7

 俺はまだ描きかけの絵に一度、顔を落とした。ただ目の前の景色を写すように描いてる絵。


「あの人が見てた景色が描けたらな」


 現実と幻想の狭間の絵。俺が求めているのはそう言う絵なのかもしれない。存在する風景だけど現実では見られないような絵。それがあの人の見ていた景色なのかもしれない。


「でもどうやって描いたら……」


 何となくの感覚はあれどそれを形にする構想は全く浮かばない。それにここ以外の場所でどうやってそんな景色を見ればいいのかも……。方角は分かれど、道は見えず一歩も進むことが出来ない。

 そんな状況に零れる溜息。


「おーい! 零(れーい!)」


 すると熱気を漂わせた莉星と流華が左右に座り俺を挟み込んだ。両側からくるアスファルト熱のような熱気。顔や腕が赤みを帯びてるのは気の所為ではなさそうだ。


「下のコンビニ行こーぜー」

「アイス食べよう。アイス」


 タイミング的には良かった。ずっと描き続けてたし、丁度と言うべきか集中も切れ色々と迷いが押し寄せていたから。


「そーだな。休憩がてら行くか」

「そうこなくっちゃ!」

「よーし! オレ二つ食お」


 それから俺らは少し歩いた場所にあるコンビニへ行き、クーラーという人間の偉大な発明に感服しながらも抱えた熱を開放してアイスを買った。コンビニを一歩でも外に出れば灼熱地獄へ逆戻りだったが、暑い中で食べる冷たいアイスは心做しか美味しく感じる。

 熱い体に染みるアイスを食べ終えた後は、またあの公園へ戻り俺は絵の続きを描いた。まだどうすればいいかは分からなかったが、途中まで描いてしまったこの絵は完成させようとペンを進める。

 莉星と流華は俺の後ろで話しをしてたかと思うと、飽きずに遊ぶため肌を焼いた。

 それからは俺はイヤホンを付けただじっと絵を描き、二人は遊んでは休んでの繰り返し。もし俺らが撮影でもされてたら一気に早送りされてしまうような時間だった。

 そんな俺らが帰る頃には空も夕日に焼かれすっかりいい時間。満足と疲労が溜まった二人と帰路に就いた。


「あぁー。なんか疲れた」


 帰宅後、夕飯やフロやらを済ませ部屋に戻った俺は、机の前に座ると自動的に溜息交じりでそう呟いた。

 若干の眠気と共にスマホを弄っていた俺は何となく絵を投稿したサイトのアプリを開いてた。色んな人の絵でも見ようかなと。


「あっ……」


 アプリを開いてみるとベルマークには赤点が灯っていて、確認してみると数人の人から俺の絵へ対しての反応があった。夏樹からのはもうとっくに確認済みだからこれは本当に知らない誰か。顔も名前も存在すら知らない。これはそんな誰かが同じように知らない俺の絵を見て良いと思ってくれた証。

 俺は気が付けば口元が緩んでいた。こうして自分とは違う感性を持った誰かに良いと言って貰えるというのは、当然ながら嬉しい。そしてその久しぶりの感覚は初めて投稿してた絵に反応を貰えた時の事を彷彿させた。

 瞳へ幕を下ろせば今でも鮮明に思い出せる。あの瞬間の湧き上がる興奮と喜悦。抑えきれぬ感情にじっとしておれず部屋の中で一人動き回っていたあの時。脳内で絶えず分泌されたドーパミンやら何やらは末端まで浸透し、微かに痺れすら感じたような気もする。それぐらい有頂天になっていた。

 久しぶりだからか(流石に動きはしなかったが疼きはした)あの時のようにそれは嬉しかった。同時に釣られるように公園で会ったおばあさんを思い出した。まだ完成ではなかったが俺の絵を見てくれた一言。

 何だか今日一日で絵を始めたきっかけを思い出し、絵をより一層頑張ろうと思えた時の事を思い出し。初心に帰ったような気分だった。

 そしてそれに感化されたのかやる気が噴火するように溢れ出し、液タブを取り出すとイヤホンを付け今日のまだ完成してない絵の仕上げに取り掛かる。やる気と高揚感と希望と――色々なモノを胸一杯に詰め込みながら俺は寝落ちするまで絵を描いていた。



