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そしてそれをたっぷりと堪能してから徐に口を開き始める。
「その秘策とは……。燈さんと一緒に行くことだ!」
さながら探偵が犯人を指差すように、上げた声と共に指先は燈さんへと向けられた。
「そこには未成年者のみの利用は出来ず保護者の同行が必要と書かれている。だがしかし! 必ず親とは書かれていない! つまり既に成人した燈さんが一緒なら問題ないってことだ。しかも燈さんはオレらからすればもはや友達。何の支障も無い」
勝ち誇った表情は既に問題解決を確信していた。
だがそれがまだ提案の段階であることを莉星は知らない。
「え? 普通にヤダ。あんたらのお守りなんて御免よ。めんどくさい」
おぉー、と莉緒へ更に声を上げた二人と夏樹の視線が集まり期待が高まる中、燈さんは平然とそしてキッパリと断って見せた。流石、やっぱり燈さんは燈さん。
「そんな! ほら、お店休んでみんなでぱーっと行きましょうよ。大自然の中でゆったりとリラックス。絶対、良い休日になりますって」
「アタシは家で十分良い休日過ごせるって」
「でも、テント張って川辺で美味しいもの食べたりとかって早々出来ないじゃないですか。そう言うのもたまにはいいんじゃないですか?」
「そうそう。僕たちと一緒にたのしみましょーよー」
「自然の中で飲むお酒は美味しいと思いません?」
燈さんが最後の頼みだと思ったのか夏樹に続き、流華と真人が畳みかけるように迫った。これには流石の燈さんも若干ながら圧されているようにも見える。
「えー。――やっぱヤダ。めんどくさい」
だが燈さんという壁は高く強固だった。
「でも別にお守りなんてしなくてもただ一緒に来ればいいだけじゃないんですか? そんなめんどくさがる必要あります?」
俺はただ純粋に思った事を訊いただけのつもりだったが、四人の期待に満ちた目はターゲットを定めるように俺を真っすぐ捉えていた。
「分かってないなぁ、未成年。他所の子であるあんた達を預かると言うこの重圧。何もしなくてももうそれだけで自動的にめんどくさいの。あんた達は気を付けてるつもりでも、もしもの事だってある訳だし。大怪我でもしたら、アタシは親御さんに顔を合わせられないって」
それは保護者という立場についてもらおうとしている以上、納得せざるを得ない理由だった。俺らはただ楽しく燥ぐだけかもしれないが、燈さんには俺らより重い責任が生じる。それがある限り燈さんは完全には気を抜けないんだ。確かに燈さんは燈さん。でもちゃんとした大人だし、こうしてお店を持ってる訳だから生じる責任を無責任に放棄するような人じゃないんだ。
それにもしかしたらそうは言いつつも本当は俺らの事を心配してくれてるのかもしれない。
「最悪、怒られるかもしれないんだよ? あんた達にいい大人が怒られる辛さ分かりますか? 別にあんた達が骨折ぐらいならしようが構わないけど、掠り傷以上の怪我は怒られるかもしれないの。アタシは怒られたくないの! あと虫がウザイのも嫌だし、暑いのもイヤだし、ベッド以外で寝るのもイヤだし、準備片付けも面倒だし……」
んー、俺らの事はあまり心配してはないようだ。怪我も死ななきゃいいレベルな気がする。
「という訳で、判決――イヤ」
ここまで嫌がってたら流石に無理そうだ。そう思っていたが四人の目線は依然と期待を抱きながら俺を見ている。それは最早、押し付けでどうにかしろと言っているようなものだった。
俺は面倒くささに心の中で溜息を零した。今なら燈さんが面倒だと断る理由が分かる気がする。
「燈さんってキャンプとか行ったことあるんですか?」
「あるわよ。舐めるんなよ」
「いや、別に舐めてないですって」
「高校の時と大学の時に行った」
「その時はどうしたんですか? あたし達と同じように保護者が必要だった訳じゃないですか」
「その時は友達の兄貴連れてって、キャンプ中その兄貴は離れた場所で一人キャンプしてた」
