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「そんなに悩むぐらいならとりあえずやっとけば?」
自分ではそんなつもりなかったがつい真剣な表情にでもなっていたのか。小鳥川さんは俺の思考を読んだかのようにそう言って来た。
「とりあず……ですか?」
「そっ。君、将来の夢とかってあるの?」
「いえ。それはまだ……」
「ならいいじゃん。中高生ってやたら将来の事とか訊かれるけど正直、そんなの決まってる人なんて一部だけでしょ。ほとんどは大学とか行ったりして二十ぐらいで決め始める。ならそれまでの間、その空いた夢の席にそれを座らせておいても問題ないって。どうせずっと空席なんだし。決めなきゃいけない時が来るまで仮の夢として絵を描いてみたら? 高校生から始めたら五年とか、それより前からならもっと長い間その仮の夢に取り組めるわけで、それを踏まえた上でその時が来たらどうするか決めればいいじゃん。このまま夢として続けるのか。それとも趣味程度にして他の道を進むのか。高校生なら尚更、すぐに何もかも決めなきゃいけないって事はないでしょ。まぁ決まってるに越したことはないけど」
「もちろんだからと言って勉強を怠ったら駄目だよ」
小鳥川さんの奥から顔を覗かせた星降さんはそう補足した。
そう言えば三井さんも同じような事を言っていた。他の何かが見つかるまででも今はそれを夢として追い続けるのがいい、と。
「真面目か!」
「真面目です。とか言いつつななは高校生の時ちゃんと勉強してたじゃん。むしろ僕より頭良かったし」
「それは親が勉強に関しては厳しかったから仕方なくねー。ちゃんと成績取って黙らせてた。あれ? そーいえば燈は高校ん時、成績どーだっけ?」
「知っての通り良かったけど?」
「へぇ~。衝撃的かもしんないけど、実は成績って級位制じゃなくて段位制なんだよ。つまり数字が大きいほど良いってわけ」
「その珈琲一杯で法外な料金取ってあげようか?」
そんな友達同士の和気藹々とした会話を他所に俺は一人、さっきまでの言葉を反芻していた。
でもその時も頭を過っていたのは、やっぱりあの辛苦の痛み。あれをもう一度味わい、耐え続ける自信がどうしても持てなかった。しかもいつまで続くかも分からないとなれば尚更。
「――つまり続けるコツをまとめると、他人に対して時間を掛けるのは無駄だって理解する事。でもやる気を貰えるなら無駄じゃないかな。そしてどれだけ辛かろうが苦しかろうが、結局はやるしかない。ただし、ある程度のとこでちゃんと気分転換や息抜きはする事」
「あとは初心を思い出すのも良いんじゃないかな。どうして自分はこれをやり始めたのか。多分みんな最初は単純に楽しいからだと思うし。言っちゃえば自分が楽しければそれでいい。その時の気持ちを思い出すのも結構良いと僕は思うよ」
「確かにそうかも。あぁそう言えば、燈ってバンドしてる時によくあれやってたよね」
だがそんな小鳥川さんに対して燈さんは首を傾げていた。
「あれって何よ?」
「えー。覚えてないの? デビューして人気を得た時の妄想」
「いや、そんなよくって言うほどやってないから」
「うっそー。私、結構その印象強いんだけど。それでニヤついてたし」
「アタシはそうやってやる気を上げてたの」
「じゃあ妄想もコツに加えとくか。――まぁ何回も言うけど、どの道やるか已めるかの二択な訳で少しでもまだ求めてるならやるしかないね。そしてやるなら只管により良い作品を作っていくしかない。それだけに集中して専念し続ける。他はどうでもいい。無視。構ってる時間さえ惜しいからね」
すると小鳥川さんは突然、ついさっきまで浮かべていた笑みを消しながら顔を珈琲へ落とした。横顔だけしか見えなかったがその表情は笑みとは打って変わり真剣さに満ち溢れていた。
「あの。どうかしましたか?」
