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 椅子に腰掛け絵の続きをし始めてからしばらくして。


「出来たよー!」


 流華の声が全員をテーブルへと集めた(と言っても離れたのは莉星と真人だけだが)。

 そして待ちに待った夕食の時間。二人が作ったのは、思った以上に凝ったものもあり匂いから見た目から既に美味しそう。

 そのメニューは、


「今日はパエリアと鮭のホイル焼きとサラダ」

「アヒージョとスペアリブとスープを作ってみましたぁ」


 テーブルにずらりと並ぶ料理。想像以上はみんな同じなんだろう最初は「おぉー」と唸るような声を漏らすだけ。だが段々と興奮は燃え上がり、声を上げ始めた。

 そんな既に絶賛の嵐の中、待ちきれない夕食は始まった。匂いと見た目が先行して物語っていた通り味も完璧。


「うっめぇー」

「ん~ん。凄いじゃん。激うま」

「うっまぁ。決めた! 夏樹はあたしが嫁に貰う」

「美味い。店で食ってるみたい」


 あまりの美味しさに舌鼓を打つ俺らを見る夏樹と流華は喜色満面になりながらハイタッチした。


「燈さんの店で出す料理も美味しいですけど、どっちか雇った方がもっと売れるんじゃないですか? それに燈さんも今より楽できるし」


 百パーセント本気という訳じゃないがそんな事を言うと、燈さんは舌を鳴らしながら人差し指を振って見せた。


「分かってないなぁ。みんなただ美味しいじゃなくてアタシの味を求めてるんだから。美味しいってだけが料理じゃないんだよ?」

「そうだぜ零。一番美味しい料理と一番好きな料理ってのは違うもんなんだよ。一流シェフが作る料理と最愛の妻が作る料理ってな」

「それはお前が一流シェフが作った料理とこれまでの彼女が作った料理を食べた上での意見って事だよな?」

「いや。両方ない」

「そりゃあ貴重な意見どーも」

「いーってことよ」


 それからも美味しくも楽しい夕食は続き、あっという間に綺麗に完食。食後は燈さん以外は紅茶を片手に焚火を囲みマシュマロを食べた(ちなみに燈さんだけは少し離れた場所へ移動させたハンモックに揺られていた)。莉星の丸焦げから流華の周りこんがり中トロまでふり幅は大きかったがこうして食べるマシュマロは雰囲気も相俟ってかいつも以上に美味しかった。

 その間も絶え間ない会話や笑い声は夜へ吹く風のように響いていた。


「オレもお酒呑んでみてーなぁ。燈さーん」

「ダメに決まってんでしょ。全部アタシのよ。一本たりともあげるわけない」


 未成年だから駄目というより自分の分だから駄目と言うことなんだろうか。でも結果的に未成年者飲酒禁止法を遵守しているからこれはこれでいいのか。


「海も行ったし、滝も行ったし、キャンプもしてるし。なんか他に夏休みでやる事ってなに?」

「んー。夏祭りとか花火大会とかまだじゃない?」

「確かにそれは欠かせない! 流石、夏樹」

「今年は僕、浴衣着たいなぁ」

「いーじゃん。みんなで浴衣着ていこーよー」

「燈さんは行かないですか? 僕、燈さんの浴衣姿見たいです」

「行かない。着ない。呑む」


 全く持って興味がなさそうな燈さんは最後にお酒を軽く掲げ口へ運んだ。恐らくどう足掻いても燈さんを祭りに駆り出す事は不可能だろう。何となくそんな気がする。


「これはとある会社員の人の話なんだけど……」


 それは色々な話が飛び交っていた話がひと段落着いた時の事だった。久方ぶりの沈黙に紛れるように流華が突然、話を始めた。その声のトーンからして大体どんな話をしよとしているかは一目瞭然。

 それに最速で反応したのは莉星だった。


「ちょっと待て! お前、さては怖い話しようとしてるだろ?」

「うん。だって夏と言えば怖い話でしょ? 丁度、雰囲気もいいし」

「待て待て却下だ。却下」

「何で?」

「怖いからに決まってんだろ! いやなんだよ」

「うん。分かってるよ。だからしようかなって」


 平然としながらまるで手を上げれば手が上がると言うように、それは当然だと言うような口調だった。


「お前、悪魔か? お前自体がホラーだわ! とにかく却下。それにオレ以外にも苦手な奴いんだろ」

「零は?」

「別に」

「真人は?」

「むしろ好き」

「燈さんはどうですか?」

「気にしなーい」

「夏樹は?」

「んー。ちょっと苦手かなぁ」

「よし。じゃあ始めるよ」


 流華は全員の意見を聞いた上で少し考える素振りを見せる訳でもなく即答した。


「なんでだよ! 夏樹がいただろ」

「でも夏樹一人の為に莉星を怖がらせるっていうのを止める訳にはいかないよ。申し訳ないけど必要な犠牲だね。ごめん」


 そう言うと夏樹へ申し訳なさそうな顔を向ける流華。


「うん。いいよ。仕方ないもんね。でもまぁ少しぐらいなら平気だから」

「ありがとう」

「何だよこれ。いじめだぞ? これは完璧なる集団による嫌がらせだ」

「じゃあいくよ。特に莉星はちゃんと聞いててね」


 そして莉星には有無を言わせず流華の怖い話が始まった。

 だがしかしそれは終盤までは雰囲気を持った話だったが結局は特に怖い場面も無い、怖い話というジャンルで言えば拍子抜けで面白味のない話だった。


「え? 終わり?」

「うん」

「えー! 全然怖くないじゃん」


 好きだと言っていた真人は大きな溜息を零して落胆した。


「だって本当に怖い話したら莉星が眠れなくなるかもしれないじゃん。だから怖いのがくるくるっていう時間だけで莉星をビビらせてみましたぁ~」


 実際、莉星はずっとビビッてた訳だからその試みは成功だろう。いや、むしろ最終的にちゃんとは嚇かさなかった分、色んな意味で大成功と言えるだろう。


「さて。でもやっぱりこれじゃあ物足りないと思うから次はちゃんとしたやつで。怖いお二人はイヤホンで動画でも音楽でも聴いてた方が良いよ」


 ここからが本番だと手を擦り合わせる流華と颯爽とイヤホンを付ける莉星、一応イヤホンを準備する夏樹。酒片手にハンモックに揺られる燈さんと期待の眼差しを向ける真人にマシュマロを焼く俺。

 そして始まった流華の本当の怖い話はちゃんとしたと言うだけあっていい感じに鳥肌が立つような話だった。しかもこれまた話のシチュエーションがキャンプという完全に落としに来てる選択。これには顔を強張らせながらも笑みを見せる真人。夏樹は途中からイヤホンで話を遮り、終わった頃に莉星と共に合流した。

 それからもその場でいつもと変わらないおしゃべりやふざけ合いをしていた俺らは良い時間帯になるとそれぞれのテントに入り眠りに就いた。

 そしていつもと寝る環境が違う所為であまり眠れなかった俺を含め翌日には燈さんの車で日常へと帰って行った。車内から見える景色が見慣れたものへと変わっていくのを眺めながら俺は、青春を彩る重要な一色としてのキャンプは終わりを告げたのだという事を密かに感じていた。想い出と若干の心寂しさも一緒に。

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