それはその人が望んでやった事なのか? それとも強いられて泣く泣くそうしてのか? 俺は真っ先に思い浮かんだ疑問に首を傾げるが、正解が後者なら何とも言えない気持ちになりそうだし訊くのは止めた。今更、訊いて何かが変わる訳でもないし。
だがその時、閃きという言葉似合うような感覚が脳裏を走り妙案がひとつ思い浮かんだ。
「どうでした? 楽しかったですか?」
「まぁね。色々したけど今となっては良い想い出だよね」
うんうんと頷きながら懐古の情に駆られている様子の燈さん。これはいい。
「そうですよね。そういうのって思い返してみると結構良い想い出になりますもんね。友達と一緒に笑っておしゃべりしてふざけ合って。その時も楽しいですし、思い出す時も楽しい」
「そうなんだよねぇ」
「だから俺らにもそんな想い出をくれませんか? ほんと迷惑とかかけないんで、お願いします」
んー、とその言葉に燈さんは明らかに先ほどとは違い迷っている様子だった。
「燈さんは座ってお酒でも呑んでるだけで、全部俺らでやるんで」
煌々とした表情の四人へ一度、視線を向けた燈さんの顔が最終的に俺の方へ。
「それにいつも頑張ってる店長へのお礼も含めて、一泊だけもゆっくりしてもらいですからね」
「零……」
緊張の一瞬。短くも深い沈黙の中、俺らは何か重大な賞が取れているかいないか、その発表を待つように固唾を飲んで燈さんの言葉を待った。
「――よし! 分かった! あんたたちの青春の為にも一緒に行ってやろう」
その瞬間。ワールドカップの一点、オリンピックの金獲得――それぐらいの盛り上がり方を見せながら四人は立ち上がり、有頂天外となりそうな程に喜んだ。
「今更なしは無しっすからね! そしたら一年間このカフェでタダ飲みですから」
興奮を抑えながら莉星は釘を刺すようにそう言った。
「分かってるって。――しっかし零。あんたにアタシへの尊敬の念があったとはね」
最後の言葉が嬉しかったのか、燈さんはややヘッドロック気味に肩を組んできた。確かに燈さんはだらしない。だが実際こうして自分のお店を持ってしっかりやっていけてるんだ。そう言う面から見ても燈さんに対して尊敬が無いわけじゃない。ただ言う気も無かっただけだ。
「あの、燈さん。実はもう一つあるんすけど……」
すると、莉星はさっきとは打って変わり少し言葉をしょぼくれさせ、へりくだりながら何かを言わんとしていた。
「なによ?」
「実は、この場所って近くの駅からもそこそこ歩くんすよね~」
そう言いながら場所の地図を見せる莉星。確かに歩きでは少し面倒な距離だった。
「なんで。出来れば――その車を……」
「現地集合でいいじゃん」
「いや、でも結局は燈さんも車じゃないですか」
「友達に頼むからいい」
「いやいや、でもオレの親は送ってくれないと思うんすよねー。行きたきゃ歩けって絶対言われる」
「――あんたもしかしてそれ目当てだったわけ?」
「え? いや。それはほんの一部って言うか……」
あらぬ方向へ目を泳がせた莉星は明らかな動揺を見せていた。
「ほら! やっぱキャンプって行くまでと帰るまでの道のりも重要じゃないすか。みんなで一緒に盛り上がっていきましょうよ。それも込みでのお願いっすから。でももうオッケーって言ってくれましたもんね! 今更ナシはこのカフェで一年のタダ飲みっすよ。いいんすか?」
だからこいつは透かさずあんな事を言ってたのか。友達だけど――セコいなこいつ。
「燈さん。こいつ二~三日ぐらいここでタダ働きさせていいですよ」
「は? 零。お前なに勝手に言ってんだよ」
だがこの場に莉星の味方はいなかった。
「莉星。やれって。何なら一週間ぐらいね」
「僕もそれぐらいはやった方が良いと思うよ」
「自業自得だけど頑張ってね」
「お前らー! 裏切者!」
訳の分からない事を叫ぶ莉星は置いておいて、燈さんはそれにも納得した様子だった。
「よし。なら、いいだろう。その代わりちゃんと駅かどっかに集合だからね」
「もちろんですよ」
「燈さん。よろしくお願いします」
「やったー! 僕もう楽しみだよ」
それから俺らは既に燥ぎ気味になりながらその計画を立てた。
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