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 でも俺はそれよりも訊きたい――というかそう言う意味で言ってるのか知りたい事があった。


「それってつまり。俺が今こうして描けないでどうしようか迷ってるっていうのが意味の無い無駄な時間って事ですか?」

「いやそうじゃ――」

「そう言う事」


 星降さんを俺の言葉を否定しようとしたが、小鳥川さんはそれを遮りハッキリと俺の目を見て言い切った。


「今の君は時間を無駄にしてる。夢を追うって観点から言えばだけど。――でもまぁ高校生なんてそんなもんでしょ。ていうかそうやって無駄に過ごすのもむしろ青春の良い一ページになるかもね」


 俺の苦しみは本物で、俺の辛さは本物で――それを(少なくとも今は)受け止めながらそれでもどうすればいいか考えてるのにも関わらず、それを無駄だと一刀されてしまった。それはまるで「自分が若い頃は~」と部下を否定する上司の様なものなんだろう。だがそれに対し後輩同様に少しだけイラっとしたのは事実だ。


「でも今はそれが無駄だって言えるけど、その気持ちも分からなくもない。私だって何度も、もう諦めて已めてしまおうかって考えたからね。忘れられなくて、出来る事ならもう一度やってみたい。でももうあんな思いはしたくなくて……どすればいいか分からない。違う?」


 しかし小鳥川さんは俺の心を読んだかのようにそう続け、さっきまで顔を覗かせていた苛立ちもそっとどこかへ消えてしまった。


「お二人は、どうしてそれでも続けられたんですか?」

「私はそうだね――酒と音楽と、燈とそして一に支えられたからかな。今の君に言うのはあれだけど、本当に耐えられなくなったらお酒を呑んで一時的にでも忘れて、音楽に励まされて、二人に甘えて。そうやって何とか乗り切った。逆に言えばそうじゃないと耐えられなかったよ」

