3
しばらくの間、今日も今日とて容赦なく突き刺す日差しを受けながら歩き続けその場所には辿り着いた。
「ここだ」
向日葵岬。看板に大きく書かれた文字を見ながらそう呟いた。
でも定休日ではないはずなのに入口兼料金所と書かれた小屋は閉まってる。そしてロールスクリーンの下りたドアに掛けられた看板にはこう書かれていた。
「臨時休業って書いてるね」
「えーマジ? 折角ここまで来たのに」
真人はあからさまに肩を落とした。余程、楽しみにしてたらしい。
するとガチャガチャと音が鳴った後、ドアが開き中から作業着を着て無精髭を生やした三十代前後ぐらいの男性が出て来た。
「ん? もしかして向日葵を見に?」
男性は俺らに気が付くと後ろを指差しながらそう尋ねた。
「はい。でも今日は休みなんですね」
「あぁ」
すると男性は俺の顔を少しまじまじと見始めた。何だろうか、そう俺は小首を傾げる。
「――もしかしてだけど小さい頃にここへ来た事あるかい?」
「あんまり覚えてないですけど、一応……」
「え! 覚えてるんですか?」
俺と同じくらい、でも俺よりも流華は吃驚を表に出していた。
「いや、何となく見た事あるなって思ってね。面影かな」
たった一度、会っただけなはずだが覚えているなんて何か印象に残るような事でもしてしまったのだろうか。俺は若干の不安に駆られた。
「――そうだ。ちょうど今、時間があるから良かったら見てくかい?」
俺が思い出せない記憶を引き出し確認しようとしていると、男性はそんな提案をしてくれた。
「え! いいんですか!」
それに真っ先に食い付いたのは真人。目を太陽よりも煌かせ先程とは打って変わり晴れやかな表情を浮かべていた。
「特別だよ?」
「やった!」
「ありがとうございます」
「しかも貸し切りじゃん」
「普通じゃこんな経験出来ないよね」
言う迄も無く俺を含め全員、嬉々としながらそれを受け取った。断るなんて選択なんてない。
「じゃあついておいで」
そう言うと出て来た小屋へ俺らを招き入れる男性。彼に続き中へ入ると料金所があって右手奥に農園内へ続くドアが設置されている。
「あの、入場料っていくらですか?」
中に入ると夏樹が財布を取り出しながら料金を尋ねた。
「いや、いいよ」
「えっ、でも……」
「大丈夫。でも人には言わないでね」
「はい。ありがとうございます」
夏樹のお礼に被さるように莉星と真人のハイタッチ音が響き、その後に俺らのお礼が続いた。
「それじゃあ、向日葵岬へどうぞ。あっ、そうだ」
奥のドアを手で指し歩き出そうとした男性だったが何かを思い出し、すぐにくるりと振り返る。
「僕はこの農園の三井武です。よろしく。それじゃあ行こうか」
三井さんは自己紹介を終えるとドアへと歩き出した。小屋を出ると上りの一本道が伸びており、見えるのは空だけ。
「この向こうにデッキがあってそこから向日葵畑を一望できるようになってるだ」
昔の記憶にデッキは無いがそれはただ俺が覚えてないだけなのかもしれない。
小屋からの道はそこまで長くはなかったが、向こうにどんな景色が待っているのだろうという期待による胸の高鳴りはサビへ向かい盛り上がる音楽のようだった。
そして手を伸ばせば触れられそうな地平線は徐々に下がっていき、まず屋根部分から段々とデッキが姿を現し始めた。歩を進めるのに合わせ見えてくるデッキ。その全貌が露わになる頃、俺らの双眸は等しく同じ色に染まっていた。
「うわぁ」
「おぉ~」
「はぁ~」
「おぉー」
既にその景色に魅了されながらもデッキの欄干前まで足を進めると、眼前一杯にその絶景が広がった。
