第3話 エシェッカは巫女で聖女で性悪で-3
そんなことは無いと言わせる為だけのポーズ。百も承知でキャトルは「とんでもない。名誉なことで、有り難くそのお役目を引き受けさせていただきます」微笑で返答する。
あの王子でなければ誰でも良かった、極論してしまえばそうである。それでも彼女に唯一優しく接してくれた事実は消えない。他国がどうかまでは知りえないけれど、少なくてもこの国では庇護者は相応の権力を得られる。伯爵家にしてみれば良いことなはず。
エシェッカは手を差し出す、キャトルはそれを受け入れてエスコートした。顛末は宮廷を駆け巡り、大小さまざまなひずみを産み出すことになってしまうのだった。
◇
一つの大きな節目を越えたエシェッカは、王宮から出て巫女が暮らしている神殿へと戻って来た。神職として国の神事を催行する役割は大司教が存在していて、巫女らとは殆ど関わり合いが無い。祭祀を繋いだり、信者を導くのが大司教の役目。
一方で聖女は巫女の指導者かというとそれは違う。複数居る巫女達はそれぞれが神託を受けることがあり、聖女もその一人である事実は変わらない。大きな違いは一つ、巫女は神の意思を受けて皆にそれを伝えるが、聖女は神が依り代として降臨する器足りえるという部分だ。
僅かであれ現世での神の代行者になり得る、特別な所以である。意思を伝えるだけの代理人でしかない巫女は、敬う対象ではあっても崇めるとは別。神殿にも連絡が来ていて、ここの責任者である司教が階段の上で待っていた。
「ただ今戻りました司教様」
「神に選ばれし聖女の帰還を嬉しく思います」
すまし顔でそんなことを言ってはいるが、付添人の一人も付けずに送り出したのはこの司教だ。純白のローブに青と金の糸で刺繍がされた、最高級の聖衣を揺らして両腕を拡げている。
――ほんと今さらよね、手のひらは返す為にあるって信じているクチかしら。
老年の域に達している男の司教、入信して以来常に信仰を一番として神に仕えてきた。神の依り代である聖女を恭しく見詰めるが、いかんせん中身はエシェッカのまま。神が降臨して居ない時には、彼女の心も体も彼女が自由に出来るのは当然の事。
「引っ越しの準備がありますので失礼致します」
跪いて抱かれるのが恐らくは司教への最大限の返礼であり、儀礼的な行動だったはず。ところが完全に無視してエシェッカは神殿の中に行ってしまった。何とも言えない渋い表情を作り「コホン」軽い咳ばらいをして司教も後を付いて行く。
「王宮での小間使いは私が選んで差し上げましょう」
自分の息が掛かった聖職者を傍に置かせる、神殿担当の司教としての職務であり己の権利や権威でもある。ところがここでもエシェッカは意にそぐわない返答をした。
「王宮へは行きませんのでお構いなく」
取り付く島もないとはこれだろう、ここに来て司教もようやく確信する、心配していた懸念が現実のものになっていると。こんなことならば彼女を見下すような真似はしなければ良かった、そうは思うも後の祭りとはこれだ。
「そうですか、それではどちらへ?」
教会では誰が聖女になったかが関心の軸であって、王宮では誰が庇護者になるかがその軸だった。そういう意味では神殿への使いが庇護者の家名を伝えなかったのは、仕方のないことだったかも知れない。
「エトワール家へ向かいますわ。今まで通り、自分のことは自分でするので、司教様のお手を煩わせることはありません」
大きな鞄に着替えを入れながら、まるで家出する娘のように相手のことを見ずに作業を続ける。担当司教が聖女との関係が無くなればどうなるか、容易に推察できる、勇退させられて良好な間柄の人物が後任に就くと言うのが。彼にしてみればそれは一大事、どうにかここで修復しておかなければならない。
「司教様、エトワール家のキャトル様が外においでになっております」
来客があると聞かされ、それが聖女関連の人物だと解ると、希望の足がかりだとばかりに出入り口へと居場所を移した。鞄を抱えてエシェッカも正面出入り口へと向かう。外ではキャトルと司教が話をしていて、その傍には馬車が停められていた。
「エシェッカ様、お迎えに上がりました」
紳士然とした彼が軽く腰を折って挨拶をする。少し前に一旦別れたばかりだと言うのに、律儀なものだ。司教の前というのが理由だろう。
「ありがとうございますキャトル様。それでは司教様、お達者で」
「お待ちを。エトワール殿、聖女の助けをする者を教会より貴家に派遣したく思います、宜しいでしょうか」
馬車の横にある扉を開いて、小さな踏み段に足をかけようとした直前に声があった。それはエシェッカにではなく、キャトルに向けられたもので彼女が返事をするわけには行かない。既にお断りをしているとまだ伝えていない手前、彼の返答がどうなるかは想像出来た。
――この司教、さすがずる賢いわね!
案の定キャトルは「司教様のご厚意を有り難くお受けいたします」背筋を伸ばして後に一礼しながら応じてしまう。内心してやったりの司教ではあるが、何事も無かったかのように平静な顔で小さく頷いて乗り込むのを待っている。
二人が馬車に乗ってゆっくりと走り出したところで彼女が口を開いた。
「教会は私を笑いものにして蔑みました。ご存知ですよね?」
――何せ王宮で選定の儀担当係官だったんですもの。
少しばかりすねた言い口に、キャトルは真っ正面から応じる。
「承知しております」
「でしたらどうしてあんなお返事をされたのですか」
彼女の言葉の真意がどこにあるか、キャトルは考えて包み隠さずに向かい合う。
「エシェッカ様はこれから聖女として神に仕える身です。教会との関係は切っても切れないのが現実、ことさら敵を作る必要はありますまい」
「でも――」
「エトワール家は、キャトル・エトワールはあらゆる力を使いあなたをお護りする所存です。それが気乗りしない教会であろうとも。私の我がままを聞き入れてはいただけないでしょうか」
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