「僕はお酒呑めないから二人と、あとは映画かなぁ。特に海外ドラマが好きでそれを見てる時は全部忘れて無になれるんだよね」

「君は? 何かこう全部が嫌になった時とかにやる事って決めてる?」


 そう言われ答えは分かっていたが一度思い返してみた。でもやっぱりそんなのはない。


「いや。そういうのは……」

「友達と遊ぶんでもいいし、ゲームでも何かを見るでも何でもいいからそいうのは決めた方がいいよ」


 俺はそう言われた後、視線を燈さんへ向けた。


「燈さんはそういうのあったんですか?」

「アタシは……」

「喧嘩とか?」


 燈さんが答えるより先に小鳥川さんがからかう口調で言葉を割り込ませた。


「はぁ? 何言ってんのよ」

「聞いた事あるか分からないけど燈って中学の時、結構荒れてたんだよ」


 眉を顰める燈さんを他所に小鳥川さんは俺にそう耳打ちした。


「え? 燈さんって元ヤンなんですか? まぁ想像出来なくはないですけど……」

「どういう意味よそれ」

「ほら、これが中学の燈」

「ちょっ! あんた!」


 すると燈さんの手が届かない距離で小鳥川さんは俺にスマホの画面を見せてきた。そこに映っていたのは思った以上に気合の入ったヤンキー姿をした中学生の燈さん。


「そしてこれが高校なりたての燈」


 そう言って一度眼前から消えた画面が戻ってくると、そこにはさっきとは別人かと思うほど様子の変わった燈さんが映っていた。思わず疑ってしまう程だ。


「これ本当に燈さんですか?」

「何よ。清楚になろうとしたのがそんなに悪いわけ?」

「い、いや。たださっきのとギャップが凄すぎて……」

「ちなみに一年の途中から結局はこれに落ち着いたんだよね」


 最後に見せられたのは、ちょっとギャルという雰囲気の燈さんだった。今の燈さんから見ても想像の範囲内というような感じだ。


「なんだかこれは納得出来ますね」

「まぁ話がちょっとズレちゃったけど、心の逃げ場みたいなのはあった方がいいよ。それと、特別に私が長い時間を掛けてやっと気が付いた事を教えてあげる」


 小鳥川さんは焦らすように少しだけ間を空けて言葉の続きを口にした。


「人生っていうのは君が思ってる以上に単純なんだよ。私の好きで尊敬する人にアラン・ワッツって人がいるんだけどその人の有名な講演で有名な問いかけがある。もしお金が存在しなかったら君は何がしたいか? お金と言う呼吸の様に自然な存在を無視して世界を――人生を見た時、君はどうやってその人生を豊かにし楽しみたいのか。シンプルでしょ。何でも願いが叶うとしたら君は何がしたい? どうやって人生を過ごしたい?」


 言葉の後に空いた間が俺への質問だと教えてくれ、遅れてその問いに頭を悩ませ始めた。


「その答えが、君が人生ですべき事なんだよ」


 だが俺の答えを待たずに小鳥川さんは話をつづけた。


「それが夢で、夢もまた単純明快。叶えたかったらやるしかない。もしプロサッカー選手になりたいって意気込んでる人がいたとして、でもその人はサッカーの練習じゃなくて野球ばっかやってる。プロサッカー選手になりたいって言ってはいる人がいて、でもその人はなれるかどうかにばっか気を取られてサッカーの練習を全くしてない。そんな人がプロになれると思う?」

「いえ」

「そう。なれるはずない。――才能が無くたって、誰かと比べて全然ダメだって、夢と呼べるものがあるならそれに向かっていくしかない。夢を叶えたいならその夢を追い続けるしかない。君の夢が画家なら絵を描き続けて賞に応募し続けるしかない。結局はやるしかなくて、やらなければ一歩も前へは進めない。夢って意外と単純なんだよ。私がどれだけ苦しくても小説を書き続けて、どれだけ辛くても小説を書き続けたのは――それに気が付けたからかもしれない。実力とか自信とかそんなものどうでもいいんだよ。夢を叶えたいならやるしかない。結局はそれだけだよ」

「僕は――これは皮肉かもだけど、努力に比例した結果が出なければ出ない程、辛く苦しい思いをすえればする程、自分がどんなに漫画を描くのが好きかって事を知れたからかな。どれだけ嫌な思いをしても漫画を描くのは楽しくて已める事も忘れ去る事も出来なかった。それが夢になったからと言って始めた頃の理由は変わらないし、それが一番の核で原動力だって知ってからは描くことを已めるって選択肢は無くなったかな」

「私は迷ってしまった時、毎回こう自分に問いかけてた。小説家になれるならなりたいか? って。そして小説家になった自分を想像してそうなりたいって少しでも思ったから已めずに続けてきた。なりたいからやる。やりたいからやる。我が儘みたいに理由は単純。子どもが何かをするみたいにね。眠たいから寝て、遊びたいから遊んで。欲望に忠実に。でも結局、根本はそんなもんなんだよね。だからなりたいならどれだけ辛く苦しかろうがやり続けるしかない。ただ只管に希望を、未来を信じてやるしかない。この言葉に限るよ」


 確かに小鳥川さんの言う通りそれは単純明快なのかもしれない。どうあれ足を動かさなければ前へは進めないし、進めなければその先には辿り着けない。

 でもその言葉を聞いても尚、俺は決断をするには至っていなかった。本当にそれだけ好きでやりたいのか? そう自分自身に問いかけてみても依然と沈黙が続くだけ。

 俺はこれから先この道を歩き続ける上で避けては通れない痛みや苦しみを知ってしまった。もし続けるならこれから終わりの見えない状態で幾度となくこれと同じかそれ以上の痛みを痛感する事になる。例え今は大丈夫だと思っていてももしかしたら途中で挫折してしまうかもしれない。現に今、それに耐えかねてこうなっているのだから。それを考えたら安易に答えを出すのはどうしても躊躇してしまう。

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