太陽へ手を伸ばす入道雲とあの日のように淡い青空、それよりももっと濃い青の海。そして緑や茶色を交えながらも強い日差しにに照らされ財宝のように煌々とし、俺らを見上げる地上の太陽。それが一面を染めるその景色は宛ら黄金郷。単体で見ても申し分ない景色がひとつの画に収まったこの光景は贅沢と言わざるを得ない。あれやこれまでも乗せた海鮮丼のようなものだ。更に奥に建てられたそこまで大きくない家が陰ながらこの画の良さを押し上げている。全員の第一声が言葉にならない声になってしまうのも十二分に頷ける景色だった。
そして俺は一人、この光景に圧倒されながらも懐古の情に駆られていた。多少、違うところはあるが良い意味で変わらないこの景色に胸の奥が沁みるように温かさを帯びている。モノクロ写真が鮮やかな色で彩られたような感覚だった。
「めっちゃ綺麗」
「うん。ほんとにそうだよね」
全員そうだったが中でも特に真人は、あの向日葵のように煌びやかな表情を浮かべ釘付けにされていた。それだけ楽しみだったんだろう。
俺らはそれから暫く、念願の向日葵畑の景色を心にまで焼き付けるように鑑賞していた。
「もしよかったらお茶でも飲んでいくかい?」
「でもそんな事まで申し訳ないですよ」
「大丈夫だよ。でもここにはテーブルとかないからあの家でになっちゃうけどね」
そう言って三井さんが指差したのは奥にある家だった。
「折角だしここの中、通ってみる? 普段お客さんが降りるのはお断りしてるけど、ここを通って家まで」
「えぇー! いいんですか?」
「いいよ」
「やったぁ!」
「うわぁー。僕より高い物に囲まれるのかぁ」
「お前はいつも囲まれてるだろ」
「でも普段は囲まれてるっていうより近くに立ってるって感じだからまた違うでしょ」
遠回しに低いということを煽られた流華だったが、当の本人は全く気にしている様子は無かった。
みんなはこれから向日葵畑を通ってあの家まで行きお茶でも貰うらしいが、俺は別の事がしたかった。折角、ここへ来たのだから。
「それじゃあ行こうか」
「あの、俺はちょっと」
その声に歩き出そうとした全員の視線が集まる。
「もうちょいここにいます」
「でも――」
「いやいや。いーんですよ」
「頑張ってね」
「またあとでなー」
「僕らはおっさきー」
俺のがこれからしようとしてる事を察している四人は、まだ戸惑いの残る三井さんを半ば強引に前へ進ませた。そしてデッキを降りると眼下の向日葵畑の中を歩く姿が見え始めた。
「れーい! 写真撮ってー」
下から真人の大声が聞こえ、俺は向日葵畑の中に居る四人の写真を一枚、二枚。グループラインに送った。
そして辺りを見回し、時に足を止めながらも三井さんに続き四人は向日葵畑を抜け向こうの家へ。その姿をデッキ上から眺めていた俺は、全員が向日葵畑を抜けると少しだけ全体を眺めた。空、雲、海、向日葵に家。この一つの画を再度じっくりと眺めてから液タブを取り出した。折角、生の景色が目の前にある訳だから少しでも描き進めたい。
落とさないように首からストラップを掛け欄干の上に乗せると早速、向日葵を見遣る。この絵のメインであり、今のところ全く進んでいない部分だ。
まず全体ではなく一本の向日葵をじっくりと観察する。葉っぱを横に伸ばし陽光を浴びるその姿は、まるで両手を広げ全身で光を受け止めているようだ。スポットライトでも浴びるみたいに。
「もっと意気揚々とした感じか」
消しては描き直し、次の向日葵に移っては前のが変に思えてきたり。
でも花から葉っぱ、茎から土部分に至るまで何度も描き直しながらも一本一本丁寧に描いていく。花弁や葉っぱの大きさ、背の高さ、若干の向き一本一本を別人ならぬ別花としてキャラを描き分けるように。その個性豊かな向日葵が集まってこそ、この向日葵畑の美しい光景が生まれているんだろうから。それを再現する為に俺もちゃんと描いていく。
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