「はい! ここでオレから一つ提案があります」


 時刻はお昼過ぎ。バイト中の俺とカウンター越しのいつものメンツ。

 突然、莉星は手を上げながら立ち上がった。当然ながら全員の注目が莉星へと集まる。


「オレはより一層、夏休みを謳歌する為に……」


 勿体ぶり言葉はゆっくりと、そして大きな間を空けた。


「――オレはキャンプに行きたい!」


 意気揚々とそんな提案した莉星の言葉が消え、一瞬の沈黙がカフェを穏和に包み込む。

 だがすぐに三人分の歓声がその沈黙を突き破った。


「おぉー! いいじゃん! いいじゃん!」

「私も行きたい!」

「いいぞー! 莉星!」

「キャンプたってどこでやるんだよ?」


 そこまで考えてるとは思わなかったが、俺は立ったままミュージシャンさながら歓声を浴びていた莉星に尋ねてみた。

 ところが、その表情は曇ることなくむしろ得意げ。


「実は見つけちまったんだよ。ベストゥプレェイスゥ。をな」


 この際、腹立つ発音と恰好付けた声はいいとして莉星にしては珍しくこの場の思い付きという訳ではなさそうだ。


「その場所ってのは?」

「これだぁ~」


 そう言って莉星が差し出したスマホではとあるホームページが開かれていた。木々に囲まれた如何にも自然と言った雰囲気の渓流でテントを張り優雅にキャンプをしている画像がそこにはあり、『忙しない日々の持ち込み禁止!』の文字が大々的に書かれてある。


「よくないか? オレらも忙しない日々は置き去りにして自然の中でリラックス」

「あんたら夏休みでしょ。どこに忙しない日々があんのよ」

「うっ……」


 透かさず振り下ろされた燈さんの鋭いツッコミが確実に莉星を斬り捨てた。倒れるように椅子へ座る莉星。その間にスマホは真人の手へ行き、(流華は二人の後ろへ回った)残りの三人の注目を主人に代わって浴びていた。


「えー! いいじゃん。絶対行こうよ!」

「賛成ー! 僕も行きたい」

「私も。こういうの絶対楽しいよね」


 すっかり決定事項として物事が進みつつある。でも俺も行きたい気持ちはあったから特に水を差すような事を言うつもりもない。

 だが意外にもあの男が待ったを掛けた。


「でも一つ! 問題があるんだよな。ほら、注意事項のとこ読んでみろよ」


 横から伸びてきた莉星のがスマホのどこかを指差した(俺の方からは画面が見えない)。


「あっ、未成年者のみの利用は出来ないだって」

「えぇー。こんなに期待させといて莉星、それはないって」

「ほんとだよ。僕も楽しみにしてたのに」

「あんたら親いるでしょ。頼めばいいじゃん」


 燈さんから最もな意見が飛び出すが、俺も既にみんなが何を思っているかは分かっていた。それを代表するように口にしたのは真人。


「いやぁー。やっぱり親が一緒だとちょっと羽目を外しずらいじゃないですか。百歩譲って誰かの親なら少しぐらいは楽ですけど、それでもちょっと――ねぇ」


 真人の言葉に頷く一同。つまりみんながみんな自分の親を同行させたくはないわけだ。こういった友達同士の集まりには特に。


「高校生だねぇ。でもなのにあんたはこの話を持って来たわけ?」


 すると莉星は腕を組み、訊いてくれるのを待っていたと言わんばかりに誇らしげな笑いと共に立ち上がった。


「オレがそんなヘマする訳ないじゃないですか。ありますよ。秘策がね」

「おぉ~(おぉー)」


 期待と尊敬に染まった双眸で莉星を見つめる真人と流華は同時に感嘆の声を漏らした。望み通りの反応だったんだろう。それを莉星は気持ちよさそうにドヤ顔をしながら最後の最後まで聞いていた。

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