他者の言葉を聞きたくなる。


「ここでデンガーン様はどのような対策をとられたのでしょうか」


「外に出ていた船に帰港を命令したり、丘での準備をさせたりと様々でして」


 端から全て答えることも出来るが、それを望んでいるわけではなさそうだと省略して応じた。案の定、エシェッカは速やかに知りたいヵ所に踏み込んで来る。彼女は外交官でも何でもない、巫女で聖女なのだ。


「ゼノビア教国の船が沈んだとか」


 得心行ったドン・デンガーンは少しばかり肩の力を抜いた。その一言で恐らく彼女の望む結果が推測出来たから。どう伝えたらよいものか、数秒間を空ける。


「こちらの停船命令を無視して出港しようとしたので、砲撃で沈めました。この港は我等の港。命令に背けば排除する権利があります」


「砲撃するよう指示をしたのはどなたでしょう」


 ここでは実際の命令を下した砲台の射手が誰かという意味ではない。制度上の話、どこにその意思決定権があったかを尋ねている。デンガーンはエシェッカがどのような言葉を聞きたいのか、全てを理解する。


「エトワール伯爵でありましょう。キャトル・エトワールは伯爵の代理人として、伯爵の権限を源泉とした意思を代わりに行使させた存在。彼の判断は伯爵の判断です」


 てっきりキャトルが責めにあっているものだと信じていた彼女は意外だった。それでは何故キャトルが謹慎をしているのか、答えは見えてくる。伯爵への責任を問われた際に、回避させるための盾として進んで志願していると。


「キャトル様の判断は素晴らしいものでしたよ。ありゃ立派な船長になれる」


 恐らくは船乗りとして最大級の賛辞なのだろう。エシェッカはまるで自分が褒められたかのように恥ずかしくなり「ありがとう御座います」と、はにかみながら答えてしまった。ドン・デンガーンが小さく笑って続ける。


「ゼノビアがいちゃもんつけてくるようなら、俺達が解らせてやるだけの事。こっちの縄張りで勝手なことをした落とし前をつけさせてやりますよ」


 手のひらに拳を打ち付けて白い歯を覗かせる。互いに非があるならば、謝罪をした方が負けだ。弱みを見せたら追い込んで来る、そういう習性をもった民族や国家は確かに存在しているものだ。


「まあそんなわけで、御心配には及びません。少しは肩の荷が下りましたか?」


「ええとても楽になれましたわ」


 表情を明るくして前を向く。来てもらった手前、落ち込んで帰られたらデンガーンとしても寝覚めが悪いのでほっとする。


「でもこの論法だと伯爵に抗議が殺到するってことですが、それは」


 どこかで誰かが責任を負うことになる。この地方の領主である伯爵が責任をとるのは当たり前だが、世の中にはそうならない不思議が溢れているものだ。


「伯爵ならばご自分でいかようにもなさるはずですわ。だって、とてもお強い方ですもの」


「ははっ、違いないですな」


 そちらへの心配は確かに不要だなと、大きく納得してしまう。


「不躾にやって来てしまいましたのに、お話をしてくださいましてありがとう御座いました」


 立ち上がるとお辞儀をする。来た時とはまるで違う軽い雰囲気にドン・デンガーンも満足して頷く。


「いつでも来てもらって構わないですぜ。ああ、それと下の若い衆はほんと甘やかさんでやってくれ。あいつらはすぐにつけあがるから」


 微笑みを残して部屋を出て一階に降りる。待ってましたと水夫が集まり、そのまま大勢で海鳥亭に場所を移し武勇伝披露会が始まる。エシェッカは全ての話に驚きと賛辞を示し、皆の心に存在を残すのであった。



 状況が動かずに数日、屋敷が慌ただしい感じがする。どうしたのかとサルヴィターラを呼んで尋ねてみると「奥様がお帰りになりました」とのことだった。知ったからには出迎えに行くべきだと、ストールを肩にかけてホールへと急ぐ。


 丁度使用人らと話をしているところに間に合った。階段を降りて目が合ったところで会釈をする。


「初めまして、エシェッカです」


 思っていたよりも若く、恐らくドラポーより十歳は下だろう女性。がっちりとした体格で、伯爵夫人というよりは女傭兵、それも格闘技をこなすのではと思わせる筋肉がついている。くすんだ赤毛が細やかにウェーブしている、肩程で切りそろえられていて動きやすそうだ。


「ああ、あんたがエシェッカかい。随分と可愛らしいじゃないか!」


 どこかの女将さんみたいな威勢の良い喋り口に、若干の戸惑いをしながらも歩み寄る。どこにも息子夫婦の姿が無い、一人なのか気にしてしまう。


「お世辞でも嬉しいですわ。先日からお世話になっています」


「あたしが知らんうちに娘が出来たって言うから、どこで浮気をした隠し子かと思ったけど、アレの遺伝子はみあたらないね。はっはっは!」


 どうにも反応しづらいことをあけっぴろげに言うものだからたじろいでしまう。夫人同伴の晩餐会などではどうしているやら。


「お兄様夫婦のお姿がありませんが?」


「領内の視察を続けるってんで別行動だよ。こっちでひと悶着あるって聞いたしね」


 それがゼノビアの件なのは感じられた。伯爵だけでは解決することが難しいのか、それとも面白がって戻って来ただけなのか。この性格だ、後者である可能性も大いにあり得る。

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