4

 それからしばらく三人は想い出話に花を咲かせていた。懐古の情に表情を染めながら楽しそうに話すのを俺はただ横で聞いていた。それが一頻りの盛り上がりが落ち着き始めると小鳥川さんと星降さんはお店を後にし、燈さんはお店を開いた。そして俺は珈琲もう一杯分だけお店に残ってから家へと帰った。

 誰もいない家に帰り真っすぐソファへ向かった俺は倒れるように座り、そのまま寝転んで天井を見上げる。自然と頭を埋め尽くすお店での話。

 小鳥川さんと星降さんの話を聞いた今ではあの程度で酷く落胆してた事がどこか情けなく思えていた。それはきっと自分と二人との間にあった大きな違いを――本気と覚悟の差を感じたからだろう。俺は生半可にそういった本気の人達が鎬を削る世界へ足を踏み入れ当然ながら簡単に弾かれてしまい、それに生意気にも心を折られてしまった。まるで自分が他の誰よりも努力し苦渋を飲み干してきたと言わんばかりに(いや、実際そう思っていたかもしれない)。

 そう思うと――同時に、今まで我が物顔で人の心をかき乱していた混沌が晴れ始めた気がする。二人に言わせれば本気のほの字にさえ達していない俺が、こんな風に落胆の底へ落ちていくのは可笑しな話だ。まるで趣味程度でしかバスケをしていない人間がトッププレイヤーとの一対一に負け酷く落胆しているようなものだろう。そう言う意味では、俺は落胆に肩を落とす必要がないようにも感じた。

 でもだからと言って二人の言う本気で絵に取り組み続けられるかというのはまた別の話。自信と言うべきか、確信と言うべきか、俺にはそうやって闘志に火を燈す何かは無かったらしい。


『まっ、そんな深く考えないで今はもっと気軽にやってればいいんじゃい? 高校生なんだしまだ手探りする時間は十分でしょ。ただ結果が欲しいんなら本気でやらないと。そこには君が高校生かどうかなんて関係ないからね』

『好きならどんな形でもまた描くことになると思うし、夢にしろ趣味にしろそういう好きは大切にした方が良いよ。夢として貫くなら嫌いになるぐらいやらないといけないかもしれないけど、僕は折角見つけた好きを手放す事になるぐらいなら趣味として楽しむのも良いと思うけどね』


 でも結局どうするかを決めるのは俺だと、燈さんも含め二人は最後まで言っていた。

 正直に言って、分からない。どうすればいいのか。どうしたいのか。何も。二人の話を聞いて「自分はまだまだだったんだ! もっとやれる!」なんて思えたら良かったのかもしれないが、また中途半端で下手に落胆に苦しむだけなんじゃないだろうか? 自分は本当にあれだけの熱量でやれるのか? どうしても自信の無さが浮彫になる。

 そうやってぐるぐると思考の無限回路を回っているうちに俺はいつの間に眠ってしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る