「でも、もし君が本気で夢を叶えたいと思ったら、思い出して欲しい事がある。さっき言った事とは矛盾しちゃうけど、その時は――成功し夢が叶うまで死ぬ物狂いでやり続けないといけない」
その言葉とさっきまでの言葉のどこが矛盾してるのか分からず、俺は首を傾げた。それを横目で見ていた小鳥川さんの顔はゆっくりと上がると、再び俺の方へ向いた。
「休んでる暇すらないってこと。スマホをちょっと見ようとか、疲れてきたから休憩とか、そんな時間でさえ惜しんでやらないといけない。そうやっていちいち落ち込んでる暇もなければ、結果が出ない事に苦しんでる暇もないの。もし君が全てを捧げてでもそれを成し遂げたいんだったら、ご飯を忘れるぐらい集中して睡眠を削り切るぐらい時間を費やして倒れてしまうぐらい身を削らないといけない。夢以外に使う時間は全部無駄だって思えるぐらい――それ以外の一切全て絶つ気持ちで取り組む必要がある。その道に生えた茨を踏み付けながら進み、でもその痛みにすら足を止めない。痛みに足を止める事さえ惜しんでまた一歩を踏み出す。続けるコツとかじゃないの。やり続ける。それ以外に選択肢はない。こんなに努力してるのに結果が出なくて辛いなんて言ってる場合でも思ってる場合でもないの。そんな時間があったらもっと出来る。君が描かなくなってから今までの時間をもし引き続き絵に費やしてたら。一体いくつの作品が出来てたんだろうね。一体どれだけ成長出来てたんだろうね。そうやって悩んでる時間でさえ君は無駄にしてる。もし本気で絵で成功したいって考えてるんだったらね」
言葉の後、小鳥川さんは莞爾として笑った。
「実は二十三か二十四ぐらいの時にそういう動画を見て、それから寝る間も惜しんでやったんだよね。なんか本当に小説を書くロボットみたいになって自分の時間のほぼ全部を費やしてたんだ」
「あの頃って僕ら同棲してる恋人同士とは思えないぐらい話もしなければ顔を合わせる事も無かったよね」
「無かった。デートなんて一回も行ってないし、ご飯だってほとんど別々だったしお互い食べながらかいてもんね」
別に最初のように比べてる訳じゃないけど、そこには俺と彼女らとの圧倒的な差があった。向き合い方というか本気の差が。良い結果が出たらいいな程度で取り組んでたのが俺だったとしたら、二人は良い結果を出すという気持ちなんだろう。やれるかもとやる。その差は言葉以上に大きく今は感じる。恐らく俺は覚悟の足りない中途半端な状態だったのかもしれない。それで変にあった自信が折れそのままこうなってしまった。
じゃあそこまでの覚悟と本気で絵に取り組めるんだろうか? いや、そう自分へ問いかけてる時点でもう駄目なのかもしれない。
「まずは一年か二年だけでも本気で取り組んでみるっていうのもアリなんじゃない? まぁ人様の人生だからそんなとやかくは言えないけど」
「それと、いくら命を賭けるぐらい全力でやるって決めたとしてもそうなっちゃうまで自分を追い詰めすぎるのは駄目だよ? その……分かるよね?」
俺は星降さんに頷いて見せた。それは程度の比喩であり本当に命を落としてしまっては意味が無い。そこは言われるまでもなく分かってる。
「とにかくあんたの人生なんだし、あんたの好きにすればいいのよ。夢の一つや二つに挫折したからって残りの人生が全部しょーもないものになる訳じゃないしさ。案外、意外な道が見つかるかもしれないし」
燈さんはそう言って両手を広げて見せた。このお店の事を言ってるんだろう。
「いやぁ~まさかあの燈が自分のお店を持つなんて。誰にだって何でも掴むチャンスはあるって思い知らされたね」
「あんたそれバカにしてるでしょ?」
「いやいや。褒めてんだって。あとはいい相手だけだね」
そう言ってこれ見よがしに星降さんの肩を組む小鳥川さん。
「やっぱあんた会計の時は覚悟してなさいよ?」
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