第4話 エシェッカは巫女で聖女で性悪で-4

 じっと瞳を覗き込んで来る。その場の気分や流れではなく、真にすべきことを思案しての行動、エシェッカは口を閉ざしてしまった。


 ――この人本気なんだ、ちょっと知り合っただけで強引に巻き込まれただけなのに。


 つい先日まで言葉を交わしたことすらなかった相手に、こうも真剣に扱われる。子供じみた意趣返しをして満足しようとしていた自分が恥ずかしくなってしまう。淀みない態度の彼を見て、身体の芯が少しばかり熱くなるのを感じた。


「……キャトル様のお言葉に従いますわ」


「ありがとう御座います。領地までは数日ですが、何なりとお申し付けください」


 一転して笑顔を見せてくれる。エトワール伯爵領は街道を進んでいって、海岸に接する場所一帯がそうらしい。辿り着くまでの日々は、今までにない有意義な時間に思えたエシェッカだった。



 山から海へ流れる河に架かった橋を越えると、そこからがエトワール伯爵の領地。北西の山から南へ下り、東へと折れている河。東側は海で、北の境界線は森林地帯があった。自然環境で所領が決められるのは普通のことで、机上で線を引いて決められるのは市街地の区割りくらいなものだ。


 爵位と領地の大きさには多少の比例がある。最下位の男爵領は二十キロ四方というのが目安、端から端まで軍が歩いて一日の距離が基準になっているのだ。当然そんなものは山や川があるだけで大きく前後するので、大雑把な話でしかない。


 エトワール伯爵領はどうかというと、その比例で行けば小さい部類に属している。ところが行動可能な範囲は極めて大きい、海という存在があり港町を有しているから。伯爵領にしては小さいではなく、子爵領とするには存在が大き過ぎたのが正しい流れだろうか。


「潮風の香りがしますわ、海が直ぐ傍にあるんですね」


 馬車の小窓から外を見ようとしてもまだ見えないが、確実に海を感じられる。風が強いのもこの地方特有の現象。空を見ると雲の流れがとても速く、形が変わり続けていた。


「はい、館からも海が臨めます。港の隣に伯爵の屋敷が置かれていますので」


 にこやかに実家のことに触れた。外敵からの脅威はある、その反面で対応も直ぐに出来る利点があった。


「エトワール家についてお聞かせしていただけますか?」


 まったく何も知らないと同然の状態では悪いと思えたので、道中に軽くさわりを聞いた中で、特に家の興りについて訊ねる。


「初代のエトワール伯爵は、言ってしまえば海賊だったそうです」


「か、海賊ですか!」

 ――貴族って感じから随分とかけ離れてるけど。


 貴族とは民の代表であり模範である。そんなイメージがあるのは治世が行き届いてからの事で、国の始まりなど血なまぐさい戦でしかない。そんな時代でモノ言うのはやはり武力。武力にも種類が三つあり、敵と相対して発揮されるもの、多くの者を率いて束ねるもの、そして自由気ままに個が集まり振るわれるもの。


 知略を尽くして敵を負かそうとするのは軍師と呼ばれ、軍の統率者は将軍と言われる。


「コンケット・エトワールは沿岸地域を脅かす海賊の首領でした。大陸の東海岸を転々として、全てと敵対するならず者。ある時、このリュエール・デ・ゼトワールを占拠し居座りました」


 ぽつりぽつりと民家が見えてくるようになり、伯都であるリュエール・デ・ゼトワール――星明かりの名を持つ街を語る。


「王都から討伐軍が向けられ、エトワールは敗北を喫したのです。その際、王が下した決裁は首領の処刑ではなく、港湾都市の守護でした。海賊であったコンケット・エトワールを伯爵に封じて、海の護りを命じたのです。元はポールという名だった街を改名したのもその時でした」


「だからリュエール・デ・ゼトワールなんですね」


 星明かりの街を守護する伯爵はエトワール――星という家名を持つ者。以来王国の軍事を担う貴族として代々存続している。ひとしきり感心して、彼女は少し肩を落とした。


 ――それに比べて私はエシェッカか。いくら何でも失敗はないわよね。人は失敗から学び成長するって意味らしいけど、まるで私が失敗作みたいで好きじゃないのよ。


 立派な建物が増えて来ると、人の往来も増えて来た。王都でも王城付近の内城区画では一般人は住んでいないせいもあり活気の面では今一つ。城下町は人がごった返しているので、伯都はその真ん中あたりに感じられた。


「ええ。到着しました、ようこそエトワール伯爵領へ」


 軽く笑って冗談とも本気とも聞こえることを言う。先に馬車を降りると手を差し伸べて来たので、左手を重ねてゆっくりと降りた。港には大小の船が沢山並んでいて、湾の沖合にも幾つも船が見えた。桟橋があるあたりから走って十秒ほどのところに、馬車が停まっている。


 屋敷は三階建ての箱のような形で、正面から見ると中央が出っ張っていて、左右に壁が流れているように造られていた。周辺は壁で囲われていて、独立した区画を形成している。


 ――何だか屋敷って言うよりも、砦?


 石造りの建物は決して燃えることは無く、耐久度も並外れて高そうだ。海賊が興りと聞いていたので、それを思えばそこまで不思議でも無かった。


「こちらですエシェッカ様」


 まさに我が家を案内する足取りで、勝手に門を潜ると屋敷の正面までやって来る。リオンのドアノッカーをガンガンと鳴らすと使用人が出てきて頭を下げた。


「キャトル様、お帰りなさいませ」


 眼鏡をかけた若いメイドが両手を腹の前で重ねてお辞儀をした。こちらにも気づいて礼をする。


 ――今はもう海賊じゃないんだもの変じゃないわよね。


 ホールを抜けて上階に登って行くと、部屋を宛がわれる。荷物を置くと窓から外を眺めた。


「綺麗な海ですね!」


「天気が良いので海面に反射する太陽が素敵でしょう。父上にお知らせして来るので、どうぞお休み下さい。用があればこのサルヴィターラにどうぞ」


 先ほどのメイドがまた軽く会釈をする。口数が少ないのは優秀な証と言えなくもない、お喋りはそうではないから。二人が部屋から出て行くと、椅子に腰を下ろして天井を見上げた。


「港街は初めてね、市場を見て回ったら楽しそう」


 とはいえ遊びに来たのではないので、それは暫くお預けとなる。伯爵との面会がちょっと気が重いけれど、会わないわけにもいかないので今はそれだけに集中することにした。晩餐を兼ねて顔合わせをすることになったとキャトルが伝えに来た時には、窓から夕陽を眺めている最中。


 明るい茜色の光に照らされたエシェッカ、キャトルが目を奪われたとは知らずにご機嫌で歌を口ずさんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る