第5話 エトワール家の女


 サルヴィターラに連れられて、広間にやって来る。大きなテーブルに幾つも椅子が置かれていて、出入り口の扉も複数。キャトルが椅子を引いて「どうぞ」エシェッカをエスコートする。隣に座るのかと思い見ていてもその気配はない。


「キャトル様?」


「いまの私は聖女の護衛でもありますのでお構いなく」


 聖女に害を与えようとする者には神罰が下る。解ってはいても護衛者が要らないわけではない。奇跡とは人の力では抗えない何かが起こった時に与えられるもの。左手の扉が開かれて、馬術競技で着るような服の壮年男性がやって来ると、真ん中の椅子の後ろに立つ。


「エトワール伯爵閣下、お久しぶりで御座います」


 エシェッカは立ち上がると前を見る。先に名乗るべきか、後に名乗るべきかで実は意味が違ってくるからどうしたものかと躊躇してしまった。


「キャトル、そこな夫人が聖女か」


 ダミ声でギロリと睨んで来る姿はとても貴族とは思えないものだった。もじゃもじゃの口髭と顎髭が一つになり、暗い赤毛が喋ると揺れた。


 ――うわー、すぐに帰りたい! 帰る場所もう無いけど。


 星とか星明かりなどというイメージとは大分かけ離れたこの伯爵、実は睨んでいるつもりなど毛頭ない。


「ドラポー・エトワールだ。王都から早馬が来ていて話は聞いている」


「アリデーレ伯爵領マインツ出身エシェッカです」


 国王に自己紹介した時と同じように、そう詳らかにした。


「家名は無しか。アリデーレのやつめ、日和りおったか」


 顔を歪めて意味の解らないことを口にする。家名が無いのは平民出だから、貴族の出身ならば何かしら別の名乗り方があるのだ。


 ――どうしてアリデーレ伯爵が、その、日和ったことになるのかしら?


 小首をかしげてみると、キャトルが「お座りになってはいかがでしょうか」勧めて来る。


「ああ、座れ座れ。キャトルもだ」


 二人が着席するのを見てから、彼も腰を下ろす。背筋は伸びたままで浅く椅子に腰かける姿は何とも心地よい。


「勅令で聖女の庇護者となれと来ていた。どういうことだキャトル」


 隣に座っている青年に対して詰問するかのような言葉を投げかけた。


 ――絶対に迷惑かけたって流れよね。やっぱり怒られるのかしら。


 元はと言えば王子が婚約破棄などするのが災いの始まりだった。けれども、一度は復縁の機会を投げかけてきている、それを断ったのは紛れも無くエシェッカだ。


「陛下が聖女の庇護者をエトワール伯爵家にするとの仰せですので」


「そうだ、だから聞いておるのだ。なにゆえエトワール伯爵ではなく、エトワール伯爵家なのかを」


 どちらでも似たような話と思うのは、王宮で働いたことがない者の考えである。伯爵と伯爵家は別物。ここエトワール地方の領主になれば、誰であろうとそれはエトワール伯爵。ところがどこに移り住もうとも、エトワール伯爵の一家は一家である。


 原因は一つ、エシェッカがキャトル・エトワールを庇護者に指名したので、王もエトワール家を庇護者にした。ただそれだけ。ところが事情を知らないものからは、何があったのか、という話になる。


「それはエシェッカ様しかご存知ありません。お話頂けるでしょうか?」


 当然のように話を振られる。ドキっとしはしたけど、誤魔化したところでどうにもならない。


「私が陛下にキャトル様個人を指名したからですわ」


 これ以上ない簡潔な物言いに、ドラポーが声を出して笑った。

 

 ――な、何でここで笑うんですか!


「なんだ、そんな理由だったか。てっきりキャトルの仕業かと思っていたが、そうか」


 そんな理由呼ばわりをしているが、異例中の異例というのを知らないわけではない。伯爵が気にしていないだけ。


「どうしてお笑いになるのでしょうか?」


「どうして? うむ、どうしてときたか。キャトルが説明をしてやれ」


 にやりとして息子に丸投げをする、これも試しの一つなのだろう。多少いいづらいことでもあるのか、キャトルが一拍置いてから喋り始める。


「聖女が陛下に向かい、冗談や遊びで指名を行うことはないでしょう」


「そうですわね」

 ――思い付きで名前を告げることはあったけど。


「ならば、指名者に何らかの思い入れがあり口になさったはずです」


 それが記号で在ろうとも、感情であろうとも、知らないならば言いようもないので、何かしらの理由が存在していた証拠である。


「ええ、そう……です」


「自らに密接な関わりを持つ者に、私を指名した。伯爵閣下はそれゆえお笑いになったのです」


 すんなりと意味を理解出来ずにいる彼女に、説明を受け入れさせる伯爵の補足。


「何のことはない、キャトルが好きか嫌いかでいけば好きだってことだろ。じゃないとわざわざ指名などせんからな」


「あ……」

 ――それは、嫌いじゃないですよ絶対に。


 顔を伏せてしまい黙る。図星をつかれると人は口を閉ざすというのは事実らしい。


「そ、そういえば、先ほどの、アリデーレ伯爵が日和った? というのはどういう意味でしょう?」


 そして人は触れられたくない時には話題を変えてしまうのも事実のようだ。


「簡単なことよ、もし俺の娘に同じ真似をしたら王子を叩きのめしてやる! あいつはナメられたんだ、軋轢を起こさない為とか言うんだろうが、要は争うことから逃げたんだ」


 ――おお、これぞ海賊出身の面子思想!


 勢いで喋る伯爵、実はこわもてだがとっつきやすい気がしてきたエシェッカ。実際に婚約破棄でひと悶着あれば、非は王子側にあると主張してしまえば、元から有力な継承者でもないので王子が折れろとなっていたはずだ。言ってしまえばこういうことがあった時の為に、アリデーレ伯爵を選んだとすら思えて来た。


「伯爵閣下、庇護者の件ですがまだお言葉をいただいておりませんが」


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