第6話 エトワール家の女-2

 椅子に浅く座ったまま、脱線してしまっている話を修正する。


 ――とても親子とは思えない口調と見た目。髪の色は多少引き継いでいるけれど。


 キャトルの体格はまあ似ている、外見はやはり血で決まるところが多い。


「うん? ああそうだな。エトワール家が聖女を庇護するものとする。キャトル、お前がきっちりと護ってやれ」


「畏まりました。エシェッカ様の不安を取り除く為に一つ確認を」


「なんだ」


 挑戦的でいて、何かを期待するかのような表情はまるで少年だった。


「もし王家が危害を加えに来たらいかがいたしましょう」


 まさかの仮定話、そんなことは無いし、あってはならない。ところが世界はそういった常識から外れることが多い。


「売られた喧嘩は買う主義だ。ぶちのめしてやれ!」


「承知致しました」


 顔色を変えずに、そのような突拍子もないことを受け入れてしまう。


 ――やっぱり親子だったわけね。丁寧なだけで向いている方向、実は一緒なのかしら?


 運ばれてきた食前酒を得の前にして、もう少しだけ話は続く。


「兄上は既に妻帯者です。エシェッカ様をどのように遇するおつもりでしょう」


 本来は貴族の継承者の婚約者、或いは妻にすることで庇護を得るのが通例。ただの部外者を全力で守れと言うのは結構なお話でしかない。


「ふむ。エトワール家の女になるつもりはあるか?」


「ふぇ?」

 ――え、それって、その、アレですよね? キャトル様の……かな?


 変な声が出てしまって、ドラポーがまた笑う。


「まあそれでも構わんが、心が決まるまで俺の養女という形だ。少なくともそれで、婚約者不在の聖女に求婚して来る輩は激減するはずだ」


 ――あ、そうか。私が誰とも婚約しなかったら、そういう申し出が来るのか。一々断るのも大変そうだし、この伯爵なら……求婚者が激減の意味もわかるわ。


 表情にどれを選べば良いのか困ると、人は笑おうとする。エシェッカは今日だけで何度も人というのを再確認してしまう。


「お認め戴けるなら、そのようにお願い致します」


「よーし、じゃあ決まりだ。今からお前はエシェッカ・エトワールを名乗れ。キャトルは兄になるから一々様をつけんでも構わんぞ、お前もだキャトル」


 突然妹が出来ることはある、それでも兄が出来ることはそうそう無い。急に距離が縮まった気がしたならば、それは伯爵の策略。


「よろしくエシェッカ。兄や母上は近いうちに紹介するよ」


「よろしくお願いします、キャトルさん」


「さん?」


「えーと……キャトル兄さん」


「うん、それならおかしくはないね。儀礼的なところ以外ではそれで構わないからね」


 若干ギクシャクはしたけれども、これからどう接して行けばよいかは、ある程度時間が解決してくれるはずだと、深く気にしないようにした。翌日、王都へ向けて莫大な要求リストを携えた使者が出発したと聞かされる。


 ――伯爵なら容赦なさそうね!


 まだお父さまと呼ぶには壁があると、苦笑いしていた。



 エシェッカの部屋にある来客は、その殆どがキャトルだった。ここに居るのを知っている者が皆無なのと、おいそれと伯爵の館に入ることが出来ないのが理由だ。それゆえに、サルヴィターラにお客様ですと告げられるのがちょっと嬉しかったりもした。


 兄妹であっても客扱いするところが貴族と思えてしまう。一般家庭でも別の家に住んでいれば似たような感じにはなるだろうが。今日も部屋にはキャトルがやって来て、ご機嫌を窺ってくる。


「屋敷には慣れたかな」


「はい。皆さん良くしてくれますので」


 使用人は沢山居る、料理番や庭師、馬小屋の係までいれてしまえば名前を覚えるのもかなり苦労する位に。それら皆を養っているのが、あのエトワール伯爵だ。


「次兄はまだ出港してから戻っていないし、三兄の船も来月まで近海警備に出ているようだから、紹介は先になるね」


「お母さまと上兄さん夫婦は、領内の視察でしたね」


 広いとは言えないにしても見て回ろうとすれば日数はかかる。わざわざ領主の夫人や、長男がゆかずとも良いところを見て回るからこそ領民が良くなつくのだ。それにしたって母子でゆかずとも良いとは思ったが、口にするのはやめてた。


「顔を知られるのは一つの治世の方法だからね。そういうわけで、今日は市場を見に行かないかい」


「えっ、宜しいのですか!」


「もちろんです。エトワール家の一員としての役目でもあることを覚えていてさえもらえるならば、後は比較的自由ですよ。お買い物に行きましょう」


 どうしても二人とも敬語が入り乱れて変な空気になってしまうが、お互いがそうなのだから仕方がない。そこでふと表情に影を落とした。


「なにか懸念でも?」


「いえ、その、私は巫女の時もそうでしたが、自由に使えるお金など一切無くて、市場に行っても……」


 キャトルは目を閉じて己の不備の一端を恥じた。そのようなことで心配をかけさせてしまったのは、未熟者の失態だと。


「陛下より庇護者は恩恵を得ております。エトワール家宛に歳費が割り当てられており、エシェッカが自由に使えるお金もあります。報せるのが遅れてしまい申し訳ない」


 踵を揃えて腰を折り謝罪する、そんな必要などないのに。


「キャトル兄さんおやめください。私も先に尋ねておけばよかったのですから」


 困った笑みを作って肩に手を当てると首を横に振った。元はと言えば妹のことはキャトルが全て負担するつもりだった、というのが彼のあたまの根底にあったのだ。


「不甲斐ない兄の失敗を埋めさせる機会を貰えるかな。使用人が言っていたのだが、市場には美味しい菓子店があるそうだ」


 使用人が言っていたのは事実だが、どこかそういうところが無いかを聞いたのはキャトルだ。にやにやして使用人も積極的に回答していたあたり、土産物に買って帰る必要性を彼は感じていた。


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