第三章

1

 太陽が一番の高所から世界を見下ろす正午。

 俺はスマホの画面をじっと見つめていた。


「風光明媚展」


 それは一般コンクールのホームページ。風景をメインに描いた絵を限定で募集し、選ばれた作品が大きなギャラリーで展示してもらえるというもの。しかもそこには色々な関係者も訪れるから選ばれれば大きなチャンスだ。

 俺は昔、真剣に絵を描いていた頃にこのコンクールに何度か応募したことがあるが(他にも色々してた)見事に全滅。

 でもまた絵を描き始めた最近、描けば描くほど楽しくてやる気が溢れ出し、また挑戦してみようかと思い始めている自分がいる。最初は描いてない期間があったし昔より全然下手になってると思ってたけど、心做しか今は悪くないと思いながら自分の絵を見てる。それに徐々にだが投稿している絵への反応も増えて来てるし(と言っても他から見れば本当に微々たる数だが)。絵を描くという行為に対してのモチベーションが高い今なら挑戦出来る気がする。


「よし。とりあえずまだまだ先だけど最終的にはここを目指して頑張ってみるか」


 決意表明にしては気の抜けた声だったがリベンジに燃えるように内側はやる気で満ちていた。

 そうと決まれば早速、描こう。前に行ったキャンプ場所の写真があるからそれを描きたい。テントと椅子にテーブル、ハンモックとランプなんかがあって後ろには緑と川。それを描こう。絵を見た人が自分もあの場所へ行ってみたいと思えるような絵を。


「そーだ」


 突然、脳裏に放り込まれたようにそれはふと閃いた。


「昼と夜、両方の絵を描こう」


 燦々と輝く太陽に冷たく透明な川。頼りがいがあり見ているだけで安心し自然を味わえる昼の良さ。ランプが光り焚火がある薄暗くも落ち着いた雰囲気が醸し出す夜の良さ。同じ角度の同じ景色だけどその両方の良さを出せるような二枚一組の絵だ。一度、頭で想像してみたが割と良さそう。

 そうと決まれば早速、明るい昼の絵を描き始めよう。写真は少し薄暗い時の一枚しかないけど明るさが変わるだけだから大丈夫。

 俺は調子よく絵を描き進めていった。

 その絵が完成してもまたすぐに次。次から次へと絵を描いていった。道路とビル群、入道雲が聳える蒼穹、川に掛かった橋。どこまでも続きそうな長い階段なんてもの描いた。一人で行って少しでも気に入ったものを描くというのが主だったが、誰かしらと行くことも。


「あぁー。オレもあの噴水で遊びてー」

「遊んでくればいいじゃん」

「オレは小さくて顔も子どもっぽい流華君と違って目立つんだよ。いい年の奴があのちびっこに混じって遊ぶのは周りの目が痛いだろ」

「莉星も周りの目を気にしてやりたいことを我慢するようになっちゃったんだね。つまんない。だから告白も失敗するんだよ」

「いつの話してんだよ。だが、上等だごらぁ。やってやろうじゃねーか。あっちでバレーで決着つけんぞ」

「全くしょうがないなぁ。小学校からずっと体育五だからね僕。振られた時より泣かせてあげる」

「泣いてねーけどな」


 流華の倍返し以上の煽りにバレーボールを手に取った莉星は、この屋根付きベンチから離れ緑が目に優しい広場へ向かおうとした。


「ちょっと待った! あたしもやらせろよー。また鳴かしてやんよ」

「上等だごらぁ! お前ら二人ともボコボコにしてやんよ。――夏樹、手伝ってくれ」


 流石に二対一という分の悪さに気が付いたのか莉星はベンチに座ったままの夏樹を呼んだ。


「いいけど、私そんなにバレー得意じゃないよ?」

「大丈夫だって。ほら、一緒にあいつらが泣いて謝るのを見下してやろーぜ」


 夏樹が立ち上がり合流したところで、噴水公園を描いていた俺以外は暑い中でアツい気持ちを無駄に燃やし熱い試合を繰り広げ始めた。声だけ聞いてる限り結構いい勝負になってるらしい。

 でも俺は後ろの声より目の前の絵に集中しないと。


「んー。こうじゃないんだよな」


 消しては描き直して、消しては描き直して。現時点での最終目標があのコンクールと決まってからそうすることが確実に増えた。よりいい絵をより完成度の高い絵を描こうと、描けるようになろうとしてるからだろう。


「水の質感が弱いのか」


 頭を悩ませながら描く。

 そこにはまた別の楽しさがあるが、原動力はきっとコンクールの存在だ。もっと上手くなって五十万も取って昔果たせなかった風光明媚展に作品を並べる。そしてあわよくば目に留まり、これが俺の職になって食に有り付けるようになる。それはまるで絵を描く前に思い浮かべる構成のようなものだ。まだ現実にはなってないが、脳裏で繰り広げられる完璧な妄想。

 でも、だから今までと同じかそれ以上に真剣でのめり込むことが出来るのかもしれない。華やかな妄想をいずれ手に出来るとどこか確信しながら追い求める。いや、これは遠足前夜の子どもに近いのかもしれない。明日には自分の身に絶対起こる楽しい遠足が待ち遠しくて疼いている子ども。ただ違う事と言えばこっちは遠足までまだ日にちがあることぐらいか。

 兎に角、今は夏樹のコンクールもあるしまだ夏休みだしひたすら描くだけ。朝起きてから昼ご飯を食べた後も、午後も寝るまでも。暇さえあれば――暇しかない夏休みの時間を使い只管に描き続ける。

 描いては投稿し、前よりは反応が気になるようになった。自分的には苦労してる分、より良い絵を描いてるつもり。もしより良くなってれば反応も増えるはずだという考えが前よりも通知を期待させていた。だからその分、反応が増えれば嬉しい。まるで悩み考え描き直したあの苦労を褒められたような気がして。

 だけど逆に反応が無ければ掛けた時間が無駄だったような気がする。もっと別の絵を描いてればもしかしたら別の結果になったかもしれないと。意味の無いことだということは分かっているのについ考えてしまう。それにそれが自分的には良いと思っていたものなら悄然としてしまう。一人、嘆息を零し首を垂れる。

 でもそれもほんの少しの間だけだ。気合を入れ直しすぐに別の絵を描き始める。今は切り替えが早い。意気込みと言うかモチベーションと言うか、今は確固たる目標があるからそれを目印に歩を進められるし落ち込んでる暇は無いと切り替えられる。

 まるであの頃みたいだ。ただひたすらにコンクールの為に絵を描いて、根拠の無い希望に照らされながらまた描く。そうやって過ごしていた日々のようだ。

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